第90話:巨躯の檻
戦いは終盤に差し掛かっていた。
ドウラの肩からは血が流れ、ゼロの衣服も大蛇の鱗に擦られてズタズタになっていた。
消耗しきった二人の前に、赤く染まった大蛇が不気味にじりじりと迫る。
(……なぜだ。なぜ、こちらの二手目の攻撃がいつも潰される?)
ゼロは防戦に回り、泥に塗れ、幾度も死線をくぐり抜けながら、大蛇の「動きの法則」を必死に観察し続けていた。
大蛇が再び、ドウラへと狙いを定めて頭部を持ち上げた。
ドウラがそれに応じるように大斧を構えるが、大蛇の視線はドウラだけを見ていない。
その長い胴体を巧みにうねらせ、ゼロが援護に入れないよう、事前にゼロの進路を遮るように尾を這わせていたのだ。
(──そうか。こいつ、単に目の前の敵と戦っているんじゃない)
ゼロはハッと息を呑んだ。
この大蛇は、野生の過酷な環境で生き抜いてきた狩人だ。
複数の獲物がいる時、どれを先に潰し、どれを地形の罠にハメるか。
その「移動経路の遮断」を、自身の長い肉体そのものを動く壁として使って、無意識のうちに完璧に行っているのだ。
こちらの攻撃が浅いのも、逃げ道を潰す動きのついでに、絶妙に体勢をずらして直撃を避けていたからだった。
まるで、二人の動きを自らの身体という「檻」の中に閉じ込め、じわじわと圧殺していくかのように。
「ドウラ! 奴は俺たちの攻撃を完全に避けてるんじゃない。俺たちの『逃げ道』や『連携のルート』を、身体のデカさで先に塞いで、こっちの体勢を崩させて威力を殺してるんだ!」
ゼロが声を枯らして叫んだ。
大蛇の猛攻を紙一重でかわし続け、そのハメ技のパターンを何度も肌で味わったことで、ゼロの感覚は、大蛇が次に「どこを塞ぎにくるか」の野生の呼吸に、ようやく慣れ、同調し始めていた。
「奴の動きの癖が分かった。あいつは次に、俺の右側を塞いで、お前を泥濘の深みに追い込むつもりだ。……それを逆手に取るぞ!」
「おう……、やってやろうじゃねえか!」
ドウラが息を切らしながらも、ゼロの言葉を信じて大斧を強く握り直す。
すべてを完璧にこなす怪物ではない。
ならば、その野生の「確実な一手を狙う癖」こそが、唯一の付け入る隙だった。
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