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神統断片拾遺 門守神ノヴ・ガーレ・シルディン その4

 次に、この神に連なる人々のことを記したい。門守神には教団と呼べるものがなく、神殿も神官も持たない。それでいて、この神の務めを地上で分かち持つ人々が、確かにいる。墓守の一族、ガーベットである。


 まず、世に知られるところから記しておく。この一族は、墓を守ることだけを生業としている。国中の村や町の墓地には、たいていこの一族の者が一人住まい、埋葬を執り行い、墓地を手入れして、代々その土地の死者を預かりつづけてきた。姓は必ずガーベットから派生した形を取り、ガーベル、ガルベン、ゲルベータといった具合になる。本家の血筋だけが、ガーベットの姓をそのまま名乗ることを許されている。


 暮らし向きは質素である。実入りは埋葬の費えと、村や町の出す管理の費えだが、大きな町ででもなければ、墓地の傍らの畑で自給して暮らしている。墓守の任に就いていない者たちは、棺桶や墓石など、葬りにかかわる品々の製造を担っており、棺桶屋の看板にガーベット系の姓を見つけたら、まず間違いなくこの一族と思うてよい。


 そして、この一族をめぐっては、世に広く行われている慣習が一つある。新しく村や町を開くときには、必ずこの一族の者を招いて、墓地を作らせるのである。招かれた者はそのとき、おのれの姓から新しい姓を作り、新しい一族としてその地に根を下ろす。一族が求めたわけでも、法で定められたわけでもない。ただ、どの土地でも、開拓の許しを与える領主から入植の百姓に至るまで、この招請だけは誰も欠かそうとしない。理由を問うても、昔からそうだという答えが返るばかりである。墓など誰が掘っても同じであろうに、なにゆえこの一族でなければならぬのか。


 その由来を、筆者は聞くことができた。語ってくれたのは、東の街道沿いのさる村の老墓守、トゥーロ・ガーベルという人である。幾度目かに訪ねた日の夕暮れ、老人は墓地の門のところに床几を出して、筆者を座らせた。この話は墓地の内で、黄昏どきにしか語らぬのだそうである。以下はその聞き書きで、老人の語りのままではなく筆者の手で文にしてあるが、筋は違えていない。


 崩滅ののちの、荒れた世のことである。生き延びた人々は焼けた土地を捨てて散らばり、いたるところに新しい村を開いた。村を新しく開けば、墓地も新しく要る。ところが当時の人々は、その新しい墓地を、何よりも恐れたのだという。


 こう信じられていたからである。門というものは、切り開いただけではまだ門ではない。招く者と招かれる者とがあって、はじめて門になる。誰にも招かれずにくぐる戸口は、戸口ではなく、ただの裂け目にすぎない。


 思い返していただきたい。統一神書は、あの御方の御心を、拒まず、招かず、と記していた。門守神は開きはなさるが、招くことだけはけしてなさらない。ゆえに世のあらゆる門には、あの御方ならぬ招き手が要ることになる。古い墓地であれば、それは先にそこへ眠っている死者たちである。後から来る者は、先に眠る者たちに招かれて敷居をくぐり、鈴の道に乗ってゆく。


 ところが、新しい墓地には、まだ誰も眠っていない。招き手のない墓所に葬られた最初の死者は、誰にも招かれぬまま、門とならぬ裂け目の前に立ち尽くすことになる。導かれもせず、去ることもできない。その者にできるのは、おのれが招き手となって、次の死者を待つことだけである。やがて次の死者が来て、最初の死者がこれを招き入れたとき、招く者と招かれる者とがようやく揃い、その墓所の門は門となる。鈴の道が通じ、二人は連れ立って導かれてゆく。それからは、その地に眠る死者たちのみなが招き手となるから、もう誰も独りで立つことはない。


 つまり、この立ち番を負うのは、最初の死者ただ一人なのである。人々が新しい墓地を恐れたのは、このゆえであった。次の死者が幾年も出なければ、最初の死者は幾年も独りで待たねばならない。村を開いても誰も先に死にたがらず、身内が死ねば骸を隣村の古い墓地まで幾日もかけて運び、冬には、運びきれなかった骸が道々に残ったという。


