神統断片拾遺 律天神 オルダ・ヴェム・カノーレ その4
さて、本書を記すにあたり、様々な文献に触れるなかで、興味深い一説に触れる機会があった。ある地方の教会に残され伝わる律天神にまつわる寓話である。私たちが普段抱くかの神の印象とは異なるが、これが一つの寓話として長年語り継がれてきたのも何か意味あることではないかと思い、残すこととする。
それは、北の果て、雪深きセルネ地方の古き教会に、『白妙ばなし』と呼ばれて綴られていた、一篇である。かの地の人々は、律天神を、あの厳めしき名では呼ばぬ。ただ、白妙さま、とだけ、親しげに呼ぶ。話は、こう始まる。
むかし、雪の深いセルネの奥に、母とふたりきりで暮らす、幼い娘があった。名を、ユナといった。その年の冬は、ことのほか厳しく、蓄えは尽き、そのうえ母は、重い病の床に臥せった。薬を買う銭もなく、母の息は、日ごとに細くなっていく。村の者に問えば、みな、口をそろえて言うのであった。もう、白妙さまに、おすがりするほか、あるまいな、と。
白妙さまとは、村はずれの雪の中に、ぽつんと立つ、白い獣の顔をした、古い石の神さまのことである。何ごとも、釣り合うか、釣り合わぬか、それだけを、じっと量りたもう、公平の神。ユナは、たった一枚の銅の銭と、乾いた豆をひとにぎり、それだけを懐に、膝までの雪をかき分けて、その古い石の前に、たどり着いた。
どうか、母のいのちを、お助けください。娘は、雪に膝をつき、そう祈った。すると、しんと静まった雪明かりのなか、白い獣の顔が、ゆらりと、動いた。閉じることを知らぬというその双眸が、まっすぐに、娘を見た。そして、見えざる大きな秤が、宙に、あらわれたのである。
神は、告げた。母のいのちは、重い。それに釣り合うだけの重さを、載せよ。載せられぬなら、わたしには、どうすることもできぬ。ユナは、懐の銭を、豆を、片方の皿に、載せた。秤は、ぴくりとも、動かなかった。娘は、手袋を、沓を、身につけた物のことごとくを、載せた。それでも、皿は、微動だにしなかった。ついに娘は、雪の上に、はだしで立ち、震えながら、こう言った。では、わたしのいのちを、載せてください。わたしの残りの年を、ぜんぶ、母さまに。
されど、神の秤は、それでも、釣り合わなかった。幼い者のいのちも、母のいのちも、その重さに、差はない。けれど、ひとつのいのちを救うために、もうひとつのいのちを差し出させることを、この神の律は、ついに、良しとはしなかったのである。神は、告げねばならなかった。釣り合わぬ。わたしは、律の神。律を曲げることは、できぬ。帰るがよい、と。
娘は、帰らなかった。ただ、雪の中に膝をつき、母さま、母さま、と、声もなく、泣きつづけた。その涙が、白い頬をつたい、凍りながら、こぼれ落ちてゆく。そして、そのときである。ひとしずくの涙が、秤の、片方の皿へと、落ちた。それは、娘の涙では、なかった。閉じることを知らぬはずの、白い獣の、その眼から、こぼれた、たったひとつの、しずくであった。
律の神が、その長い長い齢のなかで、ただ一度だけ、泣いたのである。そのひとしずくは、いかなる秤も量りえぬ、重さなき涙であった。にもかかわらず、その一滴が落ちた皿は、ゆっくりと、確かに、傾いた。釣り合わぬはずの秤が、律ではなく、情によって、傾いたのである。その夜のうちに、母の熱はひき、朝には、床の上で、娘の名を呼んだという。
村の者は、いまも語る。白妙さまの、あの古い石の白い面には、片方の頬に、涙のあとのような、細い溝が、一すじ、刻まれている。あれは、あの夜の、たったひとつの涙のあとなのだ、と。そして、こうも言い添える。かの神は、あの一夜ののち、二度と、その眼を、情に曇らせぬと、みずからに誓われた。誰かひとりのために秤を傾ければ、ほかの誰かの釣り合いが、崩れてしまう。だからこそ、白妙さまは、あんなにも、冷たくおなりになったのだ、と。
寓話は、ここで終わる。言うまでもなく、これは、統一神書の伝えるかの神とは、真っ向から食い違う。統一神書は、はっきりと記していた。この神、願いに心を動かされることなく、涙に、ほだされることもない、と。ましてや、その眼は、決して閉ざされぬ、と。されどこの寓話は、まさにその一点を、ただ一夜のこととして、覆してしまうのである。
筆者は、これを事実と言うつもりは、毛頭ない。かの神が涙を流したなどという証は、どこにもなく、あるのは、雪国の石に刻まれた、一すじの溝と、それを語り継ぐ人々の声だけである。ただ、これほど厳格な、これほど私なきかの神について、人々が、わざわざこのような話を、長い年月、大切に語り伝えてきたこと。そのことのうちに、筆者は、ひとつの、ささやかな願いを見る思いがする。最も冷たい公平でさえ、その遠い過去のどこかで、たった一度だけは、誰かのために泣いたことがあってほしい。そう願わずにはいられぬ、やわらかな部分を、である。神の律は厳格なれど、されどその律は非情ではないと思わされる話である。




