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The Second Choice of MIRA  作者: ゆぴろ ✎*


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第7話 選んだあと

MIRAの記録に残るのは、選択するところまで。


けれど、人生はそのあとも続いていく。


AUX-17を内部から追うことを止めたシンは、かつてAXIAで相談者の「その後」を気にしていたという元職員・リベラを訪ねる。


彼女が今いるのは、MIRAの推薦とは違う道を選んだ人たちを支える場所。


そこでシンは、一人の相談者が「選んだあと」に起きた話を聞く。

建物は、駅の裏の商店街の外れにあった。


一階は閉店した文具店で、シャッターに色あせた貼り紙が残っている。その脇の細い階段を上がった二階の窓に、手書きの紙が内側から貼られていた。相談・情報交換、どなたでも。団体名は書かれていない。住所と開いている曜日は、誰でも見られる公開の案内に載っていた。


シンは階段の下で一度足を止め、それから上った。


ここへ来ることにしたのは、昼過ぎのことだった。


照会を止められてから、シンは内部の記録をそれ以上辿らなかった。範囲を越えたと言われた照会を、言い方を変えて繰り返すつもりはない。止められた理由には筋が通っていた。所見の一行が何を意味していたにせよ、同じ入口をこじ開けても、見えるものが増えるとは思えなかった。


代わりに、あの生活拠点の相談を思い出していた。記録に残っていたのは、男が残ると決めたところまでだ。推薦の理由も、名前のない参照も、すべて選択の手前の話だった。選んだあと、人がどう暮らしているのかは、あのダイジェストのどこにも書かれていない。


コードは、人の人生のどこかに付いていた一行だ。一行が読めないなら、その先で生きている人間の方を見るしかない。


「相談が終わったあと、その人がどう暮らしてるか。知ってる例はあるか」


昼休みに、シンはミオに尋ねた。ミオは弁当の蓋を閉めかけた手を止めて、少し考えた。


「あんまりないかも。私の担当だと、決まったところで一区切りになることが多いから。再評価でまた会う人はいるけど」


それから、思い出したように付け足した。


「でも、前にAXIAに、担当した相談者のその後をずっと気にしてた人がいたって話は聞いたことある」


「知り合いか」


「ううん。話したことはない。名前と、噂だけ」


ミオはその人の名前を言った。リベラ。AXIAを辞めたあと、ELPISに関わっているらしい、と。


ELPISという名前には、シンも聞き覚えがあった。MIRAの推薦から距離を置く人たちの集まり、という程度の知識しかない。反対運動のように言う人もいれば、ただの互助会だと言う人もいた。


「行くの?」


ミオは、シンの顔を見て訊いた。止める口調ではなかった。


「話を聞くだけだ」


「そう」


ミオはそれ以上何も言わず、弁当の蓋を閉めた。


二階の扉は開いていた。


中は、思っていたより普通の部屋だった。長机が二つと、ばらばらの椅子。壁際の棚には、紙のファイルがきれいに並んでいる。掲示板には、手書きと印刷が混ざった紙が何枚も留められていた。推薦外の転居、住まいの情報交換。補助なしで使える職業訓練の一覧。子どもの転校手続き、経験者に聞けます。


その中に、一枚だけ文字の大きな紙があった。


予測された未来だけが、未来ではない。


部屋には三人いた。奥の机では年配の男が、若い女性の端末を覗き込んで何かを説明している。手前の机で、もう一人の女が書類の束を三つに分けていた。三十代の前半くらいだろうか。髪を後ろで一つにまとめ、袖をまくっている。手を止めずに、シンの方を見た。


「相談? それとも、そうじゃない方?」


「そうじゃない方です」


「そう」


彼女は束の最後の一枚を振り分けると、立ち上がって奥の机の二人に声をかけた。


「その書類、欄が違う。右下の方。転居日じゃなくて、申請日」


年配の男が画面を見直し、あ、と小さく言った。女性が礼を言う前に、彼女はもうシンの方へ戻ってきていた。


「リベラさんですか」


「そう。あなたは」


「AXIAのシンです」


リベラは一瞬だけ、シンの顔を真正面から見た。それから、手前の椅子を一つ引いた。扉にいちばん近い椅子だった。自分は、部屋の奥を背にした壁際の椅子に座る。そこからは、扉も窓も見える。