 そのころ、一人の男がいた。名は伝わっていない。崩滅で村ごと身内を失い、その全部をおのれの手で葬ったのが始まりだったと語られている。以来、男は世を歩きながら、誰も葬りたがらぬ骸を埋めて回った。道端の行き倒れを、疫病で死んで戸口に出された者を、引き取り手のない咎人を、頼まれもせず、銭も取らずに埋めた。人々は男を気味悪がって村には入れず、それでいて骸が出ると、遠くから男を呼んだ。


 ある黄昏、埋め終えた男が土を均していると、かたわらに一頭の獣が座っていた。犬に似ているが犬より大きく、毛並みは日の落ちたあとの空の色をしていた。そして、夕日に長く伸びた男の影の隣に、獣の影だけがなかった。


 先に聖母神の章で引いた、辻の祠の覚書の獣を思い出された方もあろう。影を持たぬ黄昏色の獣、門守神が生み出したと伝わる、あの獣である。


 獣はそれから毎夕、男のもとに現れた。害をなすでもなく、懐くでもなく、ただ、男が墓地の縁をひと巡りして戸締めをするとき、必ず男の一歩先を歩いた。


 幾年もそれが続いたのち、男はあることに気づいた。この獣が縁を踏んだ墓地では、最初の死者が立っていない。それは、どの墓地でも変わらなかった。獣が境を踏むとは、あの御方の獣みずからが、その墓所の最初の招き手として立ったということなのである。招き手のある門は、最初の一人のときからすでに門であるから、葬られた者は誰も待たされることなく、獣に招かれ、鈴の音のままに導かれてゆく。


 噂はゆっくりと広まった。あるとき、開かれたばかりの村から男に使いが来た。冬を前に、村で最初の病人が出たのである。男は行き、村はずれに墓地の縁を切って、最初の墓を掘った。日暮れに獣が来て、縁をひと巡りした。ほどなく病人は死に、葬られ、そして留まらなかった。その晩、村の者は遠くで小さな鈴の音を聞いたと伝えられている。


 男は請われてその村に残り、墓を守って生涯を終えた。男のもとにはやがて、同じように身寄りを失った者たちが集まり、埋葬と、墓地の作法と、獣の待ち方とを学んでいった。男は獣に、ガーベットという名で呼びかけていた。何の意味かは誰も知らない。男自身も、いつからかその名で呼ばれるようになっていた。これが一族の始まりである。


 新しい村を開く者がこぞってこの一族を招くようになったのも、ここに由来する。最初の死者を出すことを恐れた人々が男を呼んだ、あのときと同じことを、人々は繰り返しているのである。掟でも法でもなく、二千年ちかくのあいだ、人々のほうが招くことをやめなかった。人が一族を招き、一族が獣を待ち、獣が死者を招く。あの慣習は、招きの連なりの、いちばん外側の輪なのである。招かれた者が姓を新しく作ることについては、老人の言葉をそのまま記しておく。


  新しい墓地は、新しい株ですで。株には、新しい名を付けます。ほいで、その名が、その土地の死人たちの名簿の、いちばん上に載る。わしらの姓は、家の名前というより、墓地の名前ですわ。ガーベルというたら、わしのことでもあるが、この墓地のことでもある。


 なにゆえ、ほかの誰でもなくこの一族でなければならぬのか、という筆者の問いには、老人はこう答えた。


  誰が掘っても、穴は穴です。けんど、あの獣は、誰のところにでも来るわけやない。わしらは、あれの待ち方を知っとるだけです。急がず、呼ばず、毎夕、縁を歩いて、待つ。それだけのことが、なかなか、できませんのや。


 最後に、一族の内で何よりの慶事とされる、独り立ちのことを記しておきたい。一族の若い者は親方の下で長く修業し、やがて新しい墓地なり、空いた墓地なりを任されて独りで立つ。その最初の晩、新しい墓守は日暮れに墓地の縁に立って、待つのだという。獣が来て縁を踏めば、その墓地は開いたことになり、その者はまことの墓守になったことになる。来なければ、まだ半人前のままである。何年も待つ者がいるという。ゆえにこの一族では、婚礼よりも家督よりも、獣の来た晩の祝いがいちばん大きい。


  わしのときは、三月(みつき)かかりました。来た晩のことは、今でも覚えとります。あれが縁を踏んで、ひと巡りして、それから、わしのほうを見ましたのや。ああ、これでわしも、預かる側や、と思いました。


 老人はそれだけ言うと、床几を立って、いつもの夕の見回りに出ていった。墓地の門には錠がなかった。掛けないのかと問うと、老人は笑って、開くか開かぬかはあの御方の決めなさることですで、と言った。


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