↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
29/41

神統断片拾遺 流転神 セレ・ミウ・ターリエ その3

次に、この民の民族性について考えてみたいと思う。


 リーグデの民は、民族と呼ぶには雑多にすぎる。血が幾重にも混じり合い、親子であっても似ておらぬことがある。外貌からの判別はできず、同じ民と知れるのは、目を覆う布ひとつによってである。なにゆえ、かくも混じり合うのか。これが一つ目の問いである。


 いま一つ。布で覆う目が、右の者と左の者とに分かれている。この民の由来が流転神にあるならば、覆うべきは、来るべきものを映す右であろう。左を覆う者が何を覆っているのかは、分からぬ。これが二つ目の問いである。


 この二つについて、一点の資料に行き当たった。マーレンの町の粉挽き、ハルド・ヴェインの手記である。この者の姪がリーグデの民に嫁いでおり、二十一年にわたる観察が記されている。町が焼けたおり、焼け残った帳面に紛れて、グラナガダン大図書館へ流れついた一冊である。長いが、要るところを抜いて引く。


  王国歴1514年 花冠の月 8の日

  今日、姪のエルナが婚約者を紹介してきた。とても利発そうな好青年であったが、リーグデの民というのが気になるところである。名をサヴァという。右の目を布で覆うている。作法として、外さぬのだそうだ。


