ピース
途中でお昼休憩を挟み、いよいよ棒倒しの決勝が始まる番となった。カードは赤ブロック対青ブロック。白ブロックに追いつくためには、ここで勝ちを拾っておきたい。ラグビー部が少ない分なおさらだ。
実行委員の掛け声のもと、全力ダッシュで定位置へと駆ける。オレは棒に直接飛びつくジャンプ役なので、相手の防御を崩す突撃役の冬弥の後ろに並ぶ。
実行委員がルールと注意点の説明を始める。ここでオレは前に座って待機している冬弥の肩を叩く。
「なぁ冬弥」
「なんだ?」
冬弥が振り返る。堂々としていて、このような舞台には強いらしい。
「頑張ろうな」
「あぁ」
ただ、いつもより口数は少ない。顔に出ないというだけかもしれない。
「それと、今日のことで話があるんだが」
「……今か?」
冬弥の疑問はもっともだ。
「人間てのはな、すぐに安心したがるんだ」
冬弥は何の話だとでもいうふうだ。
「何か問題があって、人間はすぐにその答えを出そうとするんだ。問題が解決しないままだと不安だからな」
注意点の確認が終わり、実行委員会の号令のもと、オレたちは立ち上がる。
「その結果、誤った答えを出してしまうことがある。それは悲しいだろ?」
「そうだな」
スタンドから歓声が聞こえる。
「オレたちはまだ若い。時間は十分にある」
競技開始の合図を待つため、グラウンド全体が静かになる。
「もう少し考えてもいいんじゃないか?」
冬弥が答える暇もなく、ピストルの甲高い音が鳴り響き、一斉に走り出す。棒があるのは反対側のグラウンド、六十メートル先だ。まず冬弥を含む突撃役が、スクラムを組んで防御をする相手に突っ込む。オレはそれを後ろから押し込みサポートする。
しばらく押し合いが続くと、鳴海がそこに突破口を開いてくれたようで、ぐんぐんと相手の防御陣は崩壊し、棒へと迫る。さすが柔道部の鳴海だ。一気にそこから流れ込み、いよいよ棒へと取りつく。おそらく自陣も似たような状態となっているだろうが、振り返っている暇はない。ここからは時間との勝負だ。ぎゅうぎゅうと押し合いとなっている中から、男たちの荒い息遣いが聞こえる。辺りには男たちの汗の臭いも充満している。
オレはタイミングを見計らって、適当な生徒の背中に飛び乗り、棒へと迫る。生徒の背中を飛び渡り、いよいよ棒にとびかかろうとしたその時だった。下から拳が飛んできて、その拳はオレの下腹部を見事に捉える。一瞬でお腹全体に激痛が走り、気を抜いたとたんにバランスを崩して、オレは横から地面へと落下する。生徒の頭や肩や肘に激突し、体のあちこちに痛みが走る、体勢を立て直そうと手をついたその時だった。甲高いピストルの音が聞こえた。
立ち上がって自陣のほうを振り返ると、そこに立っていたはずの棒は、無残にも地面に倒れこんでいた。
「青の勝ち!」
青ブロックのスタンドから大歓声が聞こえた。オレは他生徒と衝突しジンジンと痛むところを撫でながら、それをただ眺めていた。
*
スタンドに戻ると、全体的にどこか静かな印象を受けた。皆から期待されていた分、ここで負けてしまったのは後に響くかもしれない
「いや~もう少しだったな~」
鳴海はオレの肩を叩く。
「翔がいい感じの流れを作ってくれたのになー」
冬弥が自分の肩を揉みながら反省する。生徒とぶつけて痛むようだった。オレが競技前にした話はもう忘れているのかもしれない。
「あとは春樹はブロ対だけだな、頑張れよ、春樹」
「ああ」
オレは下腹部をさすりながらそう答えた。
