表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
59/102

第52話:風の誘い

庵の中は、鼻を突くような野草の香りと、微かな土の匂いに満ちていた。


師匠は手際よくカイの焼けた右腕に緑色の塗り薬を施し、手慣れた手つきで布を巻いていく。


「……ふぅ。これで少しは熱も引くだろう」


処置を終えた師匠は、立ち上がると窓の外を流れる霧に目を向けた。


隣では、エリスが先ほどまでの蒼白な顔を無理に整え、小さく息を吐いている。


だがカイは、彼女が自分を癒やすためにどれほど摩耗したかに、まだ気づいていなかった。


「さて、ガキ。……カイと言ったな。手当てを終えて早々だが、お前、ここで儂の下で『異能』の使い方を修行する気はないか?」


唐突な提案に、カイは目を丸くした。


「修行……? 悪いけど、そんな暇はない。俺はモールに帰らなくてはならないし、里の川の汚染だって一刻を争うんだろ」


渋るカイの言葉を遮るように、師匠が音もなく右手をかざした。


刹那、庵の中を一筋の冷気が駆け抜けけた。


それは精密に制御された「刃」のような氷の塊で、カイの鼻先をかすめ、背後の壁に掛かっていた分厚い布を一瞬で切り裂き凍りついた。


「っ……!」


「……これが儂の力。自然に流れる『冷』の理を、己の意思で御する力だ。……エリスもまたこの異能の扱い方を儂から教わった。教わるまでは、彼女も自分の力に翻弄されるばかりだったのよ」


師匠の言葉に、エリスもまた、控えめにだが確かな信頼を込めて頷いた。


カイは目の前の凍りついた布と、エリスの真剣な眼差しを交互に見つめ、唇を噛んだ。


「……わかった。修行は受ける。けど、そんなに長くはここにいられない」


「一週間だ。それ以上ここに留まる気はない。この異能をまともに扱えるようにならなくても、帰るすべを探す。……それでいいか」


修行を渋っていたカイの妥協案に、師匠は細い目をさらに細め


「ふぉふぉふぉ、面白い。その条件、飲んでやろうぞ。短い時間で何を掴めるか、貴様の器を測らせてもらう」


と愉快そうに喉を鳴らした。


師匠は立ち上がると、庵の裏手にある、さらに霧の深い崖際へとカイを誘った。


そこには、周囲を遮るもののない、むき出しの岩場が突き出している。


「では、最初の課題じゃ。カイ、そこへ座れ」


「座る? 殴るんじゃないのか」


「お前のそれは単なる『暴発』じゃ。まずは自身の中に流れ、その右腕に集まる『何か』を感じ取ってみよ」


師匠が静かに告げる。


「お前の力は…そうじゃのぉ…『熱』じゃな。熱とは激しく震えるエネルギーじゃ。だが、それは本来ただ爆ぜるだけのものではない。……内に流れる『何か』を集め、過不足なく『放出』する術を覚えねば、お前の身体はいずれ内側から焼き切れるぞ」


カイはしぶしぶ岩の上に胡坐をかいた。


目を閉じると、右腕の奥で燻る嫌な熱が、ドクンドクンと脈打っている。


(……自分の中に流れる何か、なんて言われても……。ただ、熱くてイライラするだけだろ……)


焦れば焦るほど、右腕の熱は高まっていく。


隣で見守るエリスの気配が、今はただ、静かなプレッシャーとなってカイに重くのしかかっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