神統断片拾遺 流転神 セレ・ミウ・ターリエ その1
次に第七の座の神について述べる。水と時と魂の巡りを司る、流転神セレ・ミウ・ターリエ。先の第六の座が、あらゆるものを繋ぎ留めて動かさぬ神であったとすれば、この神はその正反対である。何ひとつ留めぬ。留めぬことによって、世を生かしている。我らが老い、季節が移り、死者が還ってこぬのは、ことごとくこの神の御業による。バルギニア版統一神書は、次のように記す。
絶えざる流れの源たる第七の座、水と時と魂の巡りを司る女神。始原が御身を裂きたまいしとき、流れを負いて生まれ出でたまえる、八柱の第七神である。
この神の水は、大地よりも古い。始原の裂け目より溢れし光は、まず水となった。陸は、その深き水の面に、筏のごとく浮かんだにすぎぬ。我らの足の下には岩がある。その岩の下には、いまも、この神がおられる。
その御姿は、水そのもののごとし。丈は高く、八柱のうちにあってもひときわ長い。髪は足元に届くほどに長く、澄み渡る水色をして、水のごとくたえず揺れ、ひとところに留まらぬ。その髪が、常に右の半面を覆うている。ゆえにこの神を仰ぎ見る者は、みな、左の目ばかりを見ることになる。
この神の両の目は、左右で異なる。
左の目は、澄み渡る水色である。底まで見透かせる、浅き流れの色。この目は今を見る。いま在るものを、いま在るとおりに映す。ただそれだけの目である。この神が我らに向けたもうのは、いつも、こちらであった。
右の目は、髪の下にある。この目は、来るべきものを見る。まだ起こらぬこと、これから起こること、そのことごとくを、すでに見終えてしまっている目である。
この目を見た者は、いたって少ない。ゆえに、その色を確かに言いうる者もまた少ない。ある者は、色などなかったと言う。ある者は、そこに映っていたのは覗き込んだおのれではなかった、と言う。
ただ一つ、確かなことがある。水に呑まれ、いままさに沈みゆく者は、みな、この目を見るという。溺るる者には、もはや明日がない。明日なき者を見るのに、この神は右の目を隠す要がないのである。水より引き上げられ、辛くも息を吹き返した者が、しばしば意味の通らぬことを口走る。まだ起こってもおらぬ出来事を、見てきたかのように語る。世に溺者の譫言と呼ばれ、まともに取り合う者は、まず、おらぬ。
なにゆえ、右の目を隠したもうのか。神書はその理を記さぬ。ただ一言、こう記すのみである。この神が右の目をもって人を見たまわぬのは、恵みである、と。
御声は水の音に似る。低く、やわらかく、絶えることがない。ただ一つ、奇しきことがある。この神の言葉は、ときおり時がずれる。まだ起こらぬことを、すでに起こったこととして語りたもうのである。「そなたは、あの橋を渡った」と告げられ、その者が実際にその橋を渡ったのは、三日ののちであった。この類の話が、諸国にいくつも残っている。詩を作る者、歌う者がこの神に願を掛けるのも、ゆえなきことではない。歌とは、流れているあいだだけ在るものだからである。留めれば、消える。
御心を一語で言い当てるのは、難しい。強いて言うなら、手放すこと、であろうか。掬うた水がこぼれるにまかせるように、この神は来るものを迎え、去るものを見送る。惜しまぬのではない。惜しみながら、なお放したもう。
ここで、心せねばならぬことがある。この神には、二つの顔があると、人は言う。
舟を運ぶのも水である。舟を呑むのも水である。畑を潤すのも、村を押し流すのも、同じ水だ。人はこれを、恵みと祟りとに分けて呼ぶ。されどこの神の側から見れば、どちらも、ただ流れているだけのことにすぎぬ。憎んで呑むのではない。愛して運ぶのでもない。手放すとは、そういうことである。掌に載せておかぬとは、落とすということでもある。この神を慕う者が、同時にこの神を怖れるのは、そのゆえである。
