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神統断片拾遺 叡智神 クロル・ファナ・シーデリ その4

 さて、話を元に戻そう、三つ目としては、湖畔の町ミレナに伝わる、「忘れ水(わすれみず)の祭り」を取り上げたい。


 年に一度、夏の終わりの宵、抱えきれぬ悲しみを持つ者たちが、湖のほとりに集う。めいめい、忘れてしまいたい一つの記憶を、薄き紙にしたため、小さな青き灯とともに、それを葉の舟に乗せて、暮れゆく湖へと、そっと流す。舟が向こう岸にたどり着く前に、灯がふっと消えれば、その記憶は、神が引き取ってくださった証である、と伝わる。人々は、消えた灯を見届けて、はじめて、声をあげて泣く。


 この祭りに添えられる、古き祈りの言葉は、こうである。


  わすれぬ君よ。すべてを書きとめ、ひとつも失わぬ君よ。どうか、これ一つだけ、わたしに代わって、覚えていてください。わたしは、もう、抱えきれませぬ。あなたが覚えていてくださるなら、わたしは、忘れられます。


 統一神書は、この神の徳を、こう讃える。生まれては消えゆく人の知も、この神のもとでは、ひとつとして失われぬ、と。忘れぬこと、失わぬこと。それが、世界の図書館たるこの神の、誇るべき本性である、と。


 だが、ミレナの人々は、その「忘れぬ神」に、忘れることを願う。そして、奇妙なことに、それは、神の本性に背く願いではない。むしろ、その本性に、深く適っている。なぜなら、人が忘れられるのは、神が、覚えていてくれるからだ。悲しみは、消えるのではない。神の青き書庫へと、移しかえられるのである。何ひとつ失われぬからこそ、人は、安んじて、手放せるのである。


 すべてを記す、というあの冷ややかにも見える本性が、ここでは、世にもっとも優しい慈悲へと、姿を変えている。生きるために、どうしても忘れねばならぬ者を憐れみ、その重荷を、おのが身へと引き受ける神。統一神書の「失わぬ」の一語の裏に、ミレナの人々は、こんなにも深い、忘れさせてくれる優しさを、見出していたのである。


 よっつめは、ひとつの土地の祭りではない。諸国の街道に、炉端に、数えきれぬほど散らばって語り継がれる、昔話の一群である。


 その筋立ては、土地が違っても、不思議とよく似ている。すり切れた青い外套をまとい、一巻の書と、いまにも消えそうな小さき灯を提げた、寡黙な旅人が、日暮れにふらりと、貧しい家の戸を叩く。書と、消えかけた灯。それは、古き図像が、ことごとく叡智神を描くときの、あの書と、あの灯である。されど、戸を開けた者は、たいてい、それと気づかぬ。


 ある話では、わずかな食べ物しか持たぬ家族が、それでも旅人に、最後のひと椀を分け与える。旅人は、礼にと、黄金ではなく、ただ一つの問いへの答えを置いていく。その答えが、のちに、一家を飢饉から救う。ある話では、子の絶え間ない「なぜ、なぜ」を、うるさいと叱る大人たちのなかで、旅人だけが、にこにこと、そのすべてに答えてやり、去りぎわに、その子の額へそっと触れて、「次の問いを、見つける力を」と授けていく。またある話では、旅人をうとんじ、追い返した富者の家からは、その夜、何かが静かに失われ、二度と戻らなかったという。


 もうひとつ、人々がことのほか好む話がある。旅人が、ある寒村の、字も読めぬ老婆の家に泊まったときのこと。老婆は、客に出すものとて何もなく、ただ、長年胸にしまってきた、亡き夫との小さな思い出話を、ぽつぽつと語って聞かせた。旅人は、夜どおし、それに静かに耳をかたむけ、朝、立ち去りぎわに、こう言ったという。「いちばんよい書物を、読ませてもらった」。老婆は、生まれてはじめて、おのれの平凡な一生が、一巻の尊い書物であったことを知り、その日から、背を伸ばして生きたと伝わる。この話に、賢さは、ひとかけらも出てこない。されど、人々がこの旅の神に求めたものは、まさにこれであった。知とは、書庫に積まれた真理の量ではなく、ひとりの名もなき者の一生に、それを尊い一冊として読みとる、そのまなざしのことなのだ、と。


 統一神書の叡智神は、全知の図書館の高みに座し、青き文字に囲まれて、ありとあらゆる真理を、おさめている。遠く、高く、近づきがたい。


 だが、街道の神は、みすぼらしい青の外套で、ひとり、人の中を歩いている。子の「なぜ」に答えるために、貧者の椀を分けてもらうために、わざわざ、低きへと降りてくる。同じ書と、同じ灯を携えながら、玉座の神と、旅の神とは、その立つ場所が、天と地ほども違う。


 人々は、知っていたのだろう。真に頼もしい知とは、手の届かぬ高みにうずたかく積まれた真理ではなく、困ったその時、戸口にふらりと訪れて、たった一つ、必要な答えをくれる、あの旅人のような知なのだ、と。だから人は、遠き玉座の神とは別に、すぐ隣を歩く、もう一柱の叡智神を、こしらえずにはいられなかった。統一神書の語らぬ、この神の、低きを歩く顔である。


 以上、四つ。問巡の祭りの、笑う神。子守唄の、親なる神。忘れ水の祭りの、忘れさせてくれる神。街道の昔話の、人の中を歩く神。これらは、無数にあるそのうちの、ほんの四つにすぎぬ。



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