「そっちの方が、帰りたくなったとき帰りやすいでしょ」


シンは言われた椅子に座った。


「AXIAの人が、ここに来るのは珍しい」


「話を聞きたいだけです」


「何の」


「あなたが担当した相談者のことを」


リベラの表情は変わらなかった。ただ、机の上に置いていた手が、指を一本ずつ揃えるように静かになった。


「誰に聞いたの」


「前にAXIAにいた人が、担当した相談者のことをずっと気にしていた、という話を聞いただけです。名前もそれしか知りません」


「それで、わざわざここまで」


「記録に残っていないことを知りたかったので」


リベラはしばらくシンを見ていた。値踏みするというより、嘘を言っていないかを確かめる目だった。やがて、短く息を吐いた。


「AXIAで、何を見たの」


「言えません」


即答すると、リベラはかすかに口の端を上げた。


「正直でいいね。言えないことがある、ってことは言うんだ」


「言えないことがあるのに、ないふりをする理由がないので」


「じゃあ、私も言える範囲で話す」


リベラは椅子の背にもたれ、窓の方へ一度視線をやった。


AXIAにいた頃に担当した相談者のことだった。名前は言わなかった。三十代の女性で、住む場所と仕事を一緒に決める相談だった。MIRAは二つの案を出していた。今の生活圏に残る案と、遠くの町へ移る案。第一推薦は残る方で、移る方は第二候補だった。


「本人は迷ってた。どっちに決めても、ちゃんと暮らしていけそうな人だった」


リベラは、どちらの案についても、分かるように説明したという。何が得で、何を失うのか。補助がどう変わるのか。本人は何度も質問して、最後に自分で第二候補を選んだ。


「私の説明のあとで、ね」


その言い方には、自分を責める調子があった。


移転してしばらくは、連絡がついた。新しい部屋のこと、職場のこと。短いけれど、普通のやりとりだった。それが、ある時期からぱったり途絶えた。送った連絡に返事がない。以前の職場の同僚に聞いても、同じように連絡が取れなくなったと言う。仲の良かった友人も、実家の家族とさえ、以前ほどは話していないようだった。


「前の人間関係から、まるごといなくなったみたいだった」


リベラは言った。


「行方不明ってわけじゃない。死んだわけでもない。向こうで暮らしてるのは、たぶん確か。ただ、前の生活にいた人間の誰からも、見えなくなった」


「今、どうしているかは」


「知らない」


リベラの声は平らだった。


「知らないまま、ずいぶん経った」


シンは少し間を置いてから尋ねた。


「その人が、推薦のせいでそうなったと考えていますか」


「考えてる」


迷いのない答えだった。


「あの人は、残る方でも暮らしていけた。移る方を選ばせたのは、MIRAが出した選択肢と、それを分かりやすく説明した私。選んだのは本人だけど、選ぶ前の道を用意したのはこっち側でしょ」


「根拠は」


リベラはシンを見た。


「連絡が取れなくなった。それだけじゃ足りない?」


「足りません」


シンは言った。


「連絡が取れなくなった理由は、ほかにもあり得る。新しい場所で人間関係を作り直したのかもしれないし、前の関係を自分から整理したのかもしれない。本人に聞かないと分からない」


「そうだね」


リベラは頷いた。反論ではなかった。


「あなたの言うことは正しい。で、あなたが理由を一つずつ確かめてるあいだ、あの人がもし向こうで一人だったら?」


シンは答えなかった。


「証拠が揃うのを待つのは、待てる側の人間の話なんだよ」


リベラは静かに言った。怒っている声ではなかった。何度も自分に向けて言ってきた言葉のように聞こえた。


奥の机で、年配の男が女性を送り出していた。女性はリベラに軽く頭を下げ、扉のところで一度振り返ってから階段を下りていった。リベラは小さく手を上げて見送った。


「ここは、何をしている場所なんですか」


シンが訊くと、リベラは部屋の中を見回した。


「推薦と違う方を選んだ人が、その選択のまま暮らしていけるように手伝ってる。住むところとか、書類とか、補助がなくなった分をどう埋めるかとか。地味な話ばっかり」


「ELPISの活動として」


「ELPISって一口に言っても、いろんな人がいる。ここは、こういう場所」


リベラは壁の紙に目をやった。予測された未来だけが、未来ではない。


「MIRAを壊したいわけじゃないよ。少なくとも私は。MIRAが出す未来を、唯一の未来みたいに扱うのが嫌なだけ」


シンはその紙を見た。書いてある言葉の意味は分かった。ただ、それをどういう手触りで信じている人たちなのかは、まだ分からなかった。


外はもう暗くなり始めていた。シンは立ち上がった。


「一つだけ、聞いてもいいですか」


「どうぞ」


「その相談者の名前を教えてもらえますか」


リベラはすぐには答えなかった。机の上で揃えていた指を、一度だけ組み直す。


「教えない」


「探すつもりはありません。今は」


「分かってる。そういう意味じゃない」


リベラは顔を上げた。


「あの人が、誰かに探されたいと思ってるかどうか、私には分からない。分からないのに、名前を渡すことはできない」


シンは少し意外に思った。この人は、あの相談者がこちら側の都合で遠くへ行かされたと信じている。それでも、その人の意思が分からないうちは、名前一つ動かさないと言う。


「あなたは、ずっと探してるんですよね」


「……だから、分からないって言ってるの」


リベラはそう言って、椅子から立ち上がり、扉を大きく開けた。


「また来てもいいよ。相談でも、そうじゃない方でも」


階段を下りると、商店街の街灯がつき始めていた。


止められた照会の通知には、権限の範囲を越えたから止める、と書かれていた。今日、閉じられた扉には、そういう理由はなかった。規定も、区分も、権限もない。あるのは、会ったこともない一人の相談者が、何を望んでいるか分からないという、それだけの理由だった。


