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第81話:幻影の巨躯

その頃、もう一つの調査班は足場の悪く険しい小川沿いを、無言で登り続けていた。


源流に近づくにつれて周囲の木々は密度を増し、巨大な羊歯しだ植物が道を塞ぐように行く手を遮る。


頭上を覆う鬱蒼うっそうとした葉の隙間からは、わずかな木漏れ日が届く。


湿った腐葉土の放つ生温かい臭気と、まとわりつくような濃い湿気が、戦士たちの体力を容赦なく削っていく。


先頭のゲンは、周囲の気配を完全に消しながら、最適なルートを正確に割り出し、淡々と進んでいく。


そのすぐ後ろを歩くジンは、屈強な体躯を揺らし、重々しい足取りで後に続く若き二人の戦士──ドウラとゼロの気配を背中で感じていた。


ゼロが泥濘に足を取られることなく静かに行軍を続ける一方で、ドウラは大斧という重武器を背負いながらも、その足取りこそ安定しているものの、表情は完全に不機嫌そのものだった。


「チッ……。いつまでこんなシケた場所をおちおち歩かないといけないんだよ」


ドウラが肩の大斧を無造作に担ぎ直し、誰に言うでもなく吐き捨てた。

 

「ただでさえこの重てえ斧を担いで登ってんだ。化け物の一匹でも出りゃまだ退屈しねえが、延々と泥と草を踏み分けるだけじゃ、さすがに飽き飽きしてくるぜ」


「──大斧の」


前方を歩くジンが、振り返ることもなく、地響きのような低い声で窘めた。


「口を動かす暇があるなら、足元と周りに目を配れ。ここは敵の縄張りだぞ」


「わかってますよ、戦士長。けどよ──」


「静かにしろ、ドウラ」


さらに前先頭から、ゲンの冷徹な声が遮るように響く。


「お前の声は森の静寂を乱す。これ以上悪態をつくなら、その重い玩具オノをここに置いていけ。足手まといだ」


「……へいへい。悪かったよ」


ドウラはつい漏れ出した悪態を注意され、つまらなそうに首をすくめて口を閉ざした。


再び静寂が戻り、川のせせらぎと、草木をかき分ける音だけが響く。






 

「──待て」 



不意に、ゲンの低い制止の声が響いた。


ジンの鋭い眼光が、小川の先にある大岩の隙間へと向けられる。


岩場の影に、のたうつような巨影が横たわっていた。


丸太のように太く、家一軒ぶんほどもありそうな、悍ましいサイズの大蛇だ。


木漏れ日の光を浴びて、その体表がぬらぬらと鈍い光を放っている。


全員の身体が瞬時にこわばり、武器へと手が伸びた。


「……おい、嘘だろ。なんなんだあのデカさは」


里の戦士の一人が、恐怖に声を震わせながら一歩後退する。


ドウラもまた先ほどまでの退屈の表情を一変させ、大斧の柄を力強く握り締め、いつでも飛び出せるよう腰を落とした。


誰もが息を詰め、大蛇が鎌首をもたげる瞬間の恐怖に備える。


岩場の影からいつあの巨躯が躍り出てくるか分からない。





張り詰めた沈黙の中、誰一人として動けず、ただじっと敵の動向を待つ時間だけが、じりじりと引き延ばされていく。






だが、どれだけ待っても、その巨影は微動だにしない。




じりつくような数分が経過した。





先頭のジンが武器を構えたまま、重々しい声を絞り出す。



「……仕掛けてこねえな。こちらの様子を見てやがんのか」


「いや、待て」


最後尾からじっとその姿を凝視し続けていたゼロが、遮るように呟いた。


戦慄に呑まれかける思考を強引に平熱へと戻し、極限まで研ぎ澄まされた五感で対象を観察する。


冷や汗が首筋を伝う。


……違和感がある。


その巨体は一向に姿形を変えない。


それどころか呼吸によって上下するはずの胴体が、完全に静止している。



衣服が擦れるほどの微かな風が吹き抜けた。



瞬間、その巨体が、まるで中身がないかのように、わずかに軽そうに揺れたのをゼロの目は捉えた。



「大丈夫だ。……あれは、脱け殻だ。本物じゃない」


ゼロの言葉に、一同の間に困惑と驚きが走る。

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