第39話:出撃の朝
モールの円筒状の天窓から、薄い春の光が差し込み始めた。
一晩中、巨猪の肉を捌き、血の匂いと熱気に包まれていたモール内は、夜明けとともに張り詰めた静寂に支配された。
「……行くぞ」
レイジが立ち上がった。
一晩の泥のような眠りを経て、不思議にもその体には力が戻っている。
だが、その瞳には焦燥の炎がゆらめいていた。
彼が武器を手に取り、鉄扉へ向かおうとしたその肩を、ゼロの強い手が制した。
「待て、レイジ。一人で突っ込むつもりか」
ゼロもまた、昨夜の疲労を色濃く残しながらも、兄としての冷静な眼差しを取り戻していた。
「あいつが、カイが一人で戦ってるんだぞ! 一刻も早く……!」
「分かっている。だからこそ、少数精鋭でいく。……俺と、お前。そして、あともう数人だ」
ゼロの言葉に、周囲にいた者たちが一斉に顔を上げた。
「俺も行く!」と真っ先に声を上げたのは、門番の男とクマさんだった。
だが、ゼロは静かに首を振る。
「あんたたちには、ここの防衛とバリケードの続きを頼みたい。もし俺たちが失敗すれば、このモールを守れるのはあんたたちだけだ。それに、カイが戻ってきたとき、ここが壊れてちゃあいつに顔向けできないだろう?」
苦渋の決断だった。
熟練の二人は唇を噛み締めながらも、その言葉の重みに頷くしかなかった。
「あたしも行くわ。気持ちなら負けない」
マルタが進み出ようとしたが、その前に一人の男が立ち塞がった。
「……よせ、マルタ。お前はここにいろ」
低い、少しかすれた声。
そこにいたのは、左目に深い傷跡を持ち、かつて斥候の筆頭を務めていた男、**リュウイチ**だった。
「リュウイチ……あんた、その目で……」
「片目でも、森の歩き方は忘れてねぇよ。……お前はここに残って、女や子供たちの支えになってやれ。絶望が一番の毒だ。お前がいなきゃ、この場所は中から腐る」
マルタは言葉を飲み込み、震える手でリュウイチの腕を掴んだ。
衰弱し、横たわったままのレンが、微かに目を開けて呟く。
「……リュウイチさん……なら、安心だ。……お願いします……カイ、くんを……」
リュウイチは短く頷き、ゼロの横に並んだ。
だが、まだ人数が足りない。
その場の空気が淀んだ時、壁に背を預けていた二人の男が、嘲笑うような足音を立てて歩み寄ってきた。
「……おいおい、仲良しこよしで心中か? 見てられねぇな」
現れたのは、ドウラとテツだ。
ゼロやレイジとは事あるごとに衝突し、その実力は認められつつも、独断専行が目立つモール内の「厄介者」たちだった。
「ドウラ……お前たち、何の用だ」
レイジが敵意を剥き出しにする。
「用? 決まってんだろ。そのデカい猪を仕留めた『英雄』様が、熊の餌になったってんなら、俺たちが引導を渡しに行ってやるってんだよ。……まぁ、ついでにそこのリーダー様の無様な死に様も拝めるしな」
ガモンが不敵に笑い、横でテツが槍の穂先を弄びながら冷ややかに笑う。
血気盛んで口は悪いが、その腕は確かだ。
この極限状態において、これ以上の戦力はない。
「……いいだろう。ドウラ、テツ。お前たちの力、貸してもらうぞ」
ゼロが二人を見据え、短く告げた。
こうして、私怨も理想も混ざり合った、歪な五人の「精鋭」が結成された。
春の朝靄が立ち込める草原へと、再び鉄扉が開く。
カイを救い出すための、時間との戦いが始まった。




