第49話:止まった時計と、流れる毒
「……じいちゃんはモールへ帰った。だけどギルさん、あんたはどうして帰らなかったんだ」
カイの問いに、ギルは焚き火に薪を放り込み、爆ぜる火花をじっと見つめた。
「……一人では、あの森は抜けられんわい。ここから第5ポイントへ辿り着くだけでも、健康な足で半日はかかる。ましてやあの『巨虎』のナワバリを抜けるなど、儂には到底無理な話だった」
ギルは自嘲気味に鼻を鳴らす。
「最初は儂も抗った。だが、霧の中で何度も死にかけ、そのたびに里の者に拾われるうちに……いつしか、ここで生きるしかないと悟ったのよ。道具を直し、道を整え、この里の暮らしに馴染む。そうやって自分を納得させて生きてきた」
ギルの言葉には、長い年月をかけて折り合いをつけてきた老人の重みがあった。
語らることのなかったじいちゃんの過去を一つを知り、カイは思い馳せる。
「……だが、そんなこの里も、もう終わりかもしれん」
ギルの視線が、家の隅に置かれた、澱んだ水の入った瓶へと向けられた。
「エリス姫や里の者は『原因不明の病』と言っておるが、長くここで道具をいじってきた儂の目から見れば、おかしなことは一つしかない。……この里を流れる川の、その『源流』だ。ある時期を境に、上流から流れてくる水に、目に見えぬほど微細な……だが確実に命を蝕む『粉』が混じり始めた」
「源流になにかあるのか?」
「わからん。だが、本来清らかなはずの場所で、何かが起きておる。……エリス姫の力も、今はその毒に侵された者たちを『癒やす』ことにばかり割かれておるが、本来はもっと『救う』力のはずなのだがな」
ギルはエリスを慈しむような目で見つめる。
エリスはただ、伏せ目がちに自分の手を見つめていた。
その手は、里の民を救うために、常に冷たい泥と毒に晒され続けている。
「……源流、か。そこを叩けば、水は元に戻るんだな」
カイが右腕を握りしめると、ギルは静かに首を振った。
「焦るな、小僧。まずはその右腕の熱をどうにかしろ。……儂にはその力の正体はわからんが、エリス姫が『癒やし』を行う時の力の通し方は、見ているだけでも何か理屈があるように思える。それを少しは学んでからにするんじゃな」




