第56話:深淵の道標
レイジは息を整えながら、とどめを刺された頭目の巨体の横に視線を落とした。
その時、死んだ頭目の半開きの口元に、妙な「違和感」が目を引いた。
「……おい、これを見ろ」
頭目の凶悪な牙の隙間に、何かがガッチリと引っかかっていた。
植物の蔓のようなもので縛られた、泥まみれの「何か」だった。
「カイの装備か……!?」
テツが泥水を拭いながら身を乗り出す。
俺は頭目のまだ生温かい顎をこじ開け、その牙の隙間から、絡みついたものを力づくで引き剥がした。
泥を拭い、手のひらの上でそいつを凝視する。
「……いや、違う。カイのじゃねぇな」
それは、黒ずんで腐りかけた細い植物の蔓で、幾重にも縛り付けられた、妙に平たい石の塊だった。
ただのガラクタではない。
苔に埋もれながらも、石の表面には人間の手で削られたような、微かな幾何学模様の溝が彫られている。
何かの呪術的なお守りか、あるいはこの地に潜む者の不気味な儀式の道具らしきもの――。
そんな、正体の知れない異質な気配を放っていた。
「獣の仕業じゃねぇ。昔のものっぽいが……やっぱり、この奥には『誰か』がいそうだな」
俺はその薄気味悪い石の塊を泥から慎重に拭い、ひとまず懐へと仕舞い込んだ。
カイの直接の手がかりではなかった。
だが、この未開の深淵の奥に、自分たちの知らない「知性」が確実に息を潜めている。
カイを連れ去った何者かが、この先にいるという不気味な確信が、俺たちの胸に重く落ちてきた。
「……とにかく、ここで突っ立ってたらまた別の奴らに囲まれる。ドウラとテツの手当ができる場所を探そう」
リュウイチが泥水をペッと吐き出しながら、周囲の警戒を怠らずに言った。
俺たちは傷ついた身体を引き摺り、さらに湿地の奥へと這い進んだ。
膝まで沈む泥の地獄を歩くこと、さらに十数分。
「――おい、あそこ。木が密集してて、土が盛り上がってるぞ」
ゼロが指差した先に、奇跡的に泥が途切れ、立ち枯れた巨樹の根元が広く剥き出しになった「陸地」があった。
俺たちは吸い寄せられるようにその狭い土の上へと這い上がり、泥まみれの身体を投げ出した。
「生きた心地がしねぇな……」
テツが噛み砕かれた防具を外し、リュウイチが手際よく手当てを始める。
ドウラも巨体を横たえ、荒い呼吸を少しずつ整えていった。
全員が疲弊し、言葉少なに泥を拭う。
レイジは懐のお守りらしき石の塊にそっと触れた。
ドウラもテツもこの状態だ。
だが、この正体不明の遺物が、レイジ達の執念に微かに消えない「道標」を与えてくれたような気がしていた。
カイは――きっとこの奥にいる。
なんとか一息つき、俺たちが再び立ち上がって武器を握り直した、その時だった。
周囲の空気が、ピりりと凍りつくような違和感を覚えた。




