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第57話:迷宮のノッチ

どこまでも白い、深い霧が立ち込めていた。


吸い込む空気がじっとりと冷たく、肺の奥まで湿気で満たされていくのが分かる。


視界は数メートル先すらおぼつかない。


ただでさえ足元の悪い湿地帯だ。


一歩踏み出すたびに、底なしの泥がじわじわと靴底を吸い寄せ、重い音を立てる。


ピチャ、ピチャ、と俺たちの足音だけが、やけに大きくこの静寂に響いていた。


「……なぁ、リュウイチ。本当にこの道で合ってんだろうな?」


不意に、後ろを歩いていたテツが、不安を堪えきれないといった様子で声を上げた。


「これだけ霧が濃いんだ。少しでも方向がズレたら、また底なしの泥に呑まれるかもだぞ。お前、何か目印でも見えてんのか?」


「……見えてはいない」


先頭を歩くリュウイチは、足を止めずに低く答えた。


「だが、さっきから俺が数十メートルおきに木々にノッチ(刻み目)を残している。万が一の時はそれを辿って戻ればいい。今はとにかく、この俺のノッチを信じて直線に進むしかないんだ」


「そりゃそうだけどよ……」とテツが小さく溢した、その時だった。


「……おい、どうしたリュウイチ。」


突然、先頭を歩いていたリュウイチが、目の前の立ち枯れた巨樹の幹を見て、凍りついたように足を止めた。


「そんな…バカな…これ……最初にナイフでつけたノッチだ」


リュウイチが指差した樹皮には、はっきりと鋭い刃物で削られた、真新しい十字の傷跡が刻まれていた。


リュウイチは険しい顔でその傷に触れ、テツが背後から「嘘だろ……?」と声を震わせる。


レイジ達はこの視界ゼロの霧の中、迷わない様に先頭のリュウイチが確実にまっすぐ進みながら目印を残していたはずだった。


それなのに、今目の前にあるのは、間違いなく数十分前にリュウイチが通り過ぎざまに刻んだはずの木だ。


「何故だ……。俺たちは一度も曲がらず、直線に進んでいたはずだぞ」


ゼロが周囲の霧を睨み据えるが、戻ってきたという厳然たる事実だけがそこに佇んでいる。


今まで一度も間違えたことのない絶対の信頼が裏切られるような底知れない恐怖。


それがじわじわと足元から傷口のように這い上がってきた。


一行は呆然と立ち尽くす。

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