第76話:忍び寄る羽音
「よし、全員無事だな。この場に長居は無用だ、先を急ごう」
リュウイチの言葉に一同は頷き、ウツボカズラの残骸を越えて、さらに深く鬱蒼とした森の奥へと足を進めた。
どんよりとした甘ったるい空気が抜け、いくらか息がしやすくなった森の中を、警戒を怠らずに歩き続ける。
戦闘の興奮が冷めるにつれ、周囲の空気は元の冷ややかなものへと戻っていった。
しかし、それとは裏腹に、一行の鼻腔をいつまでも刺激し続けるものがあった。
衣服や防具、装備の隙間にまでべっとりと付着した、あのウツボカズラの強烈に甘い粘液の臭いだ。
(拭っても、なかなか臭いが落ちねえな……)
レイジが歩きながら眉をひそめ、己の袖口に視線を落とした。
(ーーーーーーーー)
「……ん? なんだ、この音」
列の先頭を歩くリュウイチが耳を研ぎ澄ませる為、ぴたりと足を止めた。
つられて全員が足を止める。
(ーーーーーーーー)
深い木々の合間から、重苦しい不気味な低音が響いていた。
最初は風が遠くの木々を揺らす音かと思った。
(ーーーーーーーーン)
だが、その音は一拍ごとに、確実に激しさを増しながらこちらへと近づいてくる。
「ブゥゥゥゥゥゥン」
数十、百を超える狂暴な羽が、激しく空気を震わせる音──羽音だ。
「おいおい、マジかよ……!冗談だろっ!」
カイが自分の服に付いた粘液を見てガシガシと頭を掻きむしった。
「この蜜の残り香、マズいぞ! 進んだ先が悪かった、この辺りは羽虫どもの縄張りだ! 完全に臭いで引き寄せられてやがる!」
リュウイチが急いで一行に伝えるが、周囲を見渡した時には、すでに遅かった。
視界の先、木々の隙間から、凶悪な羽音を轟かせながら無数の影が次々と飛び出してきたのだ。
一匹一匹が人間の拳ほどもある、鮮やかな黄色と黒の縞模様をまとった蜂──『裂刺蜂』だ。
彼らの生息地へ、一行は「極上の餌の臭い」を全身から漂わせながら自ら足を踏み入れてしまったのだ。
「チッ、最悪の連戦だな! 全員、固まれ! 散開するな!」
リュウイチが叫び、短剣を抜く。
集まってきたその群れは、瞬く間に一行の周囲を取り囲み、逃げ道を塞ぐようにして縦横無尽に飛び回り始めた。
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