↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The Second Choice of MIRA  作者: ゆぴろ ✎*


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/15

第11話 登録の外側

Q74F-20K9-D3A6。二つの案件に残されていた同じ第三者IDについて、シンは技術部門へ正式な照会を出す。


調べるのは、目の前の担当案件だけ。家族、勤務先、そのほか登録されている関係の中に、この識別子と一致するものがあるのか。


回答は、どこにも一致しないというものだった。そこでシンは、自分が最初から置いていた一つの前提に気づく。

照会の宛先は、記録とアクセス履歴を扱う技術部門にした。


対象は一件。夜勤か日勤かで迷っている男性の案件に記載された、第三者ID。頼んだのは、照合だけだった。その案件の相談者について登録されている関係、つまり世帯や勤務先、そのほかの登録の中に、この識別子と一致するものがあるかどうか。


書くことは、少なかった。推測は、一行も入れなかった。相談者は、自分の知らないところにこういう識別子があることを知らない。知らない人間について、確かめてもいないことを記録に残すのは、避けるべきだった。


あの紙のことは、書かなかった。


書けば、宛先の誰かは調べ始める。調べさせるのは、自分で調べるのと同じだ。照会に書いたのは、今ここにある案件の範囲だけだった。


案件は、保留のままだった。彼は、娘と話してから決めると言った。そのために、この識別子が使われることはない。相談者の話は、彼のものだ。


シンは、送信を押した。


「何、調べてるの」


向かいの席から、ミオが言った。


「夜勤の人の案件。内部評価に、家族でも職場でもない参照が一つある。誰を指してるのか、確かめてる」


「娘さんじゃなくて?」


「それを確かめてる」


ミオは少し考えてから、言った。


「あの人、ちゃんと聞けたかな。娘さんに」


「来月の頭までだ」


「うん」


それ以上は、二人とも何も言わなかった。




返事が届いたのは、相談を一件終えたあとだった。


宛先は部署のままだったが、末尾に署名があった。ヴェル。記録の技術部門にいる、言葉の不正確さを見過ごせない男だ。部署宛ての照会を、本人が引き取ったらしい。


本文は、いつもの順番で書かれていた。


前提 照会対象は、照会者の担当案件の内部評価に記載された第三者IDの一件。照合対象は、同案件の相談者について登録されている関係。世帯、現在および過去の勤務先、そのほかの登録を含む。


確認済み 上記の範囲に、当該識別子と一致するものはない。


未確認 登録されていない関係との一致。登録されていない知人、近隣の住人、古い友人などは、照合の対象にできない。


未確認 当該識別子が何を指すのか。発行元と意味は、当部署の参照範囲にない。参照できない、ということであって、存在しない、ということではない。


推論 照会の範囲外のため、行わない。


結論 照合した範囲では、該当なし。ただし、該当なしは、関係なしを意味しない。


シンは、最後の一行を読んで、小さく息を吐いた。誰に頼んでも、結論はこの形になっただろう。ただ、この形で書いてくるのは、あの男だけだった。


「娘じゃなかった」


画面を見ながら言うと、ミオが顔を上げた。


「登録されてる家族にはいない。勤務先にも、過去にも」


「いないんだ」


ミオは、画面を覗き込まなかった。確かめる代わりに、シンの顔を見た。


「でも、登録されてない関係は、まだ残ってるんだよね」


「ある。だから、該当なしは、関係なしにならない」


「本人が関係だと思ってない人も、いるよね。毎朝すれ違うだけの人とか」


「いる。そういう人は、登録にもない」


ミオは、少し間を置いた。


「その人たちを、全部数えられる人って、いるのかな」


答える前に、受付から連絡が入った。相談者が来たという。ミオは「ごめん、呼ばれた」と言って立ち上がり、一度だけ振り返った。それから、足早に出ていった。




シンは、照会の回答を脇に置いて、夜勤の男性の内部評価を開いた。


自分の担当案件だ。開いてよい。


睡眠評価、世帯収入評価、班編成評価、通勤負荷評価。この男の現在の暮らしの関係は、世帯と班の欄に入っていた。第三者IDは、そのどちらにもなかった。別の見出しの下にある。本人以外の参照。MIRAは、この識別子を、世帯の一員としても、班の一員としても扱っていない。


もう一方の男のことを、記憶の中だけで並べた。四十代で、トーキョー圏の外へ移るかどうかを迷っていた。物流センターで夜勤をしているこの男とは、年齢も、住む場所も、仕事も違う。互いを知っているとも思えない。その二人が、同じ現在の知人を持っている。ありえない、とは言えない。ただ、そう考える理由は、どこにもなかった。


残る説明を、順に並べた。


登録された関係ではない。少なくとも、MIRAが世帯や班として扱っている相手でもない。二人に共通する現在の知人がいる、という証拠もない。それなら、登録されていない昔の知人か。二人に共通して、というのは、それも同じくらい苦しい。


どの説明も、一つの前提の上に立っていた。


この識別子が指す相手は、すでに会ったことのある誰かだ、という前提。


今の知人でも、昔の知人でも、毎朝すれ違うだけの人でも、会ったことがある、という点では同じだった。シンは、その前提を、一度も疑っていなかった。疑う理由がなかった。第三者という言葉は、すでにどこかで関わっている誰かを、無意識に思わせた。


もし、その前提が違うなら。


シンは、引き出しから、新しい紙を一枚取った。


書いた。


まだ会っていない人間、という可能性は?


