キューピット大作戦
日曜日は雨が降っていた。少し肌寒く、道行く人もみんな、傘を片手で持ちながら反対側の手をポケットに突っ込んでいる。最近は暖かい日が続いていたから、今日の装いを失敗してしまった人もいるだろう。だがオレは違う。今日はキューピット作戦の日、しっかり前日に今日の予報と気温を把握し準備しておいた。やや季節外れ感は否めないが、今日の気温にはちょうどいい。一方の冬弥はというと、白いクルーネックのカットソーに青いカーディガン、パンツにはデニムを履いている。いつもよりやや綺麗めではあるものの、カーディガンの生地が薄めなので寒そうだ。
午前十時、オレと冬弥は先に駅前に付き、女性陣を待っていた。約束の時刻より五分ほど遅れて、斉藤さんと白瀬さんが小走りでやってくる。
「ごめん!遅れた!」
「ごっ、ごめんなさい……」
白瀬さんはかなり緊張しているようで、ずっと目線が下を向いている。
「いや、俺たちもさっき来たところだ」
すかさず冬弥はフォローを入れる。案外、冬弥はこういう場に慣れているのかもしれない。そう思うと、オレのほうが緊張してきた。
「ならよかった、じゃあ行こっか」
四人で歩き出す。斉藤さんはできるだけ冬弥と白瀬さんが二人で話せるよう、オレの隣につき、時々二人の会話に参加する。
事前の段取りでは、この後は駅前のプラトスで映画を見て、お昼ご飯を食べてからショッピングをするということになっていた。
映画館のシートには、冬弥と白瀬さんを並んで座らせるため、自然とオレは斉藤さんと隣り合うことになる。
「ねぇ、遠藤くんは映画とか見るの?」
「時々かな、休日はサブスクで時々見てるよ」
斉藤さんは感心した様子だ。
「へぇ、何見るの?恋愛もの?」
「いや、恋愛もの以外は大体見るかな」
「なにそれ~」
すると、斉藤さんは口に手を当て耳打ちをする。柔軟剤の香りが漂ってくる。
「今のとこ、二人、いい感じだね」
オレは軽くうなずいた。
シーエムが終わりいよいよ本編が始まる。今回見る映画は、最近人気になってきた女優演じる余命宣告されたカメラマンと、男性アイドルが演じる映画研究会所属の大学生の間で繰り広げられる恋愛を描く。ある本で読んだことがあるが、現代ではインターネットが普及し、離れてしまっても簡単にビデオ通話で会えてしまうため、このような恋愛映画はだいたい余命宣告される。でないと、二人の「限られた時間」というテーマを演出できないからだ。
そんなことを考えながら映画を見ていると、なんだか興ざめしてしまい、あまり楽しむことができなかった。今頃他の三人は泣いているのだろうかとか、来週から始まる運動会の練習は面倒だとか、今日は寒いなとか、関係のないことばかりを考えてしまった。
その矢先だった。あるシーンで、男性主人公の母が登場した。五十代くらいの女性。オレはその女性を見た瞬間、自分の心臓が跳ねる感覚を覚えた。一気に寒さが吹き飛び、体中が熱を帯びた。そして激しく動揺し、スクリーンに目の焦点が合わせられなくなった。それはオレの母だった。
「す、すごい面白かったね」
白瀬さんは楽しめたようだ。目が少し赤くなっている。
「俺も恋愛映画は初めて見たけど、結構面白いんだな」
冬弥も満足できたようだった。
「春樹はどうだった?」
「……オレもおもしろかったよ」
あの女性が、オレの頭からこびりついて離れない。
「じゃあ、そろそろご飯にこっか!感想はそこで語り合おう!」
斉藤さんの号令のもと、四人はフードコートに向けて歩き出した。
*
オレはたこ焼きを注文した。が、これは失敗だったと言っていい。フードコートのたこ焼きは高いわりに、量が少なく満足感も少ない。この前のカフェの件といい、オレはつくづく、店頭で注文をするセンスがないようだ。冬弥はハンバーガー、斉藤さんと白瀬さんはオムライスを注文した。オレもそれにしておくんだった。
「なぁ白瀬さん、白瀬さんって映画が好きなのか?」
