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第54話:泥濘の死線、牙を拒む革

「――囲まれた! 来るぞ!――下だ!泥の中だ!」


ゼロの鋭い警告と同時に、目の前の泥濘が爆発した。


グチャァッ! と汚泥が四方に撒き散らされ、そこから「それ」が這い出してきた。


湿地の色と同化した鱗。


引き裂かれた肉が腐ったような悪臭が鼻腔を突き刺す。


現れたのは、4匹の巨大な大蜥蜴だった。


ずんぐりとした巨体に似合わない俊敏さで、平然と泥の上を滑るように距離を詰めてくる。


完全に、俺たちを獲物として包囲していた。


「クソが、仕掛けてきやがった!」


ドウラが叫ぶと同時に、最も小柄な一匹がテツに向かって跳躍した。


獲物の喉元を正確に狙った一撃。


テツは咄嗟に腕を盾にするが、引き抜こうとした右足が泥の底の這い根に引っかかり、体勢を大きく崩してしまう。


「テツっ!?」


大蜥蜴の裂けた顎が、無防備になったテツの脚へと喰らいついた。


ガチリ、と生々しい音が響く。


「ぐ、あああっ……!」


テツが歯を食いしばり、顔を歪める。


だが、その脚から鮮血は吹き出さなかった。


大蜥蜴の鋭い牙を受け止めていたのは、仲間たちが夜通し作ってくれた急造の防具が、その牙をギリギリのところで拒みきっていた。


「……っ、構うな! !」


テツが泥まみれの拳で大蜥蜴の鼻っ面に槍の先を殴りつける。


グラァッ


「テツ!よく耐えた! 」


「おおぉぉぉっ!」


テツが作った一瞬の隙に、ゼロの槍が閃いた。


泥の抵抗を切り裂く正確な突きが、大蜥蜴の目から脳を貫く。


ギャァッ、と短い悲鳴を上げて一匹が泥に沈んだ。


だが、休む暇はない。


残る3匹が、泥を跳ね上げながら同時に突っ込んでくる。


一歩動くだけで太ももの筋肉が悲鳴を上げる底なしの泥の中。


まともに足が動かない焦燥感が、じわじわと体力を奪っていく。


それでも、ここで死ねば、元も子もない。


「死んでたまるかよ……!」


リュウイチが泥にまみれながら低く地を這うように動き、大蜥蜴の死角へと回り込む。


その手元でナイフが冷たく光り、もう一匹の柔らかい下腹部を深く切り裂いた。


間髪入れず、ドウラの大斧が凄まじい風切り音を立てて一閃される。


「どけぇっ! 泥ごと叩き切る!」


内臓をぶちまけた大蜥蜴の脳天を、文字通り泥ごと叩き割った。


レイジもまた、自分の足を掴もうとする泥の重さを呪いながらも、必死に剣を振るった。


襲いかかる一匹の顎を剣の腹で弾き、剥き出しになった首筋へと刃を叩き込む。


硬い鱗の手応えに手首が痺れたが、執念で押し切り、3匹目を肉塊へと変える。


必ず生きて戻る決意。


息の合った連携。


そして何より、仲間たちの想いが詰まった防具。


それら全てを武器にして、俺たちはこの絶望的な足場の中で、確実に優位を掴みかけていた。


「はぁ、はぁ……、あと一匹……!」


剣を引き抜き、荒い息を吐きながら前方を見据える。


だが、レイジ達の前に残った最後の「それ」は、今まで倒した3匹とは明らかに雰囲気が違っていた。


他よりも一回り、いや二回りは大きい。


背中には無数の戦傷のような傷跡が刻まれており、泥に濁ったその瞳には、単なる獣の飢えではない、狡猾なまでの「知性」が宿っていた。

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