第33話:孤独な咆哮
仲間たちの足音が遠ざかるのを確認し、カイはあえて巨熊の視界を遮るように、道なき藪の中へと飛び込んだ。
「……こっちだ、化け物!」
背後で、樹木がなぎ倒される凄まじい破壊音が響く。
巨熊は狙いを明確にカイへと絞り、重戦車のような勢いで追撃してきた。
春の湿った土を蹴立て、腐葉土を撒き散らしながら、一歩ごとにその距離が縮まっていく。
カイは入り組んだ巨樹の間を縫い、少しでも巨躯の動きを鈍らせようと試みるが、巨体に小細工は通じない。
「――がっ!」
背後から迫った剛腕の先端が、カイの背中をかすめた。
防具の革を裂き、肉にまで達する鋭い衝撃。
カイは前のめりに転がり、泥にまみれながらも必死に体勢を立て直す。
背中を焼くような熱い痛みが走り、視界がチカチカと明滅した。
(……まだだ。もっと引き離さなきゃ、あいつらに追いつかれる)
逃走の限界が近づいていた。
切り立った岩壁に追い詰められ、カイはついに足を止めて振り返る。
目の前には、返り血と泥で汚れ、怒りに狂った巨熊が立ち塞がっていた。
奴の吐息は白く、春の冷え込みの中で獣臭い蒸気となって立ち上っている。
巨熊が、最後の一撃を放とうと、その巨大な前足を高く振り上げた。
「……これ以上は、一歩も通さない」
カイは逃げるのをやめ、右腕の革小手を引きちぎるように脱ぎ捨てた。
剥き出しになった右腕が、かつてないほど激しく青い光を放ち、血管が浮き上がる。
ドォォォォォンッ!!
空気が爆ぜた。
カイが放った渾身の衝撃波が、至近距離で巨熊の胸元に直撃する。
並の獣なら肉片も残らない一撃。
だが、巨熊はその質量で耐え凌ぎ、さらなる咆哮を上げようとした。
「……くっ!!」
(くらえーーーーーーーー!)
二撃目。
カイは己の意識が遠のくほどの負荷をかけ、右腕を巨熊の眉間へ突き出した。
爆音とともに衝撃が走り、さしもの巨熊も脳を直接揺さぶられ、その巨体が大きく後ろへ仰け反る。
沈黙。
巨熊は、よろめきながらも立ち上がろうとしたが、目の前の「小さき存在」が放つ、理解不能な破壊の力に初めて本能的な恐怖を感じたのか、低く唸り声を上げながら、ゆっくりと森の奥へと引き返していった。
「……はぁ、……はぁ……」
右腕の光が消え、猛烈な倦怠感がカイを襲う。
背中の傷からは血が流れ落ち、立っていることさえ奇跡に近い状態だった。
カイは震える足取りで、ふらふらと歩き出す。
目指すのは、往路で通り過ぎた、あの穏やかな場所。
「……4ポ……池……」
一歩、また一歩。
意識の糸が今にも切れそうな中、カイは泥にまみれた手で木々を掴み、よろめきながらも一縷の希望に向かっていった。




