神統断片拾遺 第2章 聖嵐神 シャナル・コーハル・ヴェルフィナ その1
神統断片拾遺 第2章 聖嵐神 シャナル・コーハル・ヴェルフィナ
バルギニア版1612年編纂統一神書に限らず、一般的に出回っている統一神書の構成は大体同じである。創世から始まり、8柱についての記述、千年の闘争の戦記、闘争後から崩滅の日までの人の歴史、崩滅の日以降の偉人聖人の列伝となっている。版や編纂された地域によって、戦記以降の記載がそれが書かれた地域と縁あるものが選ばれるため、一様ではない。バルギニア版は神殿が作成したこともあり、聖人の列伝が最後には主になっているが、多くの人にとってなじみ深い9人の聖人の話なども入っており、地域を選ばず親しみやすいのがこの版が広く読まれている理由でもある。余談であるが、ある版では、創世以後は、1柱のみに絞り、すべての神話・歴史を記したものもある。ある敬虔な一信徒の神への献身の表れとして、今でも大聖堂にまつられるほどになっている。
本書の構成も基本的にはこの一般的な構成に従って論じていくものである。そうであるなら、まず始めるべくは、至天の光輝たる第一の座にて天空・嵐・神罰を司る 聖嵐神 シャナル・コーハル・ヴェルフィナから始めることとしよう。バルギニア版では次のように記述される。
至天の光輝たる第一の座、天空と嵐と神罰を司りたもう男神。始原が御身を裂きたまいしとき、最初 にこぼれ出でし最も大いなる光より生まれたもうた、八柱のうち最も古く、最も力強き兄神である。最も大いなる光より生まれたるがゆえに、その身に宿す力も また、八柱随一であると伝えられ
る。
御姿は、天を衝くばかりに背高く、雷雲がそのまま人の形を取ったかのごとき威容であるという。髪は白銀、あるいは淡き金にして、絶えず吹き上がる風のなかにあるかのごとくたなびき、その一筋一筋に、かすかな光が走っている。瞳は雷の芯のごとき青白さをたたえ、その眼差しは、遠き空に音もなく走る稲妻にたとえられる。肌は陽を浴びた青銅の ごとく輝き、肩には嵐雲を織りなした衣を纏い、額には雲と稲妻を結いたる雷冠を戴く。
御声は、常には低き雷鳴のごとくである。されど、ひとたびこれを荒げたまえば、その言葉のひとつひとつが、たちまち落雷と変じて地を灼く。ゆえにこの神は、めったに声を荒げぬ。怒りを胸に秘め、なお静かに語りたもう、その抑制こそが、この神の威厳の根である。
御心は、二つの相反するものが、分かちがたく溶け合っている。ひとつは、第一の座を 負う者としての、厳格と矜持である。理を曲げず、不正を見過ごさず、罰すべきは罰したもう。されどその罰は、けして気まぐれや残虐よりいでしものではない。怒りに遅く、されど怒れば烈し――最後の最後まで罰を控え、なお正されぬものにのみ、雷を下したもうのである。いまひとつは、この峻厳の裏にひそむ、深き慈しみである。天を統べ、万物を 見下ろしうる高みにありながら、その眼差しは、しばしば最も低きところへと注がれる。
さて、この神の御業について述べよう。まず語らねばならぬのは、天空を統べるという、その尽きせぬ務めである。世の人は、嵐を天の気まぐれと思いがちであるが、しからず。雲を集め、雨を降らせ、風を巡らせ、稲妻を放つ――その一切は、この神が、世界の 隅々にまで滞りなく水と気を行き渡らせんがための、緻密きわまる御業である。もしこの 神が一日でも天を律することをやめたまえば、地は乾いて裂け、あるいは際限なき長雨に 沈むであろう。穏やかな空の下に生きとし生けるものが安らぐは、ひとえに、見えぬとこ ろでこの神が天を御し続けたもうがゆえなのである。
その武勇は、並ぶ者なしと讃えられる。御声の一声に天は鳴動し、御手の一振りに雲は 割れ、稲妻は意のままに天を奔る。古き讃歌は、この神が、世界の生まれて間もなきころ、いまだ定まらず荒れ狂っていた天地の気を、ただ一柱、御手をもって鎮め、整えたもうたと伝える。乱れたるものを律し、あるべき秩序へと戻す、荒ぶる力をそのまま 秩序の力へと転じうるところに、この神の比類なき偉大さがある。
されど、この神の真の大きさは、力をふるうことよりも、ふるわぬことにあらわれる。ある伝えに曰く、かつて人が驕り、天に弓引かんとしたとき、神々の多くはこれを灼き滅ぼすべしと唱えた。だがこの神は、ただ一度、軽き雷を遠き山に落としてみせたのみで、人を罰しなかった。畏れを教えるには、滅ぼすに及ばず、そう諭して、人に悔い改める 機会を与えたもうたという。罰する力を持ちながら、なおそれを抑え、相手の立ち直りを待つ。この忍耐こそが、神罰を司る者の、最も尊き徳であると伝えられる。
慈しみを伝える語りも数多い。ある日、海辺の村で、一人の漁師が沖へ漁に出たさなか、にわかに空が掻き曇り、風が立ち、嵐が起こり始めた。岸に残された幼き子は、沖にある父の身を案じ、荒れゆく空に向かって、嵐よ止んでくれと一心に祈った。すると、起こりかけていた風はふいに鎮まり、暗雲は割れ、ひとすじの光が海を照らして、父の小舟は何事もなく岸へと帰り着いたという。万物を統べる神が、父を案じる名もなき幼子の声 に耳を傾けたもうたこと、この一事にこそ、この神の慈しみの深さがあらわれている。
