第69話:運命の分岐点
広場を抜け、鬱蒼と生い茂る森林地帯の険しい斜面を下りながら進むと、次第にあの不気味な鼻を突く臭いと、ザーザーという激しい水の音が近づいてくる。
彼らは再び、目的の小川の付近へと戻ってきたのだ。
広場へ上がる前に一行を苦しめていた霧は、いつの間にか完全に晴れ渡っていた。
しかし、頭上を埋め尽くす巨木の葉が陽光を遮り、森の奥は昼なお暗い深緑に包まれている。
ただ、目的の小川の周辺だけは木々が途切れ、少し開けた見通しの良い空間になっていた。
「……これは、どういうことだ?」
ゼロが足を止め、開けた水面を見つめながら眉をひそめる。
目の前で、上流から流れてくる川が、綺麗にふたつに枝分かれしていた。
どちらの川も同じようにわずかに濁っている程度で、水自体の色や濁り具合、あるいは周囲の様子からも、どちらがどう違うのか見た目では一切判別がつかない。
「二股に分かれているな……。だが、これじゃどっちが汚染の根本原因なのか、さっぱり分からん」
ゲンが険しい表情で、ふたつの川の先を見つめる。
どちらか片方だけを選んで進めば、もう片方の鬱蒼とした森の奥にあるかもしれない汚染の源を見落とすリスクがあった。
ここで立ち止まるわけにはいかない。
「ここを進むなら、時間をかけるわけにはいかねぇ」
カイが静かに流れる水面を見つめながら、引き締まった声で言った。
「どちらか片方を放置すれば、汚染の原因を見失う。……ここで二組に分かれよう」
カイの提案に一同が頷く。
まずは案内人である二人の斥候が、素早くルートの割り振りを話し始めた。
「リュウイチ、お前はカイたちを連れて左を行け」
ゲンが開けた川沿いの先、鬱蒼と生い茂る左の森を見つめながら指示を出す。
「さっきの地形の読みを見る限り、お前ならこの入り組んだ原生林でもルートを見誤ることはないはずだ。俺が右を見る」
「了解」
リュウイチも短く応じる。
「右のルートはさらに木々が乱雑に生い茂っていて、足元が悪そうです。ゲンさんも気をつけて」
二人の役割が決まったところで、里の戦士長であるジンが一歩前に出た。
その視線が、ゼロとドウラの二人に注がれる。
「──カイ。悪いが、ゼロとドウラの二人は俺の班に引き抜かせてもらうぜ」
ジンの突然の指名に、カイたちはわずかに目を丸くした。
ジンは不敵に口元を緩め、まだ興奮の残る腕を叩く。
「さっきの戦い、見事だった。異能も使わずに大蜥蜴の突進を完璧に叩き伏せたドウラの戦技、それと殿で一糸乱れぬ槍捌きを見せたゼロの冷静さ……あの身こなしたち、俺の直感があいつらを求めてやがる。この先の未知の領域を突破するには、この二人の力が必要だ」
戦士長自らの高い評価に、ゼロは静かに視線を交わして不敵に笑った。
「そういうことなら。どっちに何があるかわからんしな」
「おう、俺の大斧が必要ならいくらでも貸してやるよ」
ドウラも愛用の武器を肩に担ぎ直す。
協力者としての頼もしい返答に、ジンも満足そうに頷いた。
これで大まかな組分けは見えたが、リュウイチが現実的な懸念を口にする。
「ゲンさん、もしこの先で『汚染の原因』らしき異変を見つけた場合はどうする? 下手に手を出すのは危険だと思うが」
「あぁ、深追いは厳禁だ。異変を見つけたら、まずは状況を確認して一度引く。戦闘は最小限に抑えるぞ」
ゲンが答えると、後ろからジンが冷静に言葉を挟んだ。
「問題は合流のタイミングだな。この鬱蒼とした森の中だ、視界は良くても移動に時間がかかる。どのくらいでここに戻る?」
ゲンは少し顎をさすり、木々の隙間から僅かに覗く空の様子を窺うように目を細めた。
「どんなに遅くとも、陽が落ち始める前──今から三時間後には、何があってもこの合流ポイントに戻ってくることにしよう。それ以上はリスクが高すぎる」
「三時間か。タイムリミットとしては妥当だな」
レイジが愛刀の柄に手をかけながら頷く。
「……だが、もし時間が来ても片方の班が戻らなかった場合はどうする?」
ゼロの低い問いかけに、ゲンは厳しい表情のまま、首を横に振った。
「その時は、30分待っても合流できなければ、残った班は先に里へ帰還すること」
「帰還……? 助けに行かねえのかよ!」
カイが思わず声を荒らげるが、ゲンはその言葉を鋭く遮った。
「この深く入り組んだ森で二次遭難をすれば、全員共倒れだ。それでは意味がない。異変の情報を何が何でも里へ持ち帰ること──それが最優先だ。いいな」
冷徹だが確かなゲンの判断に、カイも悔しそうに奥歯を噛み締め、最後は小さく頷いた。
こうして、限られた時間の中で迅速に方針と組分けが決定された。
片方の川へ向かうのは、リュウイチ班。
地形を見抜くリュウイチを筆頭に、前線の主力となるカイとレイジ、冷静に周囲をサポートするテツ、エリス、そして里の戦士数名が布陣する。
もう片方の川へ向かうのは、ゲン班。
斥候のプロであるゲン、戦士長ジン、冷静なゼロ、そしてドウラ、里の精鋭たちが未知の領域へと立ち向かう。
「よし、お互い死ぬんじゃねえぞ」
カイの言葉を合図に、調査隊はどちらが本命かも分からぬふたつの未知へと分かれ、それぞれの川沿いから生い茂る緑の奥へと歩みを進めるのだった。
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