第34話:導きの声
「……止まるな! 走り続けろ!」
レイジの怒号が、湿った春の森に響いた。
背負い籠に詰め込まれた果実と肉塊となった巨猪が、一歩ごとに肩に食い込み、肺が焼けるような熱を帯びる。
背後からは、カイが引き受けた巨熊の咆哮と、樹木がなぎ倒される凄まじい破壊音が断続的に聞こえていた。
「……っ、ハァ、ハァ……!」
先導するレンの呼吸が、次第に鋭く、不安定なものに変わっていく。
最年少の彼にとって、この速度で未開の森を駆け抜けるのは限界に近かった。
だが、レンの瞳には、これまでになく奇妙な光が宿っていた。
(……あっち。……いや、こっちだ)
視界が白く霞み、周囲の木々の輪郭がぼやけ始める。
その代わり、レンの脳裏には「音」や「空気の震え」が、まるで鮮やかな地図のように浮かび上がっていた。
どこに根が浮いているか。
どの茂みに獣が潜んでいるか。
極限の環境が、彼の奥底に眠っていた索敵の資質を、無理やり呼び起こしたのだ。
「――左だ! 太い根がある、そこを跳べッ!」
レンの叫びに、志願者たちが反射的に従う。
数秒後、彼らが駆け抜けた直後の右側の藪から、獲物を狙った小型の獣が飛び出した。
だが、一行の速度には追いつけず、虚しく空を切る。
「レン、大丈夫か! 顔が真っ白だぞ!」
最後尾で殿を務めるレイジが叫ぶ。
レンの足元はすでにおぼつかなく、何度も膝をつきそうになっていた。
「……だいじょうぶ……僕が、みんなを……草原へ……」
レンの声はかすれていた。
ついに、森の密度が薄くなり、前方に眩いばかりの春の光が見え始めたその時、レンの体が糸が切れたように前へ崩れ落ちた。
「レンッ!!」
レイジが駆け寄り、その細い肩を抱き起こす。
レンの鼻からは一筋の血が伝い、意識は混濁していた。
だが、彼はレイジの手を強く握り返し、光の差す方を指差した。
「……あそこを、抜けたら……草原だ……」
「わかった、わかったから! もう喋るな!」
レイジはレンを背負おうとしたが、レンはそれを拒み、自らの足で立ち上がった。
一歩踏み出すたびに全身が激痛に悲鳴を上げる。
それでも、彼は「案内」をやめなかった。
カイが命懸けで作ってくれたこの時間を、一秒たりとも無駄にはできない。
最後の一歩を越えた瞬間、一行の視界が爆発するように開けた。
鬱蒼とした緑の監獄を抜け、目の前に広がったのは、風に揺れる若草の匂いと、遮るもののないオレンジだ。
「……出た、……森を抜けたぞッ!!」
仲間の一人が、泥と血にまみれた顔を上げて叫ぶ。
草原を渡る生温かい風が、熱を帯びた彼らの頬を撫でていく。
だが、安堵の輪の中に、カイの姿だけはなかった。
レイジは背後の暗い森の入り口を振り返り、唇を血が滲むほどに噛み締めた。
「……すぐに戻る。待ってろよ、カイ……!」




