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The Second Choice of MIRA  作者: ゆぴろ ✎*


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10/15

第10話 同じ文字列

夜勤を九年間続けてきた男性に、日勤へ移る機会が訪れる。


MIRAの第一推薦は夜勤の継続。それでも彼には、昼の生活へ戻りたい理由があった。

シンとミオは条件を整理するが、男性はその場では決めず、まず娘本人と話すことを選ぶ。


相談が終わったあと、シンは内部評価の中に「本人以外の参照」という見慣れない項目を見つける。

そこに表示されていた文字列には、覚えがあった。

三十六歳の男性は、予約票のほかに、折りたたんだ紙を一枚、机に置いた。


月間のシフト表だった。折り目のところが白く擦れて、日付の欄に、夜勤を示す印が並んでいる。十七日、十八日と続いて、十九日は空白。二十日から、また印が続く。彼は広げた紙の皺を手のひらで何度か伸ばしてから、言った。


「説明するより、見てもらった方が早いと思って」


物流センターの夜間の仕分けを、九年やっているという。班のまとめ役で、顔ぶれはほとんど変わらない。昼間の部署に、来月から一つ、枠が空く。社内の公募が出ていた。


MIRAの第一推薦は、夜勤の継続だった。日勤への異動は、その下に「許容」とある。


推薦の理由は、三行で並んでいた。夜間手当を含めた世帯収入。睡眠の記録から見た、夜間勤務への適合。今の班との相性。


「睡眠は、本当に問題ないんです」


彼は、先に言った。


「夜に働いて昼に寝る方が、向いてるのは自分でも分かってます。MIRAの言ってること、合ってると思います」


「それでも、日勤に移りたい」


シンが言うと、彼は頷いた。


「娘が、小学二年なんですけど。朝、学校に行く時間には、俺はちょうど帰ってきたところで、玄関で会えるかどうかなんです。夕方は、俺が起きる頃には、もう風呂に入ってて」


膝の上で、組んだ手を組み直す。


「補助輪を外すって、約束したんです。去年の夏に。まだ、外してないんですけど」


シンは、収入の話に移った。夜間手当が外れるぶん、月に三割ほど下がる。日勤に移っても、睡眠の調子が戻るまで、半年はかかるとMIRAは見ている。どちらも、彼はすでに知っていた。


「妻とも話しました。何とかなる、とは言われてます」


「公募の締め切りは」


「来月の頭です」


ミオは、シフト表の端の折り目を、見るともなく見ていた。それから、静かに口を開いた。


「娘さんは、お父さんが夜に働いてること、どう思ってるんでしょう」


彼は、すぐには答えなかった。


「……聞いたこと、ないです。寂しがってる、とは、妻が言うんですけど。娘本人から聞いたわけじゃない」


「そうですか」


ミオは、それ以上は踏み込まなかった。どう思っているはずだ、とも、聞いた方がいい、とも言わなかった。


沈黙のあと、彼の方から言った。


「……一回、聞いてみます。娘に」


「再評価に出す条件なら、整理できます」


シンが言った。日勤の枠の条件、収入の見込み、睡眠の調整期間。入力すれば、MIRAは評価を見直す。


「いえ。先に、娘と話します。それから決めます」


彼はシフト表を畳み直し、鞄にしまった。立ち上がるとき、少しだけ、肩が軽くなったように見えた。ただ、何も決まっていなかった。決めない、ということを、彼は選んで帰っていった。


扉が閉まると、ミオが言った。


「聞いてくれるかな。娘さんに」


「聞くかどうかも、あの人が決める」


「うん」


ミオはそう答えて、自分の机へ戻った。




相談記録の処理は、いつもより短く済んだ。再評価は依頼していない。聞き取りの内容と、本人の保留を、順に埋めていく。ミオは先に上がっていた。


利用者向けの説明の欄を埋めるために、推薦理由の三行を、内部評価のダイジェストと並べた。ここ数日、同じ案件の中で、説明と内部評価を並べて読むのが癖になっていた。案件をまたぐわけではない。指示が止めているのは、そちらの方だった。


内部評価には、睡眠評価、世帯収入評価、班編成評価、通勤負荷評価が、項目の名前のまま並んでいた。名前を見れば、何を評価したのかが分かる。いつもの形だった。


その下に、見慣れない欄が一つあった。


本人以外の参照


第三者ID Q74F-20K9-D3A6


シンは、見出しを読んだ。本人以外の参照。これまで見てきた内部評価に、こういう欄はなかった。この案件にだけあるのか、これまでの案件では見えていなかっただけなのか。画面からは、分からない。


どの項目も、本人の人生の何かを評価している。住居費、通勤、睡眠、収入。この欄だけが、本人ではない何かを指している。第三者ID。家族の誰かなのか、職場の誰かなのか、どこの誰でもないのか。表示は識別子の一行だけで、それが何を指すのかは、どこにも書かれていなかった。


シンは、文字列に目を戻した。


意味ではなく、形に引っかかっていた。四字、四字、四字。ハイフンで区切られた英数字。途中の数字の並び。最後の文字。


書いたことがある。


キーボードではなく、ペンで。紙に。


思い出すまでに、数秒かかった。引き出しの底に、折りたたんだ紙が入っている。二つの案件を並べて書いた、あの紙だった。


広げると、左の欄の一番下に、意味の分からない行が、一つだけ写してあった。第二候補の欄の参照とは別の、案件の付随情報の端にあった行だ。あのときは、何の見当もつかないまま、念のために写した。


