第38話:欠けた円環
草原の闇を切り裂いて、レイジたちがモールのバリケード内へと転がり込んだ。
「戻った! 戻ったぞ!!」
「肉だ! 猪だ! 果実もあるぞ!!」
待ち構えていた者たちから地鳴りのような歓声が上がる。
血に塗れ、泥にまみれた彼らが担いできた「豊穣」は、モールに生きる全員にとっての希望そのものだった。
男たちは興奮に震える手で、即席の担架や背負い籠を受け取っていく。
しかし、その熱狂の渦の中心で、ゼロとマルタだけは動けずにいた。
「……レイジ!カイは カイはどこだ!」
ゼロの低く、震える声が喧騒を切り裂いた。
レイジは、レンを門番の腕に預けると、その場に膝から崩れ落ちた。
肩を上下させ、剥き出しの地面を拳で叩く。
「……しんがりを、引き受けて……。巨熊を、引き離すって……!」
その言葉が響いた瞬間、広場を包んでいた歓喜が、凍りついたような沈黙へと変わった。
「熊だと……? あの一際デカい巨熊にか」
門番が絶句する。
仲間たちも、手にした肉の重みを感じながら、顔を見合わせた。
「今すぐ戻る! あいつを、カイを独りにできるかよ!」
レイジがふらつく足で立ち上がろうとするが、その肩をゼロの強い手が押さえつけた。
「……待て。今の時間、この暗闇で、その体で行って何ができる。無駄死にさせるわけにはいかない」
「兄貴……! 見捨てるってのかよ!」
「見捨てるんじゃない! ……判断だ」
ゼロの瞳には、弟を想う激情と、リーダーとしての冷徹な責任がせめぎ合っていた。
夜の森は、昼間とは比較にならないほど危険だ。
松明の火だけを頼りに巨熊の縄張りへ踏み込めば、全員が餌食になる。
「……今日は、もう動けない」
クマさんが、悲痛な面持ちで口を開いた。
「連中を見てみろ。指一本動かすのも限界だ」
その言葉通り、レンはすでに門番の腕の中で、意識を断絶させるように深い眠りに落ちていた。
全てを見通したかのようなあの凄まじい集中力…その顔は蒼白で、呼吸だけが微かに繋がっている。
レイジもまた、ゼロの腕の中で「糞ッ……糞がああぁ!」と吐き捨てながら、そのまま意識を失うように倒れ込んだ。
そんなレイジをクマさんに預けると、極限の緊張から解放されたゼロも、膝をつき、愛剣を杖にして動かなくなった。
モール内へ獲物を運び込んだ後、そこには奇妙な「悲痛」が溢れていた。
獲物はある。
果実もある。
だが、そこにたった1人がいない。
「……どうして。どうしてあの子が」
マルタは、持ち帰られた黄金の果実を見つめたまま、小刻みに震えていた。
彼女にとって、カイたちはただの「仲間」ではない。
この暗いモールの未来そのものだった。
その一角が欠けた事実に、動揺を隠しきれない。
「……マルタ、今は休ませろ。こいつらも、俺たちもだ」
門番が、重苦しい足取りで彼女の肩を叩いた。
「……ああ。獲物の処理は俺たちがやる」
クマさんが、暗い照明の下で、血のついたナイフを握り直す。
「皮を剥ぎ、肉を吊るせ。……カイが命懸けで持ち帰らせた糧だ。一口も無駄にするな。あいつが戻ってきたとき、最高の状態で食わせてやるんだ」
クマさんと門番は、互いの瞳に宿る悲壮感を隠すように、淡々と、しかし執念深く作業を開始した。
モールの中、焚き火の爆ぜる音だけが、戻らない一人の不在を強調するように響き続けていた。