冬弥がコーラを飲みながらそう白瀬さんに質問する。
「けっこう好きかな、さ、最近の映画しか見ないけどね」
「結衣ちゃん、今日みたいな恋愛ものばっかり見るよねー」
そう言って斉藤さんは白瀬さんの頭に手を置く。みるみる内に顔が赤くなっていく。以前から白瀬さんは小動物みたいだと思っていたが、この瞬間に、それはリスだと断定した。
「このあとなんだけどさ。ショッピングに行こうかなと思ってたんだけど、四人でぞろぞろ行くのもなんだから、二手に分かれない?」
斉藤さんがそう提案し、白瀬さんはびっくりした表情をみせる。オレと冬弥は同意する。
「じゃあグッパーで決めよう!」
もちろんこれも事前に、冬弥と白瀬さんをくっつけるため、オレと斉藤さんは示し合わせて、グー、パーの順で出すことになっている。四人のグッパーは、二人で共謀すれば自由に操作可能というわけだ。
結果、三回目でグループは決まり、冬弥と白瀬さん、オレと斉藤さんというグループで別れることとなった。
*
「遠藤くん、まずはどこ行く?」
オレは斉藤さんと歩きながら考える。服も今は買いたいわけでもないし、本屋に行くのも、オレの趣味に斉藤さんを付き合わせるのは気が引ける。
「斉藤さんは行きたいとこないの?」
「じゃあ、電器屋行ってもいい?カメラ見たい」
「こないだ行ったじゃないか」
「新製品が出てるかもしれないよ?」
あれから一週間しか経っていないのだからそんなはずも無かったが、他に行くところも無いので、斉藤さんの提案に乗ることにした。
案の定、ディスプレイされている製品はこの前と全く同じだ。しかし斉藤さんは、初めて見るかのように値段を嘆いたり、オレに性能を売り込んだりする。
「斉藤さん、オレは一つ、斉藤さんに謝らなきゃいけないことがあるんだ」
「なっ、何?」
突然の話題に、斉藤さんは戸惑う。
「斉藤さんの下の名前、季節の『夏』に、ヨットの『帆』って書くだろ?オレ、今までずっと『かほ』って読むもんだと思ってたんだ。ほんとは『なつほ』って読むんだな」
「なんだそんなことかーって、それはそれでヒドイよ。女の子の名前を間違えるのは一番やっちゃいけないことだからね」
斉藤さんは笑いながらオレを肘で小突く。
「間違える前に謝ったんだ。ギリギリセーフだろ」
「まぁ今回は許してあげる」
斉藤さんはそっぽを向き、腰に手を当てる。
「その代わり、今度からあたしのこと、『なっちゃん』って呼んでよ」
「へ?」
突拍子のない提案にオレは変な声を出してしまった。
「男子でも親しい人はあたしのこと、『なっちゃん』って呼んでるよ?」
「いやいや……」
女子に向かってちゃん付けは気が引ける。特に教室なんかでは呼べたもんじゃない。
「代わりに『夏帆』ならどうだ?」
「じゃあそれでいいよ」
飽きれた様子をみせる。意気地なしと思われただろうか?
「じゃああたしも『ハル』って呼ぶから」
「……わかった」
「ハル」と呼ばれたことはいままで無かったから、少し新鮮だった。
午後四時、ショッピングを終えたオレたちは駅前で合流し解散することになっていた。雨は既に上がっており、空には晴れ間も見える。気温も少し上がり湿度の高い、生暖かさが街全体を包んでいた。
五分ほど遅れてから冬弥たちが姿を見せる。冬弥は両手に三つのバッグを持っており、たくさん買い物をしたと見える。白瀬さんの荷物を持ってあげているのだろう。オレたちはというと、ずっと電器屋でカメラを中心に家電を批評して回り、ついぞ何も買わなかった。二人の様子を見ると、かなり打ち解けたようで、今回のデートは楽しんだように見える。先週のカフェで白瀬さんはかなりの人見知りだと見受けていたが、そこは冬弥がうまくエスコートしてきたのだろう。このままいけば、二人が正式に付き合いだす日も近いかもしれない。オレは駅前のプランターに植えられていた、雨に洗われたピンク色のマーガレットを見ながらそう思った。




