第8話 魔王軍との邂逅
誰もが必殺を確信したその炎槍はクルクルと円を描き、地面へと突き刺さって消えた。
「誰!?私のフレムスピア《炎槍呪文》が消された!?」
黒コートの人物は、スラピー達を庇うように着地した。大きな角に付けられた金色の耳飾りがチリンと揺れる。
その耳飾りを見たカイが初めて動揺を見せた。
「その金の耳飾り…!お前まさか魔王軍か!?しかも将軍クラスじゃねぇかッ!」
目の前の男には、爬虫類特有の縦に開いた瞳孔に頭に生える二本の大きな角、丸太なような太い尻尾に、袖から僅かに覗けるその腕には瑠璃色の鱗が生えていた。その姿は明らかに人間ではない。
「なんでこんな王国の近くで魔王軍が!?しかも将軍ですって!?」
「やばいやばいやばい!非常にやばい!」
カイの仲間達も信じられないといった様子で驚きの声を上げる。
「た…助けてくれたの?」
スラピーが恐る恐る聞いた。
男は頷く。
「まさか…お主はあの魔王軍ガルか!?」
男は再度頷き、口を開く。
「その男にこの薬を使え。命くらい繋がるハズだ…。そしてここから日が落ちる方向に走り続けろ。エアマウンテンの頂上でまた落ち合おう」
男はそういうと、ガラスの瓶に入った緑の容器をスラピーに渡した。
「あ…ありがとう!!僕達も加勢しなくていいの!?」
「あぁ、正直なところお前達を逃すので精一杯だ。それほどまでにあの男は強い…!さぁ!!走れ!!」
「わかった!!エアマウンテンの頂上だね!行こう!レッドパンサー君!!」
「ガルルルァァッ!!」
目の前の敵との絶望的な戦力差を理解しているスラピー達は、男のいうことを素直に聞くと再び走り出して森の奥へ姿を消した。
「よし…。行ったな」
男は大きく息を吸い込んだ。辺りの空気の温度が上がり、ゆらゆらと揺れた。
「全員下がれぇぇぇぇぇ!!」
その様子を見たカイが慌てて叫んだ。
ーー次の瞬間、視界の全てを覆い尽くす蒼き大炎が巻き起こったのだった。
「アァガァァァァァァァッ!!ゼェ…ゼェ…!!あジガアアッッ!!!」
声にならない叫びを上げているのは、先ほど炎の槍を放った女だった。
両足はすでに焼き焦げ、おまけに燃え盛るような熱気を吸い込んでしまい、声帯と気道が溶けてしまっていたのだ。しかし、彼女はまだマシな方だったと悟ることになる。
なぜなら、一人は跡形もなく消し飛び、もう一人は体から青い炎を上げてジタバタと暴れ回っていた。しかし、ついには線香花火のように燃える首がポロッと落ちて息絶えてしまった。
「だから下がれといっただろ…。残りの二人は…、もうダメか……」
カイは今にも事切れそうな彼女にディア・ヒール《中級回復呪文》をかけると、剣を抜いた。
「お前がいても足手纏いだ。早く王国に戻れ。そして《《叛逆者》》ナラク=ルークスは魔王軍と通じていたと伝えろ。いいな??」
そう言い残すと、カイは魔王軍の男に向かって駆け出した。片手に持つその剣には、すでに紫色の雷が纏われていた。
そして、己の間合いに入った瞬間に神速で剣を振るう。
ーーガキィィィンン!!
男の尻尾とカイの剣がぶつかり合って青紫色の火花が散る。その衝突から生まれた衝撃波で、辺りにあった大木が全て粉々に吹き飛んでいった。
ーー二人の激しい攻撃の応酬はしばらく続き、地図を描きなおさねばならないほどに、辺りの地形をまるっきり変えてしまっていた。
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「この辺で一旦休憩しよう!ナラクにコレ飲ませないといけないし!!」
スラピーは体内から先ほど金の耳飾りを付けた男から貰ったガラスの容器を取り出す。
「そうガルね…、ここまでくれば…!!」
レッドパンサーはぐったりとしたナラクを優しく地面に寝かせた。二人はすでに森を抜け、アルスーン大草原まで辿り着いていた。
気を失っているナラクの様子を見ると、顔は死人のように真っ白で、浅く速い呼吸を繰り返していた。
「ナラク…!コレで元気になって!!」
スラピーは中に入っている緑の液体を、ナラクのぽっかりと空いた深い腹の穴に注ぎ込む。
すると、傷の奥からみるみる体が修復されていき、腹の穴はすっかりと埋まっていた。体中に走っていた葉脈状の電撃跡もスッと消え、呼吸も次第に落ち着いてきた。
ナラクの顔も次第に生気を取り戻していった。すると突然、聞き覚えのある声が辺りに響いた。
「会うのは二度だなスライムと人間」
「会いたかったぜぇ〜!!殺したくてウズウズしてたんだ!」
なんと、草陰から見覚えのある五匹のアースドッグが現れたのだった。
「この忙しい時に〜!!!」
スラピーは苦い表情を浮かべて戦闘体制に入る。しかし、
「あ…、あれ??」
いきなり体が力無くダルんと垂れてしまった。スラピーもまた、受けた深刻なダメージが体を蝕んでいたのだ。