次の競技は騎馬戦の決勝。男子は青ブロック対黄ブロック。女子は青ブロック対赤ブロックのカードだ。まずは男子から開催される。本部テントに掲示されている得点表を見ると、現在のトップは青ブロックの三百十点、それに白ブロック、赤ブロック、黄ブロックと続く。先ほど赤ブロックは棒倒しで二位を獲得し、騎馬戦でも女子は二位以上が確定しているから、白ブロックは抜けるだろう。白ブロックは午前の部の個人競技で点数を伸ばしたものの、得点の高い団体競技では軒並み決勝進出を逃し、伸び悩んでいる。
オレは目の前で進行中の騎馬戦の様子を見守る。男子の推移はもう赤ブロックは関係ないが、得点的にはトップを走る青ブロックに負けて欲しいところだ。結果、オレの小さく邪悪な望みは叶い、黄ブロックの勝利となった。黄ブロックは、団体種目としては初勝利だ。
次に行われるのは女子の騎馬戦。青ブロック対赤ブロック。ここはぜひとも赤ブロックに勝利してほしいところだが、秋山さんが作戦立案を担当する青ブロックが、予選ではそれを見せなかったぶん、どのような戦い方をするのかも楽しみだ。十五騎並んだ青ブロック陣の中から秋山さんを探してみるが、やはりこの距離では顔の判別はできない。
ピストルが鳴らされ、競技が始まる。すると青ブロック側は特異な動きを見せる。両端と中央の大将騎が突出して侵攻し、アルファベットのWの形となって赤ブロック側に迫る。秋山さんの作戦が発動したということだろうか。赤ブロック側は大将騎を数騎が護衛し、残りは三騎ずつになって遊撃する作戦のようだ。そのうちの一つのグループが、がら空きとなった中央の青ブロックの大将騎に迷わず突っ込み激突する。大将騎のハチマキが取られればその時点で負け、赤ブロックの勝利だ。
しばらく青の大将騎と赤の遊撃部隊は競りあっていたが、突然、青の大将騎が全速力で後退を始める。赤の遊撃隊はそのままそれを追いかける。すると左右に展開していた青の騎馬が一気に中央に進出し、大将騎を追っていた赤の遊撃隊と激突する。青の大将騎はそれを確認すると、再び反転し攻勢に加わる。結果として中央では、赤ブロックの三騎対青ブロックの五騎という数的に優勢な状況が作り出されていた。次々と赤ブロックの騎馬は倒れ、青ブロックのスタンドからは大歓声が沸き起こる。
オレは一連の流れを見ながら過去に読んだ本を思い出していた。歴史小説を読んだときに知ったあれだ。島津の釣り野伏せというやつだ。戦国時代、薩摩の島津氏が得意とした戦法。まずはセンターの囮と両翼の伏兵に別れる。最初にセンターの囮部隊が敵にぶつかり、少し戦った後ですぐに退却する。敵は優勢をみてそれを追うが、そこに両翼に展開していた伏兵が飛び出す。さらに退却していた囮も攻撃に参加し、囲い込む。
しかしこれは、競技開始早々に大将騎が負けてしまう可能性もあるリスキーな作戦だ。かなりの勇気が無ければこんな戦法は取れないが、練習してきているのだろう。青ブロックはスムーズな動きを見せ、次々と赤ブロック側の遊撃隊を取り囲み、数的優勢を作っていく。
結果、赤ブロック側はうまく対応できず、全滅となった。青ブロック側は七騎を残しており、完全勝利だった。圧倒的な結果に、青ブロックのスタンド席は大盛り上がり。オレのいる赤ブロック側は棒倒しでも青ブロックに負けていたこともあり、ほとんどお通夜状態だ。
競技が終わり、グラウンドで退場準備を始める生徒たちの中から、オレは秋山さんを見つける。試合の過程で、赤ブロックのスタンド席の近くまで来ていたようだ。しばらく観察していると、秋山さんも赤ブロックのスタンド席に目をやり、何かを探すように目線を動かしている。必然的にオレと目が合う。その瞬間、秋山さんは少し笑い、こちらに向かって小さくピースを作った。