  王国歴1514年 花冠の月 27の日

  あの男に、水車の軸の話をした。まだ何も言うておらぬのに、先に、割れておるのは南の側でしょ  

  うと言われた。見に行ったら、南であった。気味が悪い。

  姪に、占いで飯を食う男はどうかと言うたら、叱られた。それと、あの男は、一人につき二つは占

  わぬのだそうだ。いくら積まれても断ると聞いた。妙なこだわりである。


  王国歴1514年 日盛りの月 3の日

  祝言。あちらの縁者が三人来た。三人とも、サヴァにも、たがいにも、まるで似ておらぬ。肌の色

  すら違う。よくよく見れば同じ民とは思えぬ。皆、右を隠しておった。

  あちらの一人に、同族どうしでは娶らぬのかと聞いた。娶らぬのではありませぬ、と言われた。祖

  を同じくする者とは、結ばれませぬ、と。

  ならばそちらの民どうしならよかろうと言うたら、その者は少し笑って、こう言うた。祖をたどれ

  ば、わたくしどもは、みな、同じところへ行き着きますので。

  祖がどうとか、要領を得ぬ。わしにはさっぱり分からぬ。


  王国歴1514年 刈入れの月 19の日

  サヴァが、白霜のうちには発つと言い出した。せっかく町に慣れたところである。なぜ行くのかと

  聞いたら、しばらく黙って、分かりませぬ、と言うた。分からぬが、いられぬのだそうだ。

  いい若い者が、脚に根が生えぬ病でもあるまいに。


  王国歴1515年 芽吹きの月 6の日

  二人が戻った。エルナが痩せておる。冬のあいだ、ずっと歩いておったという。腹が立つ。


  王国歴1516年 白霜の月 22の日

  このごろ気づいたことがある。サヴァは、ときどき眠らぬ。

  いつもは人並みに寝て、人並みに食う。ところが、ふっと二日三日、寝ぬ晩が続く。そういうとき

  は口数が減り、酒も断って、じっとしておる。何日かすると、けろりと元に戻る。

  エルナに聞いたら、たまに、見たくないものが見えるのです、と言うた。それきり何も言わなん 

  だ。

  もう一つ聞いた。昔、あの男が一度だけ、人に忠告をしたことがあるという。あの橋を渡るな、

  と。その男は渡らなんだ。渡らずに遠回りをして、それで死んだ。以来、サヴァは何も言わぬのだそ

  うだ。

  知っておって黙っておるのか、と一度なじってしまった。あの男は何も言い返さなかった。あの目

  つきを、しばらく忘れられそうにない。


  王国歴1517年 青葉の月 9の日

  エルナに子ができた。

  サヴァが泣いた。男が人前であんなに泣くものではない。喜んでおるのだと思うたが、あれは、少

  し違う泣き方であった。うまく言えぬ。


  王国歴1517年 実りの月 30の日

  男の子が生まれた。ルカと名づけた。母子ともに達者。

  その日の夕方、サヴァが布を外した。三年ばかり、一度も見たことのなかった右の目である。

  ただの目であった。左と同じ、なんの変哲もない茶の目であった。それを見て、あの男はまた泣い

  た。

  その晩、よく眠っておった。


  王国歴1517年 刈入れの月 4の日

  サヴァが、赤子の右の目に小さな布を当てておる。赤子にである。むごいことをする、やめさせろ

  とエルナに言うたが、あの子は首を振るばかりであった。

  布をあてがうサヴァの手が震えておった。

  昼間、布がずれておるところを見た。ルカの右の目は、澄んだ水色であった。エルナにも、サヴァ

  にも、うちの家系にも、あんな色の目の者はおらぬ。妙な色である。


  王国歴1518年 花冠の月 15の日

  あれ以来、サヴァが寝ぬ晩を一度も見ておらぬ。よく眠り、よく食う。笑うようになった。

  それでいて、やはり発つという。相変わらず、いられぬのだそうだ。治ったのではないのかと言う

  たら、これは治りませぬ、と笑うておった。

  ただし今度は、遠くへは行かぬという。近在の町のリーグデ商会の店を順に回って、ひと月ほどで  

  戻ってくるのだそうだ。留まれぬだけで、遠ざからねばならぬわけではないのです、と言うておっ

  た。ならば最初からそうすればよかったではないかと言うたら、前は、それどころではありませんで

  したので、と言うた。

  それと、今度は左を隠しはじめた。せっかく両の目が開いておったのに、なぜ、と聞いたら、笑う

  だけであった。


  王国歴1519年 白霜の月 8の日

  サヴァのところに、見も知らぬ者が訪ねてくる。皆、右を隠しておる。老いも若きもあり、顔も肌

  もてんでばらばらである。

  あの男は誰も断らぬ。飯を食わせ、金を持たせ、送り出す。姪の暮らし向きよりも、行きずりの他

  人へよほど多くを渡しておる。文句を言うたら、あれはよそ様ではありませぬ、と言われた。似てお

  らぬのに、どうして身内と分かるのか。

  あの者らは、サヴァのことを妙な呼び方をする。今を覗ける者、と言うておった。どういう意味か

  と聞いたら、サヴァは笑うだけであった。


  王国歴1519年 聖燭の月 2の日

  サヴァが回りに出ておるあいだ、リーグデ商会の店へ行った。

  帳場には、いつもの女将(おかみ)が座っておる。この女はリーグデではない。若いころ、あちら

  の男に嫁いだのだそうだ。もう十年、この町から一歩も出ておらぬという。

  そのうしろを、片目を隠した者がひっきりなしに出入りしておる。誰ひとり似ておらぬ。荷を置

  き、帳面を検め、飯を食うて、また出てゆく。

  女将に、亭主はどこにおるのかと聞いた。この辺りを回っております、と言うて笑うておった。


  王国歴1520年 実りの月 21の日

  ルカが三つ。よく笑う子である。

  サヴァの暮らしぶりが、だいぶ分かってきた。二十日ばかり出て、十日ほど戻る。これをずっと繰

  り返しておる。回る先はどれも二日か三日で行ける町ばかりで、けして遠くへは行かぬ。

  なぜもっと遠くまで商いを広げぬのかと聞いたら、ルカが五つになるまでは、この辺りにおりたい

  のです、と言うた。

  五つになったら何があるのか、と聞いたが、答えなんだ。エルナも黙っておった。


  王国歴1522年 刈入れの月 8の日

  ルカが五つになった。

  誕生日の三日あと、あの子が泣き出して止まらなくなった。飯も受けつけぬ。医者を呼ぼうと言う

  たら、エルナが断った。呼んでも無駄だと知っておる顔であった。

