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第59話:幻影のスクリーン

「っ……!」


テツが短く息を呑み、短剣を引き抜く。


音がした方向を全員の視線が射抜く。


だが、そこにあるのはただの濃い霧と、歪んだ影だけだ。


「……待て。動くな、誰も声を出すな」


リュウイチが鋭く制する。


俺は必死に頭を回転させた。


この不気味な現象の正体。


五感が狂うこの霧の性質。


そして、一拍遅れて聞こえる音の違和感。


じっと霧の奥の影を見つめ、その動きの規則性に気づいた瞬間、俺の脳裏にひとつの仮説が浮かび上がった。


「……なぁ、だれか。一回、大袈裟に動いてみてくれ」


「あ? 何言ってんだリュウイチ、こんな時に――」


「いいから、頼む!」


俺の真剣な声に押され、ドウラが不快な顔つきで握りしめていた大斧を振り回す。


すると、霧の向こうの巨漢の影も、全く同じタイミングで、全く同じように何かを振り回す素振りをみせた。


「……あ゛」 


テツが呆然とした声を漏らす。


レイジは自分の両手を広げ、霧の壁に向かって一歩近づいてみた。


霧の向こうの影も、連動して両手を広げるような形でうごいていく。


「ふっ――みんな安心しろ。敵ではない。アレは俺たちだ」


「水分が多すぎる上に、この深い白だ。霧の壁が、俺たちの姿を向こう側に反射させてるんだ。影が増えたり減ったり見えたのは、俺たちが動いて霧の濃淡が揺れたせいだ。さっきの音も……俺たちが足を止めたときの足音が、何かに跳ね返って遅れて聞こえただけだ」


「なんだよ……そりゃ……」


テツがガクリと肩を落とし、握りしめていたナイフの力を抜いた。


自分たちの足音と、自分たちの影。


極限の緊張状態と深い自然の霧が見せた、ただの錯覚。


追いかけ回してまで身構えていたのが馬鹿馬鹿しくなり、張り詰めていた空気がふっと緩む。


「ぶはっ、おい見ろよ、ドウラの影、めちゃくちゃ間抜けだぞ」


「なんだとレイジ、てめぇだって……ほらみろ!」


今度は面白がって、わざと変なポーズを取るドウラに、テツも「おいおい、ガキかよ」と呆れながら笑い声を上げる。


張り詰めていた死線から生還したような安心感。


全員の身体から、一気に気の緩みが広がっていった。


生きた心地のしなかった時間から解放され、レイジ達は、ようやくまともに肩の息をついた。


――その一瞬の隙だった。


ピチャリ。

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