第93話:刻限(タイムリミット)
ゲン班が命からがら合流ポイントの開けた岩場にたどり着いた時、そこにはまだ誰もいなかった。
「……一番乗り、か。あいつら、まだ戻ってねえんだな」
ドウラが大きな岩に背中を預け、ずるずるとその場に座り込む。
大蛇の片付けで完全に使い果たした身体は、指一本動かすのすら拒絶するほど重かった。
ゼロもまた、槍を杖代わりに深く息を吐く。
源流の空気とは違い、ここは風が通り抜ける分だけ肌寒さを感じた。
傷口に染みる泥と汗が冷え、体力を容赦なく奪っていく。
「ふぅ……。ひとまずは全員、生きて戻れたことを神に感謝しなくてはね」
ゲンが痛む脇腹をさすりながら、眼鏡の汚れを拭う。
その隣では、戦士長ジンが腕を組み、静かに自分たちが歩んできた道、そしてリュウイチ班が向かったはずのルートの先をじっと見つめていた。
待つ時間は、戦っている時間よりも長く感じられた。
遠くで風が木々を揺らす音、時折響く野鳥の声。
そのどれもが、仲間たちの足音ではないかと錯覚させる。
五分、十分と時間が流れる。
だが、森の奥からは何の気配も伝わってこない。
「……遅いな。いくら何でも、そろそろ戻ってきてもいい頃合いだ」
ジンの声が、低く厳しく響いた。
彼が懐から取り出した懐中時計の針は、事前に決めていた作戦のタイムリミットを無情にも指そうとしていた。
「ジンの旦那、まさかあっちのルートにも、俺たちが戦ったような化け物が……」
ドウラが不安げに口を開く。
自分たちが紙一重だったのだ。
もしリュウイチ班の側にも同じような、あるいはそれ以上の脅威が現れていたとしたら。
「……タイムリミットだ」
ジンが時計をパチンと閉じた。
その場の空気が凍りつく。
規律上、この時間を過ぎれば「未帰還」として次の行動へ移らねばならない。
「戦士長、もう少し……もう少しだけ待ちましょう」
ゼロがジンの目を見て言った。
その声には、決して仲間を置いてはいけないという強い意志が込められていた。
ゲンも無言で頷き、ジンを促す。
ジンは再び目を瞑り、一つ深く息を吸った。
「……あと十分だけだ。それを過ぎたら、我々だけでも一度退く」
沈黙が再び支配する。
全員が祈るような気持ちで森の境界線を見つめ続けた。
その、引き延ばされた最後の数分が、永遠のようにも思えたその時。
「──おい。あれ……!」
ドウラが立ち上がり、指を差した。
木々の隙間、うっすらと漂う霧の向こうから、影が揺れた。
しかし、その影の動きは、勝利して戻ってきた者のそれとは明らかに違っていた。
一歩、また一歩と、地面を這いずるような重い足取り。
現れたのは、リュウイチ班だった。
「リュウイチ……!」
ゲンが声をかける。
だが、戻ってきた彼らの表情は一様に暗く、活気がない。
衣服はボロボロになり、何より、その場に漂う空気そのものが、ゲン班が抱えていたものとはまったく別の、致命的な「重さ」を孕んでいた。
二つの班が、ようやくこの地で合流を果たした。
しかし、誰も口を開こうとはしなかった。
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