御業の第一は、世に流れを通したまいしことである。水は高きより低きへ流れ、季節は巡り、時はただ一方へのみ進む。我らが昨日へ戻れぬのは、この神が一方へのみ流れたもうがゆえである。川は、昨日も今日も同じ名で呼ばれる。されど、そこを行く水は、二度と同じ水ではない。
天より雨の降るは、第一の座の兄神の業である。されど地に落ちてよりのちは、ことごとくこの神の業となる。一滴の雨が土に染み、泉に湧き、川となり、海へ出て、また空へ還る。その長き道のりを、はじめから終わりまで、この神が送っている。諸国では、川ごとに、泉ごとに、小さき水の神を立てて祀る。名も姿も土地ごとに異なる。されど神書は言う。それらはみな、この神の指の先である、と。
この神と、先の第六の座の神とは、よく対にして語られる。かの神が積み上げたる山を、この神は幾万年をかけて削り、谷を刻む。争うているのではない。岩が支え、水が刻んで、はじめて谷は、人の住まいうる形になる。世に最も柔らかきものが、世に最も硬きものを、いつかは削る。二柱は、それを承知のうえで、いまも並んでおられる。
水は、洗う。手を洗い、身を漱ぎ、社の前で口を清める。血も、泥も、穢れも、水は流してゆく。湯の湧く泉が病を癒すというのも、この神の御業である。ただし、思い違うてはならぬ。水は、清めているのではない。運び去っているだけである。汚れは消えたのではなく、下流へ行ったのだ。
今一つの御業は、魂の巡りである。死とはこの神の流れへ還ることであり、生まるるとは、その流れより汲み出されることにほかならぬ。失せし生を呼び戻すことが、なにゆえあれほど堅く禁じられているか。それは、この神の流れを堰き止める業だからである。堰かれた水は、行き場を失う。
そして、この神は告げたまわぬ。右の目は、すべての終わりを、とうに見ている。誰がいつ死ぬのか、どの国がいつ滅ぶのか、この神は知っている。知っていて、一言も言わぬ。神書はその理を、こう説く。告げられた未来は、もはや未来ではない。流れは、指させばそこで澱む。ゆえにこの神は、知りながら黙し、ただ流れを送りつづけたもうのである。
このことを示す語りが、一つある。いにしえ、流転神につながると言われる、ミルダの泉のほとりに、ドルナスという領主がいた。この者、明日を知らぬということに、どうしても堪えられなかった。作付けも、戦も、娘の婚姻も、確かめてから決めたいと願うた。泉にこの神の通いたもう道があると聞き、日ごと通うては、教えたまえと乞うた。
この神は、来るたびにドルナスを見た。左の目で、見た。何も言わなかった。
流れる水を掴むことはできぬ。ドルナスはそう考えた。ならば、流れぬようにすればよい。人を集め、泉の落ち口を石と土とで塞いだ。水は行き場を失い、泉は膨れ、動かなくなった。動かぬ水のうちからは、この神も、流れて去ることができなかった。
ドルナスは堰の上に立ち、いま一度乞うた。教えたまえ、と。この神は、一度だけ首を振ったという。それから、右の半面を覆う髪を、そっと掻き上げた。
ドルナスが何を見たのか、神書は記さぬ。記されているのは、その後のことばかりである。この日よりドルナスは、二度と迷わなくなった。何を問われても即座に答えた。明くる日に何が起こるか、ことごとく知っていたからである。人は、賢明なる領主よと讃えた。
されどドルナスには、もはや明日というものが、なかった。あるのは、覚えている今日だけであった。生涯の残りを、この者は、すでに一度見た道を、ただ、なぞって歩いた。一歩も外れることはできなかった。見てしまったものは、変えられぬ。変えられぬものは、もはや未来ではない。
ドルナスの死せしのち、堰は崩れ、泉はふたたび流れはじめた。この神は、とうに、そこにはおられなかった。