Q74F-20K9-D3A6


シンは、画面の文字列と紙の文字列を、最初の一字から順に、指で押さえながら確かめた。四字、四字、四字。途中の数字も、最後の文字も、同じだった。


一字一句、同一だった。


そこで、手を止めた。


この紙は相談記録そのものではない。けれど、元はあの案件から写した情報だった。手元のメモだから指示の外だ、と自分で決めることはできない。


止まる、とミオに言った。


シンは、紙の他の行には目を落とさなかった。確かめたのは、この一行の一致だけだ。あの案件は開かない。ほかの案件を探さない。このメモから、先へ進まない。


確認できたことは、一つだった。関係のないはずの二つの案件に、同じ識別子がある。


一方は、四十代の男性で、トーキョー圏の外へ移るかどうかを迷っていた。もう一方は、三十代の男性で、夜勤を続けるかどうかを迷っている。年齢も、暮らす場所も、悩んでいることも違う。二人を結ぶものは、少なくとも自分の知る範囲には、何も見当たらなかった。


分からないことの方が、多かった。この識別子が誰を、あるいは何を指しているのか。どんな条件で付くのか。二つの案件のあいだに、何があるのか。MIRAが、これで何を評価しているのか。AUX-17と関係があるのか。関係がある、という証拠は、どこにもない。


ユイが並べていたのは、これだったのか。


一瞬、そう思った。それから、その考えを、脇に置いた。ユイが何を見ていたのかは、分からない。分からないものを、ユイのものにしてはいけなかった。


ユイが受付票に書いた日の当番の件も、リベラの返事を待っている状態のままだった。待つと決めていた。急がなければ、返事は来る。


シンは、紙を折り直して、引き出しに戻した。それから、備考欄を開いた。今日の案件の、業務記録の備考だ。誰がこれを読むのかは、書いているシンにも分からなかった。読まれることを前提に、書いた。


内部評価に記載の第三者IDと同一の文字列が、停止指示以前に作成した手元メモにあった。メモの元の情報は、指示の対象である相談記録。照合は、文字列の一致確認のみ。


書き終えて、読み返した。事実だけだった。


最後に、一行を足した。


それ以上の確認は、行っていない。


(第10話 了)

一つは、遠くへ移るかを迷った男性の案件。

もう一つは、夜勤を続けるかを迷った男性の案件。

二人に関係があるという証拠はない。

それでも、内部評価に残された文字列は、一字一句同じだった。


Q74F-20K9-D3A6。

シンは、それ以上調べなかった。


けれど――

調べなくても、一致したという事実は消えない。



『MIRA』

進学、就職、居住地など、人生の大きな選択を支援する推薦システム。「第一推薦」「強く非推奨」「許容」「条件付き代替案」などの評価を示す。新しい情報が加わることで、推薦順位や条件が変わる場合がある。


『AXIA(人生選択調整部門)』

MIRAの推薦と本人の希望が大きく食い違った際の相談窓口。本人に代わって答えを決めるのではなく、本人の価値や事情をMIRAが評価できる形で正確に伝える。


『VIA』

職員が業務上の記録や評価情報を扱うシステム環境。利用できる情報や操作の範囲は、所属や業務上の権限によって異なる。


『BOUND(境界監査)』

VIA内で、職員の権限や操作範囲が制度上許される範囲にあるかを監査する部署。シンによるAUX-17の全案件横断照会を停止した。


『ELPIS』

MIRAの推薦とは違う選択をした人などの支援に関わる人々や活動。シンが訪れた場所では、住居や手続きなど、選択後の生活を支える活動が行われている。


『内部評価』

MIRAが選択肢を評価する際に用いる内部情報。利用者向け説明には出ない参照や評価情報も含まれる。


『本人以外の参照』

内部評価に表示される場合がある項目。第10話では、その中に第三者IDが記録されていた。


『第三者ID』

第10話の相談案件に「Q74F-20K9-D3A6」と表示された識別子。同じ文字列が、シンが以前作成した別の相談案件のメモにも残っていた。誰または何を指すのか、どのような条件で付くのかは不明。


『AUX-17』

内部評価に使われていた「補助評価参照」。詳細はシンの現在の参照範囲では確認できない。これまでに二件のAXIA案件で確認されている。第三者IDとの関係は確認されていない。


『最終監査』

案件の確定に伴い、記録の保全や事後確認を行う処理。ユイの最終監査は死亡確認より三十四分前に始まっている。


『開始参照』

最終監査が何を根拠に開始されたのかを後から辿るための参照情報。ユイの記録では「詳細を表示できません」となっており、中身を確認できない。


『死亡前の接触記録』

確定済みの死亡案件に付随する関連記録の一つ。ユイの記録には、死亡前にレグルと行われた面談の書き起こしが残されていた。


『レグルからシンへの指示』

AXIAの相談記録を用いた、担当外の過去案件の比較および調査を行わないよう正式に指示されている。


『シンとミオ』

ともにAXIAで相談対応を担当。シンは以前、調査部門に所属。ミオとは当時から面識があった。


『レグル』

AXIAの管理者。生前のユイにも、相談記録を横断的に調べることの問題を指摘し、調査をいったん止めるよう要請していた。


『リベラ』

元AXIA職員で、現在はELPISに関わっている。以前担当した相談者のその後を長く気にかけている。


『ユイ』

シンが調査部門にいた頃の相棒。公式記録上の死因は「自殺」。死亡前には複数のAXIA相談記録を調べており、レグルから調査を止めるよう要請されたあと、ELPISに関わる場所を訪れていた。


『ヴェル』

記録や参照履歴を扱う技術部門の職員。シンが調査部門にいた頃から面識があり、システム仕様について相談できる相手。

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