第72話:這い寄る結束
野鼠の群れを退け、エリスの迅速な手当てによって息を吹き返したリュウイチ班は、さらに小川の上流へと進路を取っていた。
しかし、進むにつれて周囲の空気は目に見えて澱んでいく。
小川の幅は少しずつ狭まり、代わりに両岸から突き出す巨木の根が、まるで巨大な血管のように地面をのたうち回っていた。
頭上の深緑は完全に光を遮断し、開けているはずの水面さえも不気味な影に飲み込まれそうになっている。
「……なんか、急に目が霞むな。気のせいか?」
レイジが歩きながら、ふと片手で自らの目元をこすった。
言われてみれば、カイも先ほどから妙に息苦しさを感じており、地面を踏みしめる足元がわずかにふらつく。
周囲には、どこか熟しすぎた果実のような、ねっとりと甘ったるい匂いが立ち込めていた。
(……おかしい。ただの歩き疲れじゃないな。この妙に甘い空気のせいか……?)
リュウイチは年長者としての経験からかすかな違和感を覚え、周囲の乱雑な木々へと鋭い視線を巡らせる。
だが、その匂い自体に激しい毒性があるわけではない。
ただ頭がぼーっとし、思考のピントが少しずつ狂っていく。
それゆえに、一行は自分たちの身体に起きている異変が「自然の仕掛けた罠」であることに、誰も気づけないでいた。
ポツリ。
「……ん?」
歩を進めていたカイの右肩に、何か粘り気のある大きな滴が落ちた。
見ると、それは無色透明ながらも、周囲に漂うあのねっとりとした甘い匂いを何倍にも濃縮したような、どろりとした「蜜」だった。
衣服の生地にじわじわと染み込んでいくそれを、カイが怪訝そうに指先で拭おうとした、その瞬間だった。
ガササササッ!!!
「うわぁぁぁぁっ!?」
一行の最後尾を歩いていた里の戦士の一人が、突如として短い悲鳴を上げた。
カイの肩に蜜が落ちたのと完全に同刻、頭上の枝から音もなく垂れ下がってきた太い蔦つたが、彼の身体を瞬時に絡め取ったのだ。
戦士は「クソっ!?」と声を荒らげながら、腰の短刀を抜いて蔦を切り裂こうと激しく抵抗する。
しかし、蔦は彼の腕ごと胴体を締め上げ、まずはその自由を奪った。
そして、獲物の確保を確信したかのように、じわり、じわりと、一定の速度で戦士の身体を頭上の深緑へと引き揚げ始めた。
「しまっ──、上だ!」
カイが朦朧とする頭を無理やり振って、蜜が落ちてきた上空を見上げる。
巨木の枝葉が交わる暗がりに、大人が三人同時に呑み込まれるほど巨大な袋状の**肉食植物ウツボカズラ**がぶら下がっていた。
カイの肩に落ちたのは、その大口から滴り落ちた粘液だったのだ。
吊り上げられた戦士は、まだ地上から数メートルの位置で足をバタつかせ、必死に蔦をほどこうともがいている。
だが、その頭上遥か上方では、ウツボカズラが大きな口を開け、どろどろとした消化液を覗かせて獲物が上がってくるのを静かに待っていた。
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