疑問符を付けた。断定の形には、しなかった。


直接の証拠は、まだない。登録されていない知人かもしれないし、別の説明があるかもしれない。ただ、登録された関係では説明できず、関係の見えない二つの案件に同じ識別子がある。その二つの事実が、この可能性を捨てきれなくしていた。


正しいとは限らない。


それでも、一度書いた問いは、書く前の問いには戻らなかった。


(第11話 了)

「該当なし」は、「関係なし」ではない。第三者IDは、登録された家族にも勤務先にも一致しなかった。それでも、登録されていない誰かを指している可能性は残っている。


シンはそこで、自分がずっと疑っていなかった前提に気づく。第三者とは、すでにどこかで関わった誰かである。


もし、その前提自体が違うとしたら。


紙に残ったのは、まだ答えではない。一つの疑問符だけだった。



『MIRA』

進学、就職、居住地など、人生の大きな選択を支援する推薦システム。「第一推薦」「強く非推奨」「許容」「条件付き代替案」などの評価を示す。新しい情報が加わることで、推薦順位や条件が変わる場合がある。


『AXIA(人生選択調整部門)』

MIRAの推薦と本人の希望が大きく食い違った際の相談窓口。本人に代わって答えを決めるのではなく、本人の価値や事情をMIRAが評価できる形で正確に伝える。


『VIA』

職員が業務上の記録や評価情報を扱うシステム環境。利用できる情報や操作の範囲は、所属や業務上の権限によって異なる。


『BOUND(境界監査)』

VIA内で、職員の権限や操作範囲が制度上許される範囲にあるかを監査する部署。シンによるAUX-17の全案件横断照会を停止した。


『ELPIS』

MIRAの推薦とは違う選択をした人などの支援に関わる人々や活動。シンが訪れた場所では、住居や手続きなど、選択後の生活を支える活動が行われている。


『内部評価』

MIRAが選択肢を評価する際に用いる内部情報。利用者向け説明には出ない参照や評価情報も含まれる。


『本人以外の参照』

内部評価に表示される場合がある項目。世帯や勤務先などの既存の関係項目とは別に置かれており、第10話の案件では第三者IDが記録されていた。


『第三者ID』

「Q74F-20K9-D3A6」と表示された識別子。関係の確認できていない二つの案件で同じ文字列が確認されている。第11話で、担当案件の世帯、現在・過去の勤務先、そのほか登録された関係と照合した結果、一致するものはなかった。ただし登録されていない関係は確認対象外で、誰または何を指すのかは不明。


『シンの仮説』

第三者IDが「すでに会ったことのある誰か」を指すとは限らないのではないか、とシンは考え始めている。「まだ会っていない人間」を指す可能性は、現時点では仮説であり、根拠は確認されていない。


『AUX-17』

内部評価に使われていた「補助評価参照」。詳細はシンの現在の参照範囲では確認できない。これまでに二件のAXIA案件で確認されている。第三者IDとの関係は確認されていない。


『最終監査』

案件の確定に伴い、記録の保全や事後確認を行う処理。ユイの最終監査は死亡確認より三十四分前に始まっている。


『開始参照』

最終監査が何を根拠に開始されたのかを後から辿るための参照情報。ユイの記録では「詳細を表示できません」となっており、中身を確認できない。


『死亡前の接触記録』

確定済みの死亡案件に付随する関連記録の一つ。ユイの記録には、死亡前にレグルと行われた面談の書き起こしが残されていた。


『レグルからシンへの指示』

AXIAの相談記録を用いた、担当外の過去案件の比較および調査を行わないよう正式に指示されている。


『シンとミオ』

ともにAXIAで相談対応を担当。シンは以前、調査部門に所属。ミオとは当時から面識があった。


『レグル』

AXIAの管理者。生前のユイにも、相談記録を横断的に調べることの問題を指摘し、調査をいったん止めるよう要請していた。


『リベラ』

元AXIA職員で、現在はELPISに関わっている。以前担当した相談者のその後を長く気にかけている。


『ユイ』

シンが調査部門にいた頃の相棒。公式記録上の死因は「自殺」。死亡前には複数のAXIA相談記録を調べており、レグルから調査を止めるよう要請されたあと、ELPISに関わる場所を訪れていた。


『ヴェル』

記録や参照履歴を扱う技術部門の職員。第11話では第三者IDの照合依頼を担当し、登録関係の範囲では一致がないことを確認した。「該当なしは、関係なしを意味しない」と、確認済みと未確認を分けて回答している。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。