第41話:静かなる追跡
「……ここだ。ここから先は、俺たちとカイが別れた場所だ」
レイジが足を止め、激しく踏み荒らされた下草の跡を指差した。
そこには、仲間の脱出を助けるために巨熊を挑発し、あえて森の深部へと駆け出したカイとそれを追う巨熊の痕跡が残っていた。
「……よし、ここからは俺が前へ出る。お前らは俺の足跡だけを辿れ」
片目の斥候、リュウイチが静かに先頭へ躍り出た。
彼は残された右目を細め、一見すると無秩序に生い茂るシダの葉や、巨樹の幹を凝視する。
「……相当な速さで走ってるな。巨熊の突進を紙一重でかわしながら……だが、このあたりから足跡が重くなっている」
「重くなってる? 疲れたってことかよ」
ドウラが斧を肩に担ぎ直し、不敵に笑う。
「……いや、負傷した。……見てみろ、この『吸血の茨』の千切れ方を。避けきれずに身体を擦ったな。……昨日流れた血が、このどす黒い蔦に吸われて、どろりと変色してやがる」
リュウイチの言葉に、全員の緊張が一段階跳ね上がった。
一行がさらに深部へと進むと、突如として頭上の天蓋から「カサリ」と嫌な音が響いた。
「――来るぞ。上だ!」
リュウイチの警告と同時に、樹上から細長い影が数体、音もなく降り注いだ。
森の掃除屋、『樹上の小牙』。
体長一メートルほどの爬虫類に近い獣たちが、鋭い爪を剥き出しにして襲いかかる。
「けっ、雑魚が! 邪魔すんじゃねぇよ!」
ドウラが吠え、大斧を一閃させた。
空中で一体を両断し、着地しようとしたもう一体を、テツが電光石火の槍捌きで串刺しにする。
レイジとゼロも流れるような連携で残りの個体を仕留め、戦闘は数秒で終結した。
「……無駄な体力を使うな。本番はまだ先だ」
ゼロが槍を拭い、再びリュウイチに視線を戻す。
リュウイチはさらに数百メートル、獣の獣道ではない「空白」を縫うように進み、そして、ある広場でピタリと足を止めた。
そこは、言葉を失うような惨状だった。
数本の巨樹が根こそぎなぎ倒され、地面には異様な円形の窪みが穿たれている。
周囲の草木は、熱波に晒されたかのように茶色く変色し、中心部には、巨熊の漆黒の毛が、一日経ってカサブタのように乾ききった暗紅色の血と共に地面に張り付いていた。
「……なんだ、これは。……爆発でもしたのか?」
テツの冷ややかな声が、初めて僅かに震えた。
ドウラもまた、足元の巨大な窪みを覗き込み、愛用の斧を握る手に力を込める。
これが「巨熊を退けた」という事実の重みだった。
「……いや、これはカイの……『衝撃』の跡だ。……あいつ、これほどの出力を……」
レイジが震える声で呟く。
リュウイチは、爆ぜた地面の縁に跪き、そこから森の北西――第4ポイントへと続く、微かな「引きずったような足跡」を見つけ出した。
「……巨熊は引き返した。……そしてカイは、この先へ向かってる」
リュウイチが、葉の裏でパリパリに乾いた血を指先でなぞる。
「……急ぐぞ。この足取りは、いつ意識が切れてもおかしくない。……第4ポイント、あの泉の近くだ」
一行の間に、これまでとは違う、重苦しくも熱い「焦燥」が走り抜けた。




