第89話:絶望の重圧
大蛇は全身から血を流し、その巨体を赤く染めながらも、圧倒的な優位を保ったまま確実に二人を追い詰めていく。
傷を負ったことで、その漆黒の双眸にはより一層の冷徹な凶暴さが宿っていた。
大蛇が地を這うように身をうねらせると、その自重だけで周囲の泥濘が激しく波打ち、爆音と共に泥と水飛沫が容赦なく二人の視界を奪う。
「おい、ゼロ……どうする。俺たちの攻撃、傷はつくのに全然堪えてねえぞ……」
ドウラが額の汗と泥を拭いながら、声を震わせる。
大斧を構える腕は、度重なる衝撃ですでに感覚が麻痺しかけていた。
「落ち着け、ドウラ。敵は無敵じゃない。確実に血は流れている」
ゼロが槍を低く構え、限界まで研ぎ澄ませた五感を大蛇へと集中させた。
「奴はすべてを無傷で防いでいるわけじゃない。俺たちの位置関係と、この『足場の悪さ』を完全に利用して、致命傷だけを巧妙にずらしているんだ」
大蛇が動いた。
今度は隠密性はなく、正面から圧倒的な質量で二人を圧殺するための高速の突進。
「バラバラに動くな! 距離を保ちながら、交互に注意を引くぞ!」
ゼロが泥濘を蹴って前に出た。
大蛇の鼻先を槍の先端で激しく叩き、傷口を刺激してその突進の軌道をわずかに逸らす。
「ドウラ、今だ! 側面から叩け!」
「おうっ!」
ドウラが横から踏み込み、大斧を振り下ろす。
しかし、大蛇は突進の勢いのまま、長い胴体をムチのように横へとスライドさせた。
ドウラの足元の泥が爆発したように弾け飛び、凄まじい衝撃波がドウラの足元をすくう。
踏ん張りが利かず、狙いが狂ったドウラの一撃は、再び鱗の表面を浅く削るに留まる。
息を吐き出す暇すら与えず、今度は大蛇の頭部が反転してゼロへと迫る。
防戦一方となり、泥に塗れ、ただじわじわと体力を削られていく二人。
どんなに工夫して傷を増やしても、大蛇の野生の狡猾さが、彼らの連携の「一瞬のズレ」を正確に潰してくる。
終わりの見えない絶望の泥沼だった。
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