第36話:黄金の静寂と影
バリケードの設営は、手探りながらも着実に形になりつつあった。
モールの奥に眠っていた錆びついた鉄パイプを力任せに打ち込み、間を瓦礫や廃材を積み上げ、ワイヤーで不規則に巻き付けただけの、ひどく雑多な代物だ。
積み上げられた古タイヤの隙間には、掘り起こした瓦礫が詰め込まれ、お世辞にも「壁」とは呼べない歪な境界線が、黄金色の草原に這い出している。
「……よし、隙間に石を詰めろ! 獣が鼻を突っ込めないようにだ!」
門番の男が声を張り上げ、仲間たちに指示を飛ばす。
マルタも泥にまみれ、即席のワイヤーを締め直していた。
その少し外側、完成しつつある境界のすぐ傍らで、ゼロは鉄の槍を手に、鋭い視線で周囲の草むらを射抜いていた。
彼は作業班を守る「盾」として、常に最前線に立っていた。
異変は突然訪れた。
「――ゼロ! 草原の向こう、揺れ方がおかしいぞ!」
モールの入り口付近、少し高い位置にある換気口跡から見張っていた男が叫ぶ。
その直後、草を分ける不気味な足音と、獣特有の鼻を突く臭いが風に乗って漂ってきた。
「作業中止! 全員、モールへ戻れ! 急げッ!」
ゼロの鋭い指示が飛ぶ。
黄金色の波が揺れる向こう側から、複数の「影」が静かに、しかし着実に距離を詰め始めていた。
「牙」の群れだ。
一匹、二匹ではない。獲物を追い詰めるための、統率された包囲網。
「門番、入り口を固めろ! マルタ、連中を中へ!」
ゼロは殿を務め、迫りくる影を睨みつける。
群れの中には、他より一回り大きな個体が混じっていた。
それは冷徹な光を宿した瞳で、新しく築かれた境界線の脆さをあざ笑うかのように、じりじりと距離を詰めてくる。
男たちが雪崩を打つようにモールの鉄扉へと逃げ込み、重い扉が閉ざされた。
モール内には、激しい呼吸音と言いようのない憤りが充満する。
「……せっかくここまでやったのに! あいつら、まるでタイミング見計らってたみたいじゃない!」
マルタが壁を叩き、悔しげに声を荒らげる。
だが、その憤りはすぐに、さらなる深刻な事実にすり替わった。
「待てよ……『牙』があそこに群れてるってことは……」
門番の言葉に、全員の顔から血の気が引く。
あそこはカイたちが戻ってくるはずの唯一の「道」だ。
獲物を抱え、疲労困弊して戻ってくるであろう彼らの前に、あの飢えた群れが立ち塞がっているとしたら――。
「……カイたちが、危ない」
ゼロが低く呟いた言葉が、暗いモールの中に冷たく響き渡った。




