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神統断片拾遺 流転神 セレ・ミウ・ターリエ その5

次に、廻水葬礼会について語っていきたい。


 リーグデの民が明日を見ながら世を流れつづける人々であるとすれば、こちらは終わりを見送る人々であり、同じ神を戴きながら、見ているものがまるで違う。


 人は誰しも、おのれの葬(とむらい)の日に一度はこの会の世話になるのだが、それにしては、この会について詳しく知る者は案外に少ない。


 始まりは崩滅の日にさかのぼる。あの日、人はあまりに多く死んで葬儀が追いつかなかったが、それだけであれば話は済んでいたはずであった。神書の説くとおり、人は死ねば、葬られずとも、誰の手も借りずに流転神の流れへ還る。それが本来の理(ことわり)だからである。


 だが、あの日に壊れたのは人の暮らしだけではなかった。人の愚かさが招いた災いであったがゆえに理そのものが歪んでしまい、還るべき流れへ還れぬ魂が、数えきれぬほど生じたのである。


 行き場を失った魂はその場に留まり、留まれば澱み、澱めば次第に狂って、やがて生きている者を襲うようになる。世に死人帰りと呼ばれ、幽鬼と呼ばれる万夜のものどもは、もとをただせば、還れなかった誰かの魂なのである。


 この惨状を前に立ち尽くしていた一人の神官が、のちに鎮水の聖者と呼ばれるオーフォリアという女性である。


 もっとも当時のオーフォリアは流転神の徒ではなく、聖嵐神を戴く神官であった。狂うた魂が人を襲えば、これを討つことはできる。聖嵐神の力とは、そういう力だからである。だが、討たれた魂は還ることできるが、苦しみをもって消滅するだけであり、罪なく迷っただけの無辜の魂を安んじて送ることができないのである。目の前の一つを救う手立ては、この身に何一つなかった。滅することはできても、救うことができぬ。オーフォリアが噛みしめたのは、その一事であったという。


 逸(はや)る心を鎮めるため、オーフォリアは神殿近くの沢で水垢離をし、冷たい水に打たれながら、迷える魂の安らかならんことを来る日も来る日も祈りつづけた。おのれの神にではなく、ただ祈ったとだけ伝わっている。


 その嘆きを、流転神が聞き取った。神もまた魂が正しく導かれぬことを憂いておられたところへ、おのれの神ならぬ神のために、おのれの手に余ることのために、日ごと沢に立って水を浴びつづける者が現れたのである。神はその真摯さに心を動かされて顕(あらわ)れ、澱みを流す秘術を、このオーフォリアに授けた。


 ここは少し説明が要るだろう。死者の魂を闇界の門へ導くのは、本来、第八の座たる門守神ノヴ・ガーレ・シルディンの領分であるから、葬送を担う会が門守神ではなく流転神を戴くことを、いぶかしく思う向きもあろう。


 だが、門へ向かわぬ魂は話が別なのである。門守神が導きうるのは門へ向かって流れている魂に限られており、流れを外れてその場に澱んでしまった魂は、そもそも門にたどり着かぬ。その澱みを解いて正しい流れに乗せ直すことは、流転神の権能によるほかないのである。葬礼会の神官が、門まではお連れできませぬ、と口にするのは謙遜ではなく、そこから先は、まことにこの会の役目ではない。


 秘術を授かったオーフォリアは、聖嵐神のもとを辞して流転神に帰依し、世を巡って、さまよう魂を見つけては一つずつ正しい流れへ戻していった。その徳に打たれてともに歩く者が現れると、オーフォリアは見込みのある者に秘術を伝えていった。これが、この会の始まりである。


 彼らは見返りを求めず、さまよう魂があれば誰のものであろうと葬り、人を害する狂うた魂に対してすら、滅することを選ばずに鎮めた。ここが、この会の骨である。


 晩年、オーフォリアは神と出会うたあの沢のそばに小屋を建てて暮らし、授かった教えと秘術の扱いとを書きまとめている。今に伝わる『水葬秘伝』であり、この会の運びは、いまもこの一書を土台としている。


 小屋のまわりには教えを乞う者が集まり、集まった者は住みつき、住みつけば村になった。村はやがて町となり、町は都市となる。山裾に広がって空よりも蒼いと称される、あの聖都オーフォリシアである。この会の本部が置かれ、オーフォリアが神と邂逅した沢は、いまも聖地として守られている。


 大きな町や都市には、この会の神殿がある。ただし、神殿と聞いて思い描くものとは、だいぶ違う。荘厳さもなければ飾りもほとんどなく、標がなければ、少し大きな家屋と見まちがえるほどである。実のところ、筆者は一度、前を通り過ぎている。


 それと知れるのは、門扉に掲げられた聖印によってである。水麗鉱石で作られたもので、流転神の司る、あの澄み渡る水色をしている。


 神官は大人の背丈より長い杖を携えており、その先には青い領巾(ひれ)が数枚ついている。神服は濃い紺に染められたものが多く、階位が上がるにつれて袖に水色の飾り糸が縫い足されてゆくので、袖を見れば、その神官がどれほどの年月をこの務めに費やしてきたか、おおよそ知れる。


 いまは、太古ほど魂がさまようことは少なく、ときおり万夜の魔導に歪められたものが人を襲うことの方が多く、そういう報せが入れば神官が鎮魂に向かう。そのためか、かの会の鎮魂の任を受けるものは、戦いの術に長けたものが多く。神官と侮り、返り討ちにあった山賊の話などはよく聞く話である。


 むしろ今日、この会の役目の大半は、日々行われる葬送の儀である。人が亡くなれば廻水葬礼会の神官を呼んで手向けの祈祷を願うのが通例で、都市であればすぐに来るが、地方の村々では、近くの神殿から呼ぶか、巡回の神官が回ってくるのを待って、幾人ぶんかをまとめて送ることになる。


 その待つあいだに魂が迷い出ぬよう、村では領巾を使い、魂を留め置く。村長の家にそのための何枚かが備えてあるのが常で、人が死ねばこれを墓に立てておいて、神官が来て葬送の儀を済ませたのちに、川へ流すのである。これは廻水葬礼会の秘術により聖別された領巾であり、死した魂が迷わぬようされど淀まぬよう守るのである。ときおり魂が迷い出るのは、この領巾を愚かにも切らし、そのまま埋葬したときなどである。


 この会は、葬送に謝礼を求めない。魂を安んじて流れへ戻すのは流転神の思し召しであって、人が銭を取るような筋合いのものではない、というのが会の言い分である。


 もっとも、遺族からの寄進は多く、とりわけ、故人が迷うていたのを鎮めてもらった家からの礼は厚い。会はそれを、持たぬ者の葬送に充てている。銭のない者の弔いを、銭のある者の礼が払っている、という格好である。


 この会の訓戒は数多いが、神官らが何より重んじるのは、執着なきこと、というたった一言である。


 理屈はこうである。執着は澱みを生み、澱んだ魂は正しい流れに乗れぬ。ならば、澱みを流す側の者が、みずから澱んでいてよいはずがない。神官が執着を抱えていては、秘術も威光を現さず、流れを生むことができぬ、というわけである。


 言うは易い。この人々は、来る日も来る日も、誰かの一番悲しい日のそばに立ち、泣いている遺族の隣で祈りを捧げている。それでいて、執着してはならぬというのである。筆者は、この会の掲げるもののうち、この一言がもっとも過酷であろうと思うている。


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