  サヴァは荷をまとめておった。あの男は驚いておらなんだ。

  三人で発つという。門のところでルカを抱いたら、あの子はもう泣いておらなんだ。にこにこして

  おった。歩き出すと治るのだそうだ。

  五つの子が家を持てぬ。わしには、どうしても腑に落ちぬ。


  王国歴1525年 刈入れの月 23の日

  三年ぶりに三人が寄った。ルカは右を隠しておる。八つになる。

  わしの顔を見るなり、じいさま、蔵の粉は捨てたほうがいい、と言うた。何ともないと言うたが、

  十日して、そっくり黴(かび)た。

  まめによく喋る、明るい子である。ただ、ときどき、ふっと黙る。夜も眠れぬ晩があるという。父

  親と同じである。

  サヴァは達者であった。よく食い、よく笑う。ただ、ルカが黙り込むたびに目をそらす。そらして

  から、そらしたことを悔いておるような顔をする。何度も見た。

  その夜、エルナに正直に聞いた。サヴァはなぜ左を隠すのか、と。

  あの子はこう言うた。あの人からルカへ、渡ったのです、と。

  渡った、とは何のことか。わしには分からぬ。それ以上は聞くなという顔をしておったので、聞か

  なんだ。


  王国歴1532年 実りの月 30の日

  ルカが十五になった。三人がこの町におる。わざわざ戻ってきたようであった。

  夜、三人が灯りをつけて、朝まで話しておった。何を話しておったのかは知らぬ。壁越しに、サヴ

  ァの声だけが長いこと続いておった。あの寡黙な男が、である。

  朝、ルカが一人で発った。

  供はない。エルナは泣かなんだ。サヴァが泣いておった。

  あの子はまだ十五である。わしは止めた。三人が三人とも、止めるなという顔をしておった。


  王国歴1532年 白霜の月 6の日

  エルナがこの町に居着くという。リーグデ商会の店を継ぐのだそうだ。前の女将が年を取って、田

  舎へ引くらしい。

  姪が帰ってきたのだから、喜ばしいことである。喜ばしいことのはずである。

  サヴァは居着かぬ。近在をぐるりと回って、五日か六日にいっぺん顔を出す。飯を食うて、寝ずに

  出てゆく。

  なぜ中で暮らさぬのかと聞いたら、エルナが、あの人はここにおれぬのです、と言うた。

  あの二人は十八年連れ添うておる。同じ屋根の下で寝た晩を数えたら、いくらにもならぬのではな

  いか。


  王国歴1535年 聖燭の月 11の日

  エルナの店に、リーグデの子が来た。十七、八であろうか。右を隠しておる。エルナは飯を食わ

  せ、金を持たせ、送り出した。名も聞かなんだ。

  わしが、ルカの噂を聞かぬかと聞いたら、その子は、東でお会いしました、と言うた。達者かと聞

  いたら、達者です、と。それだけであった。

  エルナは何も聞かなんだ。聞けばよいのに、聞かぬのである。

  夕方にサヴァが寄って、泊まらずに出ていった。いつものことである。

  わしの水車は、四十年、同じ場所で回っておる。


 以下、この手記から読み取りうるところを整理する。


 あらかじめ断っておく。これは一家族についての、二十一年ぶんの観察である。書き手は民の作法を何一つ解しておらず、専門の記録でもない。本来、民族誌の資料としては下位に置かれるべきものである。以下の推論は、いずれもこの制約の下にある。


 混じり合う理由については、手記に、祝言の日の問答が引かれている。ハルドが同族どうしでは娶らぬのかと問うたのに対し、リーグデの縁者は、娶らぬのではありませぬ、祖を同じくする者とは結ばれませぬ、と答え、さらに、祖をたどればわたくしどもはみな同じところへ行き着きますので、と述べている。


 この二言から推察するに、リーグデの民は、何らかの理由によって、同族およびその血脈との婚姻を制限されているのではなかろうか。もしそうであるならば、異なる血筋の者と交わりつづけた結果として、あれほど多種多様な姿形になった、ということになる。


 ただし、この問答は祝言の席の立ち話であり、話者の名すら記されていない。ハルド自身、意味を解しておらず、要領を得ぬ、と付している。伝聞の伝聞であって、これをもって断ずることはできない。


 なお、前節において筆者は、この民の起源を泉の少女に求める憶測を提示した。祖をたどれば同じところへ行き着く、という右の一言は、これと符合するように見える。しかし、いずれも未確認の推測であり、両者を相互の根拠とすることはできない。前節の憶測は憶測のまま据え置く。


 覆う目が左右に分かれる件には、はっきりした手がかりがある。サヴァは、子の出生を境に、右を覆うのをやめ、左を覆うようになっている。ハルドがその理由を問うたのに対し、エルナは、あの人からルカへ渡ったのです、と答えている。


 この民の目が、流転神と同じく来るべきものを映すものであり、かの神に倣うて覆われているのだとすれば、どうであろうか。彼らの手にした先読みの力は、代を経て親から子へ、子から孫へと移ってゆく類のものなのではないか。もともとが、留まることを知らぬ神の力である。人ひとりの身のうちに、生涯留め置くことなど、できぬのであろう。そして、その力をすでに子へ渡した者と、いまだ負うている者とを分かつために、彼らは覆う目を変えているのではなかろうか。


 商会のことは、筆者もこの手記ではじめて知った。あの商会をリーグデの民が営んでいることは、広く知られている。ただ、留まることを許されぬはずの民が、いかにして店などというものを構えうるのか。これは長らくの不思議であった。店の者は訪ねるたびに入れ替わり、商品はつねに新しく、どれほど小さな村にも、あの看板だけはある。放浪する民であるがゆえに、商いの網が広く張れているだけのことであろうと、筆者は考えていた。この手記を読んで、その見方は大きく変わった。


 あの商会は、旅を続けるリーグデの民、とりわけ、いまだ右を覆い、来るべきものを映す目を負うている者を、支えるためのものであったのではないか。営みを担うのは、力を渡し終えた者と、その伴侶である。重荷を背負わせてしまった子に、そして孫に、その旅がいくらかでも軽くなるように、いつどこにあっても支えられるように。そうやって一軒、また一軒と増えていったのが、あの商会の由来なのであろう。


 これは、子を大事に思う親の姿ではないのか。証があるわけではない。ただ、そんなことに、筆者はふと思いをはせるのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。