第62話:霧の奥の因果
深い霧と底なしの泥濘を抜けた先に広がっていたのは、大樹の根元をくり抜いたような住居が並ぶ、静寂に包まれた未知の「里」だった。
だが、命からがら辿り着いたレイジたちは、その集落の入り口でピタリと足を止め、一歩も中へ進しようとはしなかった。
泥にまみれ、息を荒らしながらも、全員が武器を握る手に力を込め、案内人の背中に鋭い警戒の視線を突き刺す。
どこの誰とも知れない奴らの本拠地に、易々と踏み込めるはずがなかった。
集落の境界で、案内人の男が静かに振り返る。
その冷徹な双眸が、固まっている一行を値踏みするように見据えた。
レイジは武器を構えたまま、男を真っ直ぐに睨みつける。
「……ここは何だ。お前たちは何者だ」
男はレイジの殺気に臆することなく、低い声で淡々と応じた。
「人間だ。……ここに住む、な」
歓迎とも拒絶とも取れない突き放した物言いに、リュウイチがさらに一歩前に出て、男を問い詰める。
「助けてくれたことには感謝する。だが、悪いがまだそっちを信用することはできない。……俺たちをどうするつもりだ?」
張り詰めた空気の中、男はただ静かに首を振った。
「そう警戒するな。私の一存では何も決めん。まずは『頭』に会ってもらう。全てはそれからだ」
断る権利も、この霧のなかを自力で引き返す選択肢もない。
レイジたちは互いに視線を交わし、限界まで神経を研ぎ澄ませながら、男のあとに続いて里の奥へと進んだ。
里の最奥、最も巨大な大樹の根本に作られた広間に通される。
そこには、この里を統べる『頭』、そしてその傍らに控える、先ほど自分たちの救い手となってくれたあの男の姿があった。
レイジたちが足を踏み一入れた瞬間、二人は何かを話し合っていたが、一行の姿を見るなり言葉を止めた。
レイジの視線は、部屋の奥に座す『頭』に釘付けになった。
ただそこに座っているだけだというのに、広間全体の空気を一瞬で支配するような、圧倒的な存在感と重圧が頭の全身から放たれている。
その眼光は、まるでこちらのすべてを見透かすかのように鋭く重い。
頭が、深く刻まれた眉間の皺をさらに寄せながら、ぽつりと呟いた。
「客人が多いな…今までほとんどなかったというのに…」
その言葉が耳に飛び込んできた瞬間、レイジの心臓が激しく跳ね上がった。
(客人が、多い……? 俺たちの他にも、ここに誰かが来たのか……!?)
レイジの脳裏に、ずっと探し続けている男の背中が過る。
明確な動揺にレイジの身体が大きく震え始め、その場にいる全員が彼の異変に目を見張った。
レイジは一歩前に出ると、奥に佇む頭を真っ直ぐに見据え、震える声を絞り出した。
「ここに、誰が来ているんだ……!!」
必死に食ってかかろうとするレイジに対し、頭はびくりとも動じず、ただその圧倒的な威圧感を含んだ眼光でレイジを制した。
「小僧落ち着け、お前たちは何しに来た?」
地を撥うような頭の低い声に、広間の空気が一気に氷結する。
「カイだ!カイを探している!いるのかここに!」
レイジは威圧感に押し潰されそうになりながらも、狂おしいほどの叫びを頭にぶつけた。
リュウイチが慌ててレイジの肩をそっと押さえ、自分たちがここへ至った経緯、そして深い霧の湿地帯で「影」に襲われたことを、警戒を怠らないまま順を追って話し始めた。
この過酷な環境で生きる彼らが何を知っているのか、探りを入れるための会話が静かに交わされる。
いくつもの言葉が交わされ、一行の必死な目的が伝わった頃、頭は深く息を吐き出し、それまでの張り詰めた空気を少しだけ緩めた。
開かれた口から漏れたのは、自然な、しかし決定的な言葉だった。
「なるほどな。……お前たちが探している『カイ』とやらは無事だ。里の何処かに我が娘とおる」
「カイが……本当に、無事なのか!?」
テツが驚きと喜びで声を裏返らせ、全員の顔に衝撃と激しい安堵が走る。
頭は彼らの様子を静かに見つめたあと、広間の外へと視線を向けた。
「今日はもう日が暮れる。里を見て回れ。寝床は用意してやる。明日もう一度ここに来い。その時に会えるだろう」
頭のその言葉を最後に、広間には静かな沈黙が降りた。
カイの生存を知った大きな安堵と、夜を待つ里の静けさ、そしてこの先に待ち受ける真実への予感が、レイジたちの胸の中で複雑に渦巻いていた。