「ギャハハハハ!!コイツらすでにヘトヘトじゃねぇか!!」
「油断せず殺せ。この前はそれでコイツらを逃した」
複数のアースドッグがジリジリと近寄る。
「フレム《初級火球呪文》」
「「ぎぃやぁぁぁぁぁッ!!!!」」
突然、全てのアースドッグが炎上した。炎が消えると、真っ黒な炭が姿を現し、風と共に空気へと溶け込んでいった。
「ナラクー!!元気になったんだね!!」
スラピーがナラクの胸に飛び込む。
「お陰様でな!!ありがとう!スラピー!!そしてあの日助けたレッドパンサー!!」
「お主には借りがあったからガル…」
レッドパンサーは照れ臭そうにそっぽを向いた。
ナラクは二匹にヒールをかけて全回復させると、気を失ってる間に何があったのかを聞いた。
「つまり…、ここから西にある『エアマウンテンの頂上』に向かうってことね」
「そー!!あのとき助けてくれた人が、そこで待ってるって言ってた!何者なんだろうね」
スラピーがぴょんぴょん跳ねながら答える。
「彼は魔王軍の魔物ガル…!!」
「「魔王軍!?」」
スラピーとナラクは目を丸くして驚く。
「ってなにぃ??」
スラピーが知らないのも無理はない。魔王軍とはここから遠く離れた大陸にその拠点を構えている。
「魔王軍っていうのは、簡単に言うと人間に対抗する統制の取れた魔物の集まりみたいなものかな」
「魔王軍が集まる領地には、人間と同じようにいくつかの国が形成されていると聞くガル」
「なるほどぉ〜!!そんな集まりがあったなんて知らなかったぁ。でもなんで、そんな魔王軍が僕達を助けてくれたんだろう??」
スラピーの疑問にレッドパンサーが静かに呟いた。
「もしかしたら…、魔王軍への勧誘かもしれないガル…」
「俺は人間だぞ…、そんなことあり得るのか??とにかく…、その魔王軍の男が待つエアマウンテンに行ってみるしかないな…」
「それに俺はもう人間を許せねぇ…。特にニーナを殺したアイツらは絶対に…!!」
(それとも、ルークス家にずっと閉じこもっていれば…今と違う景色が見れたのか??ニーナは死ななかったのかな。いや…)
ナラクは中にある迷いと後悔を振り払うようにすくっと立ち上がる。
「そうだね!!ナラクを虐める人間なんてやっつけちゃおー!僕もナラクについて行くよ!」
スラピーもぴょんと立ち上がる。
「レッドパンサー君、君はどうする??」
ナラクがそう問いかける。
「お主たちと共に歩む時間は嫌いではないガル。我も仲間に入れて欲しいガル」
スラピーの表情がぱぁっと明るくなる
「わぁぁぁい!!」
「もちろんだ!!今更だけどなんで呼べば良いかな??」
「我は魔物ゆえ、名を持ち合わせていないガル。ご主人様が決めてほしいガル」
「じゃあ、『ガルラ』で!これからよろしくな!!ガルラ!」
レッドパンサーに「ガルラ」と名を与えたその瞬間、ガルラの体にスラピーと同じ《《あの印》》が浮かび上がった。
「あー!ガルラにも僕と同じ印が出たよ!」
「ほんとだ…!もしかして俺の固定スキルによって魔物を仲間にしたという証がこの印なのか?」
ナラクは、スラピーにもシーナにも名前を与えている。今ガルラを仲間にしたこの瞬間にも印が刻まれた。
「さぁ、我の背中に乗るガル!ご主人様!!スラピー殿!!」
ガルラは身を低く屈めて、その背に乗れ乗れと急いてきた。
「ははは笑 ご主人様は女の子に言われたかったぜ…」
「スラピーでいいよ!よろしくね!!ガルラ!!」
そうしてナラク達は、ニーナを殺された怒りを風化しないよう胸の内にしっかりと鍵をかけ、ガルラの暖かい背中にしがみついた。
二人を乗せたガルラが、風を切って西に駆けると、ナラクを長年縛り付けていたアルスーン王国は、景色と共に後ろへと流れて、いつの間にか消えていった。
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《Profile》
ガルラ (レッドパンサー属)
魔物ランク D級
得意攻撃 鎌鼬
好きな物 肉 走ること
嫌いな物 背に誰かを乗せたときに、
皮膚だけをつまみながら掴まる者
・赤紫色の体毛に覆われた体長約三メートルほどの虎型の魔物。三日三晩走り続けても疲れない強靭な体力と脚力を誇る。爪が異常に発達しており、その鋭利な爪は、一撫でするだけで鋼の鎧を容易に引き裂くことができる。魔物ランクはD級だが、D級の中でも強さは上澄みの方であり、限りなくC級に近いD級だ。
ガルラは幼い頃、人間に両親を殺されており、人間に対して強い敵対心を抱いている。しかし、死にかけていた自分を助けたナラクにだけは心を許している。性格は義理堅く、真面目である。得意技は鎌鼬で、その鋭利な爪で空気を切り裂いて真空の刃を的に飛ばす。




