第35話:境界の杭
カイたちの背中が、草原の起伏の向こう、深緑の境界線へと消えていく。
その姿が完全に見えなくなるまで、モールの入口に集まった者たちは、祈るような沈黙で見送っていた。
「……行ったな」
低く、硬い声を出したのはゼロだった。
カイの無事を信じながらも、見張りのリーダーとしてのな目が、風に揺れる草原の先を射抜いている。
彼は腰に差した得物の感触を確かめると、背後の者たちへ向けて短く言い放った。
「見送りは終わりだ。あいつらが戻ってくるまでに、ここを『俺たちの場所』にするぞ」
その言葉を合図に、静まり返っていた草原に活気が戻る。
中心となって動き出したのは、マルタと、長年この入口を守り続けてきた門番の男だった。
「さあ、動いた動いた! どんどん運び出すんだよ。まずは自分たちの足元を固めるんだ!」
マルタの快活な声が響く。
彼女は手近な資材置き場から、錆びついた鉄パイプや、モールの奥から掘り出してきた頑丈なワイヤーなど、次々と運び出させていく。
「門番さん、杭の位置はあそこでいいんだよね?」
「ああ。草を刈った範囲の端に、まずは一列だ。……おい、お前ら! そこに瓦礫を積み上げろ! 隙間は古タイヤで埋めるんだ。見栄えは気にするな、獣が足を止める『壁』になればそれでいい!」
門番の叱咤を受け、男たちが額に汗して動く。
これまでは「扉」という一枚の鉄板に命を預けてきた彼らにとって、草原に自ら防壁を築くという行為は、恐怖を「安全」に変えるための挑戦でもあった。
資材を運ぶ者、鉄パイプを地面深くへ打ち込む者、ワイヤーを張り巡らせる者。
その様子を、ゼロは少し離れた高台から見守っていた。
「……じいちゃんの知恵か」
ゼロは、かつてカイの祖父が語っていた「領域」の話を思い出していた。
今、自分たちが作ろうとしているのは、高度な建築物ではない。
だが、人間の意思が介在する「境界線」を引くことで、野生の獣たちにここが「異質な場所」であることを分からせる。
「マルタ、そっちの補強が終わったら、見張り台の足場も確認してくれ。あいつらが獲物を抱えて戻ってきたとき、真っ先に気づいてやれるようにな」
「言われなくても分かってるよ、ゼロ。あの子たちが安心して戻ってこれる場所にする。それが私たちの仕事でしょ?」
マルタは額の汗を拭い、不敵な笑みを浮かべた。
遠く、山々が霞む空の下。
深緑へと挑む者たちがいる一方で、ここ草原でも、一歩も引かない自分たちの「城」を築くための戦いが始まっていた。




