神統断片拾遺 堅磐神 ガルド・モーン・ダグレナ その2
堅磐神は、他の神々と異なり、これを広く奉ずる教団や信派を持たない。むしろ、冶金・鍛冶をなりわいとする者や、技術者、建築家など、ものづくりに携わる者たちによって信仰され、民草の生活のうちに偏在する神である。とりわけ、婚姻の式においてこの神に誓いを立てることは、広く知られていよう。聖嵐神や聖母神を奉ずる教会であっても、その傍らには堅磐神の像が据えられ、夫婦の誓いを立てる際には堅磐神に誓うのが通例である。地域によっては他の神に誓って婚姻をなす例もあるが、今日ではこの神に誓うのが一般的である。
では、なぜ他の神ではなく、この神に誓うのか。その由来には諸説あるが、第一に挙げられるのは、分かたれたものを繋ぎ留めることこそが、この神の権能だからである。統一神書に記されるように、動き離れゆくものを鎖でもって繋ぎ留め、変わらぬものとしたのが、この神であった。その御業を男女の仲に求め、変わらぬ誓いと、離れることなき情とを堅磐神に祈り願ったところに、その始まりがあるとされる。
余談ではあるが、近年の婚姻においては、指輪を交換する風習が広まりつつある。これを誰が広めたのかは詳らかでないが、もとはアルフート地方の慣習が伝播したものである。かの地方では、子が成人すると、祝いの品の一つとして家の鍵と、それを身につけるための鎖とを贈り、自ら家を出入りしうる一人前の証とした。以後、住む家が変わるたびに、新しい鍵をその鎖に加えていく。そして男女の別なく、婚姻に際して各々の持つ鎖を相手と交換し、共に住まう家の鍵をそこに付けることで、夫婦の契りの証としたのである。この鎖の交換を堅磐神の大地の御業になぞらえたものか、縁起あるものとして各地に広まり、やがて鎖に代えて指輪を用いる簡略な形へと移り変わって、今日の流行に至っている。この地方では、婚姻に際して次のように誓うという。
堅磐の神さま。
今日、わたしらも、それぞれの家の鎖を、交換いたします。
この鎖に、これからは同じ家の鍵をつけて、二つの家を、一つの家族といたします。
嬉しいことは、二人で分けて、倍にいたします。
つらいことは、二人で担うて、半分にいたします。
あなたさまの山が動かぬように、この絆も、動きませぬ。
末永く、仲むつまじく、幸せに暮らすことを、あなたさまに誓います。
契りの言葉は地方ごとに様々であるが、広く用いられる『祈祷文書短集』では、次のように宣誓される。
歩む山とも仰がるる、堅磐の神よ。
幾千の嵐を見送りて、なお揺るがぬ、不動の礎よ。
どうか、われら二人の契りにも、その揺るがぬ強さを、お分けくださいませ。
喜びのときも、悲しみのときも、
晴れの日も、雨の日も、
若きときも、老いたるときも、
離れることなく、寄り添うて、歩んでまいります。
御身の山の動かぬかぎり、この誓いもまた、動きませぬ。
また、別の言いようとして、次のものもある。
堅磐の神よ、われら二人の契りを、繋ぎとめたまえ。
良きも悪しきも、富めるも乏しきも、達者も病むも、
ひとつになりて、離れませぬ。
御身の鉄のごとく、けして折れず、けして欠けず。
この誓い、山のごとく、動きませぬ。
これら二つの宣誓文が、婚姻に際して一般に用いられるものである。
しかし、この神の逸話や御業、あるいは各種の寓話に照らすとき、婚姻を司るという一事のみが、その印象からはいかにも特異であると、筆者は不敬ながら感じることがある。本書を著すにあたり、この素朴な疑問を解こうと文献を渉猟したところ、興味深い寓話に行き当たった。作者不詳の『岩根草紙』なる説話集に収められた一話で、統一神書のいずれの版にも載らず、鉄嶺の村々に古くより語り継がれてきた俗の説話の一つである。いささか長いが、その大意を以下に引く。
いにしえ、鉄鎖の山の麓の、とある谷に、身分を隔てて相惚れし、二人が、あった。男を、ガロといい、貧しき鍛冶の子であった。女を、リーナといい、その谷を治むる領主の、ひとり娘であった。二人は、人目を忍びて睦みあうたが、領主は、鍛冶の子ふぜいに娘をやることを、けして肯わなかった。あまつさえ、川下の富める町の、さる商家に、娘を嫁がせる約定を、すでに結んでいた。春、川の氷の割るるとともに、リーナは、舟に乗せられ、二度と帰らぬ町へ、送られることと、なっていた。
その、送らるる前の夜、二人は、谷を捨てて、山を登った。夜が明くれば、谷じゅうの者が、二人を探しに出よう。逃げ隠るる先など、どこにも、なかった。ただ、中腹に、堅磐神の古き石の社のあるを頼りに、登ったのである。二人は、その社の前に身を寄せあうて膝をつき、祈った。富をも、逃れをも、乞わなかった。ただ、一つ。
「堅磐の神さま。どうか、われら二人を、二度と、分かたれぬように、してくださいませ。」
夜もすがら、二人は、そればかりを祈りつづけた。神は、この上なく、遅い。ひと言も、応えなかった。されど、夜半、地の底より、ずうん、と、腹に響く、重き岩鳴りが、ただ一つ、聞こえたという。
朝が、来た。領主の手の者が、社まで登ってきた。されど、そこに、二人の姿は、なかった。ただ、昨日まで何もなかった社の前に、鉄色の大いなる岩が、二つ、寄り添うて立っていた。二つの岩は、根もとでひとつに融けあい、いかなる鑿もこれを割けず、いかなる梃もこれを引き剥がしえなかった。岩と岩とのあわいには、繋ぎ目のごとき鉄の脈が、ひと筋、走り、その鎖には、端も、留め金も、なく、ほどく術が、どこにも、なかった。
かつて、漂う大地を鎖もて繋ぎ、その継ぎ目を、おのが炉の火もて灼き、融かし、ひとつに縫い合わせたまいしごとく、この神は、この二人をも、根もとで鍛え、融かし、天地の続くかぎり、けして分かたれぬものと、なしたまえり。二人は、二度と、言葉を交わさず、老いることも、なかった。されど、二度と、分かたるることも、なかった。祈りは、そっくりそのまま、聞き届けられたのである。
村の者は、その二つの岩を、契り岩と呼び、いつしか、生涯、この人と分かれたくないと願う者が、その岩の前に立ちて、誓いを立つるように、なった。これぞ、人が、婚姻を堅磐神に誓う、そのおこりである、と、岩根草紙は伝えている。
この話が事実であるか、作りごとであるかは、今となっては知る由もない。しかし、考えてみれば、頷けるところがある。人が生涯の契りに求めるものは、火のごとき恋の華やぎ、そのものではない。その火が、明日も、十年の後も、老いてのちも消えずにあること、すなわち変わらぬこと、分かたれぬことである。恋の火照りを司る神であれば、ほかにもあろう。しかし、変わらぬことを司る神は、天地のうちに、この神をおいてほかにない。人が八柱のうち、最も動かぬ神に生涯の契りを立てるのは、まことに理にかなったことなのである。