権限の外で閉じられた扉は、それが初めてだった。


(第7話 了)

これまでシンを止めてきたのは、制度の境界だった。


表示できない記録。越えられない権限。停止された照会。


けれど、リベラが閉じた扉には、そのどれもなかった。


あるのはただ一つ。


本人が、何を望んでいるか分からない。


シンが初めて出会った、権限の外にある境界だった。



『MIRA』

進学、就職、居住地など、人生の大きな選択を支援する推薦システム。「第一推薦」「強く非推奨」「許容」「条件付き代替案」などの評価を示す。新しい情報が加わることで、推薦順位や条件が変わる場合がある。


『AXIA(人生選択調整部門)』

MIRAの推薦と本人の希望が大きく食い違った際の相談窓口。本人に代わって答えを決めるのではなく、本人の価値や事情をMIRAが評価できる形で正確に伝える。


『VIA』

職員が業務上の記録や評価情報を扱うシステム環境。利用できる情報や操作の範囲は、所属や業務上の権限によって異なる。


『BOUND(境界監査)』

VIA内で、職員の権限や操作範囲が制度上許される範囲にあるかを監査する部署。シンによるAUX-17の全案件横断照会を停止した。


『ELPIS』

MIRAの推薦とは違う選択をした人などの支援に関わる人々や活動。立場や考え方は一様ではない。シンが訪れた場所では、住居、手続き、職業訓練、失われた補助の代替など、選択後の生活を支える実務的な活動が行われている。


『価値情報』

本人が何を望むかだけでなく、何をどこまで優先するか、何を手放してもよいかを示す情報。優先順位が明確になることで、MIRAの評価が変わる場合がある。


『再評価』

新しい事情や価値情報を加え、選択肢をあらためて評価する仕組み。第一推薦そのものが入れ替わる場合もある。再評価の履歴には、何が加わり、何が変化したのかが記録される。


『推薦外の選択』

MIRAの第一推薦以外を選ぶことも可能。選択後は、補助や支援の条件が変わる場合がある。


『利用者向け説明』

MIRAの内部評価をそのまま表示したものではなく、本人が選択に使える形へ整理・要約された説明。内部評価で使われたすべての情報が表示されるわけではない。


『内部評価』

MIRAが選択肢を評価する際に用いる内部情報。利用者向け説明には出ない参照や評価情報も含まれる。参照コードから、そのコードが使われた評価記録を案件横断で逆引きする機能もある。


『AUX-17』

内部評価に使われていた「補助評価参照」。検索索引上には存在するが、シンの現在の参照範囲では詳細を確認できない。全AXIA案件を対象に逆引きしようとした照会は、BOUNDによって停止された。


『最終監査』

案件の確定に伴い、記録の保全や事後確認を行う処理。死亡確認前に開始される場合もあり、ユイの最終監査は死亡確認より三十四分前に始まっている。


『開始参照』

最終監査が何を根拠に開始されたのかを後から辿るための参照情報。ユイの記録では「詳細を表示できません」となっており、中身を確認できない。


『シンとミオ』

ともにAXIAで相談対応を担当。シンは以前、調査部門に所属。ミオとは当時から面識があった。


『レグル』

AXIAの管理者。本人の価値をどのような言葉でMIRAへ渡すかを厳密に確認する。条件付きの推薦については、相談後に条件が実際に運用されたかも確認している。


『リベラ』

元AXIA職員で、現在はELPISに関わっている。AXIA在籍時に担当した一人の相談者のその後を、長く気にかけている。


『リベラが担当した相談者』

MIRAの第二候補だった遠方への移転を本人の意思で選んだ女性。移転後しばらくして、以前の職場、友人、家族などとの連絡が薄れた。現在の生活や、連絡が途絶えた理由は分かっていない。


『ユイ』

シンが調査部門にいた頃の相棒。公式記録上の死因は「自殺」。最後に残した文章の書かれ方に、シンは違和感を覚えている。死亡前には、AUX-17が含まれるAXIAの相談案件を繰り返し参照していた。


『ヴェル』

記録や参照履歴を扱う技術部門の職員。シンが調査部門にいた頃から面識があり、システム仕様について相談できる相手。

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