人がこの神に願うのは、たいてい、明日のことである。この子は助かるか。船は帰るか。答えは、髪の下に、はじめからある。それでもこの神は、左の目で、その者をただ見つめたもう。
また王国歴1487年、シレナ湖のほとりの村ミオンの、ニナという女の子の話がある。
この子は、口が利けるようになったころから、覚えのないことばかりを喋った。三十里離れた村の名を挙げ、その村の路地の曲がり方まで言い当てた。会うたこともない男を夫と呼び、名も知らぬ子を案じて泣いた。村の者が調べにやると、その村は実在した。挙げられた名の者たちも、確かに住んでいた。ただし四十年ばかり前に、みな、亡くなっていた。
神書の説くところに従えば、魂は、この神の流れへ還るとき、前の生を洗い落とされる。そうしてまっさらになったものが、また汲み出される。ニナは、洗い残されたまま汲み出されたのであろう。桶を沈めて引き上げてみたら、前の水が底に残っていた。そういうことである。
残っていた水は、少なくなかった。ニナは母を他人の名で呼んだ。とうに終わった悲しみを、毎晩、新しく泣いた。祈祷師も薬師も、手の施しようがなかった。六つになるころには、ものを食べることもままならなくなっていたという。
両親は、この子を湖へ連れていった。ほかに行くあてが、なかった。
その夜のことは、母親自身が語り、村の祠守が書き留めている。以下は、その写しである。
湖は鏡のように静かで、風ひとつありませんでした。わたしは、ニナを水際に寝かせて、そばに座っておりました。何を願えばよいのかも、分かりませんでした。
夜半、水の面を見ておりましたら、わたしの後ろに、誰かが立っておりました。水にだけ、映っておりました。振り返っても、誰もおりません。水の中にだけ、おられるのです。丈の高い、髪の長い、女の方でした。髪は、水の色をしておりました。
その方は、水の中で、うちの子のそばに膝をつかれました。そして、しばらく、じっと、うちの子を見ておいででした。左の目で、見ておいででした。右の側は、髪で隠れておりました。
それから、水に映ったうちの子の、胸のあたりへ手を入れて、掬い上げられました。掬われたものは、水でした。濁った、暗い水でした。
その方は、それを、そっと放されました。
風はありません。それなのに、湖が動きはじめました。川もないのに、流れができたのです。濁った水は、その流れに乗って、遠くへ行ってしまいました。
わたしは声を出そうとしましたが、出ませんでした。ただ、見ておりました。
朝が来た。ニナは目を覚まし、母の顔を見て、母と呼んだ。
濁った水と澄んだ水は、すでに混じっていた。掬えば、両方が掬われる。ニナは前の生を忘れ、それに苦しんだ三年ばかりのことも、いっしょくたに忘れた。
その三年は、母親が、この子を抱えて生きた三年でもあった。祠守の写しは、母親の言葉を、最後に一つだけ書き留めている。
あの子は、あの三年のことを、何も覚えておりません。わたしがどれだけ……いえ。それでよいのです。あの子が、わたしを母と呼んでくれましたから。
ニナはそののち、湖のほとりでふつうに育ち、ふつうに嫁ぎ、ふつうに老いた。晩年は七十を越えていた。何も覚えていない。覚えていないことを惜しいとも思わぬ、と言った。よく笑う人であった。
かの神の恵みは、いつも引き算である。右の目を隠すのも、穢れを流すのも、忘れさせるのも、していることは同じだ。持たせぬ。見せぬ。残さぬ。そうやってこの神は、我らの手を空にしておく。空の手でなければ、次の水は掬えぬからであろう。
これが、統一神書の伝える、流転神の姿である。水色の髪で右の半面を隠し、左の目で今を映す女神。その髪の下では、我らの誰ひとり見たことのない先が、とうに見終えられている。人はこの神を慕いもし、うっすらと怖れもしてきた。