荒ぶる力を秘めながら、なおそれを律し、世界を穏やかへと導きたもう。嵐ののちに必ず訪れる、あの澄みわたった青空をこそ、この神の真の御心と見るべきである。
子供の父の安否を祈るくだりは、この版のみならず、多くの版にも見受けられる描写であり。それだけを切り出し、親への孝行心の大事さを伝える寓話として子供の時分に聞き及んだ人も多いのではないであろうか。これに関連し、船乗が特に信仰篤き神としても有名で。たいていの船乗は航海の前に、無事を聖嵐神に祈るのは当然のこと、この寓話にならってか子を大事にするものが多くいる。船乗は荒天によりいつ何時命を落とすかもしれないため、悔いないよう子を大事にするというところもあるのであろう。しかし、どんな小さな港町でもそこにある孤児院はどの町の孤児院よりもしっかりとしているのは多くの人が知るところで、船乗が航海前と後で必ず祈りと寄付を惜しまないためである。こうした孤児院の子供たちが将来船乗を目指すことが多く。ときには、潮騒の星読みと呼ばれた天文学者ケインのように、天涯孤独の身で、ある港町の孤児院で育ち、様々な星の観測を行い、星の見え方から船の位置を測り安定した航海技術の確立に貢献したものさえいた。
聖嵐神はもっと多くの信仰を集め、あらゆる時代、地域、民族で崇敬されていたため。ときに様々な形で信仰されていることがある。一例では、王国歴500年代の北辺の戦士民族カルゲンの民は、この神を「雷狼の戦神」として崇めてきた。彼らは、戦に先立って空が荒れるのを、この神が血を求めて吼える兆しと読み、嵐の日にこそ兵を挙げるべしと信じた。雷に撃たれて黒く焦げた木で槍の柄をこしらえ、それを掲げて戦場に立つことを最大の誉れとした。
されど、これは取り違えである。王国歴589年、カルゲンの大族長は、近隣を併呑せんと、空前の大嵐の中、全軍を率いて隘路へ攻め入った。これぞ戦神の祝福と信じて。だが、その嵐の中で雷は彼ら自身の槍の穂先に幾度も落ち、軍は同士討ちと混乱のうちに山中で散り、一族はその日をもって衰亡した。語り伝える者は言う。あの嵐は、戦への誘いではなく、進むなという戒めであった、と。この神の司るは乱れを正す秩序であって、殺戮への渇きではない。力の相のみを見て慈の相を見ぬ者は、神の声を、まさに逆しまに聞くのであるという教訓として見ることができるだろう。
他にも有名な逸話では、王国歴1203年のオレストリアン王国の興りは、この神の威光と分かちがたく結ばれている。建国以前、海沿いのこの地は、海路より攻め寄せる大船団の前に、滅びを待つばかりであった。王国歴の数えはじめ、敵の帆が水平線を埋めたその朝、晴れ渡っていた空がにわかに裂け、巨大な嵐が湾を呑み、寄せ手の船団はことごとく海底に沈んだという。岸に一兵も上がらせぬ、寸分の狂いもなき嵐であった。
生き延びた民は、これをこの神の加護と信じ、嵐の去ったのちに最初の王を戴いた。以来オレストリアンでは、王の戴冠は屋根の下で行われぬ。城外の丘に立つ、いにしえ雷に撃たれて二股に裂けた一本の老樫の「誓いの樫」のもとで、露天の空を仰ぎ、新王はこの神に治世を誓う。雨が降れば吉、晴れれば吉、ただ快晴のみを凶とするこの国の風習は、神が常に天から見守りたもうことを、雲ひとつなき空が「神の目を遮るものなき空」として畏れられたことに由来すると伝わる。
もう一つ、神書には書かれることはないが、あらゆる人にとって、もっとも馴染み深き聖嵐神の話があるだろう。天を統べ、その一声で地を灼くこの神には、諸国の母たちのあいだでは、泣きやまぬ赤子を寝かしつける神なのである。
いわれはこうである。あれほど荒れ狂う嵐すら、この神は望めば一息に凪がせてしまう。ならば、たかが赤子の一人や二人、寝かしつけられぬはずがないと考えた古き世の母が、夜泣きする我が子を抱いて、この神に祈ったのが始まりという。今でも、子のなかなか寝つかぬ夜、母が窓辺で雲を見上げ、ごく低い声で、嵐を鎮めるという古い文句をそのまま子守唄として口ずさむ。不思議と、その唄を聞いた子は、じきに寝入ってしまう。そうやって寝かしつけられたことのない者は少なくないだろう。
神統学者のなかには、これを神への不敬と眉をひそめる者もある。天地を統べる至高の神を、子守りの神のごとくに扱うとは何事か、と。されど私は、これをむしろ、この神の慈しみが最もよく行き届いた姿と見たい。最も大いなる声を持ちながら、その声を、世界でいちばん小さな者を眠らせるために、ささやきほどに潜めたもう、そこにこそ、力の本義を御することを知り尽くした、この神の真の大きさが、ひそやかにあらわれているのではあるまいか。




