第8話 頂点
カイはゆっくりと剣の鋒をナラクへと向けた。次の瞬間、風を裂き目にも止まらぬ速さで剣先が伸びる。ナラクの体は反射的に動いていた。
「ーーッ!!」
「へぇ…、今の突きを避けれるんだ。やるじゃん」
間一髪で避けたナラクの頬には、パックリとした一文字の切り傷が刻まれていた。少し遅れて生温い血が頬を伝う。
ほんの少しでも反応が遅れていれば、その剣先は虚空ではなくナラクの喉を貫いていただろう。
「おぉ、アイツ!カイの突きを避けたぞ!」
「さっさと殺せばいいのにー」
「応援いるかー?カイ!」
カイから離れた場所で、観戦している三人組が声を飛ばす。
「いや、いいよ。俺一人でやる」
カイは腕を上げて制止する素振りを見せ、三人の応戦を拒否した。
(なるほど…。一人で十分ってことか)
「舐めやがって」
ナラクは再びフレム《初級火球呪文》を放つ。
「はぁ…、センス悪いなお前。さっき至近距離で避けたろ」
カイは肩をすくめて呆れた仕草を見せる。しかし、ナラクの狙いはカイではなかった。
「スラピー!!!」
「まかせて!!」
ナラクの呼びかけに応じたスラピーが、カイと火球の間にぴょんと躍り出た。
すかさずナラクはスラピーに向かって防御呪文を唱える。
「シルド《初級防御呪文》!!」
「あ??なんでスライムが…。ーーッ!!」
「ニーナを…!ニーナを返してよっ!!」
シルドで守られたスラピーにフレムがぶつかり合う。
カッと痛眩しい閃光が通り過ぎたあとに、激しい爆炎が空中で炸裂した。
さっきの爆発を直で受けたスラピーが爆炎を纏って弾け飛ぶ。
しかし、スラピーの体当たりはカイをすり抜け、遥か後ろにある大きな岩盤を粉々に破壊した。
コンマ数秒遅れて激しい地鳴りと轟音がナラクの方へと届く。
なんとカイは目を閉じているにも関わらず、最小限の動きだけでスラピーの攻撃を避けたのだ。
「避けた…!?視界は奪ったハズなのに……!!」
「視界のみに頼るような戦い方をするほど、ヤワな経験は積んでねぇよ」
カイは当然だろと言わんばかりに無表情で答えた。
(クソ…、コイツ想像以上に強い…!)
「それより、お前面白い戦い方するな??あのスライムは友達か??」
カイはそう質問する。
「それがどうしたんだよ」
「やっぱりな。お前、ルークス家の落ちこぼれだろ??」
「!?」
思わぬ返答にナラクは一瞬固まった。
そのナラクの図星を察したのだろう。カイは確信した様子でニタっと笑う。
「イヴァン様から個人的に頼まれてたんだわ。魔物を使う黒髪の青年を見たら必ず殺しておいてくれって」
「お前を殺せば、イヴァン様に借りが作れるんだよ。まさか、魔物狩りの最中で出会えるとは思わなかったがな…」
「なん…だと!?」
(メイドの配給があるから、俺の脱走がバレることは目に見えていた…。だがコイツ今、父から個人的頼まれたって言ったか…!?)
(父は確か、俺の存在が周りに知れ渡ることを一番に恐れていたハズだ…。なのになんでコイツに明かした??)
嫌な予感がする。
「お前、SRは何級だ!?」
「知らなかったのか…。《S級》だ。以後よろしく」
なんと目の前のニーナを殺した憎き敵は、父と同じSR社会に君臨する頂点だったのだ。
カイは再び片手に持った剣を構える。その佇まいには、最初に見せた構えとは比べ物にならないほどの絶対的な圧が込められている。
「ってことで大人しく死んでくれや」
一振りだった。
放たれた剣筋をなぞるように、大地が深く割け進んでいく。その一撃はカイの底知れない強さを表すのに十分だった。
「ハァ…ハァ…。危ねぇ……!」
かろうじて避けたが、その圧倒的な一撃を目の当たりにしてナラクはすでに悟っていた。
この死地から逃れる術はないと…。しかし、未だにナラクが正気を保てるのは、全てを投げ出さないで戦い続けるのは…
ニーナを無惨に殺された怒りの炎が原動力となって、彼の体を突き動かしているからだった。
(ちきしょう…!《S級》に勝てる訳がねぇ…)
「だが、コイツだけは!ニーナを殺したコイツだけは…!絶対に許せねぇ!!!」
ナラクは、二撃目を放つ気配を見せるカイに、手を丸めて照準を合わせた。
「アクラ《初級水呪文》!」
丸めた手の隙間から、圧縮された高圧の水が発射され続ける。
カイは顔色ひとつ変えずに、剣の面でそれを弾き飛ばしながら前進する。
しかし、ここまではナラクの想定内だった。ナラクは第二の呪文を唱える。
「コルド《初級氷結呪文》!!」
「!!」
白い風が吹き付ける。カイに氷結は効かなかったが、水を弾き続けたせいで濡れているその剣は、瞬く間に凍りついた。これで奴は剣を使えない!!
「アシスピ《速度向上呪文》!!」
カイの後ろから、ようやく戦線へと戻ってきたスラピーにバフをかける。そして、移動速度が上がったスラピーは恐るべき速さで奴に飛び掛かった。
「気配で分かるっていってんだろ」
「必殺!スラ・バレッt…ぐぼぉあぁぁぁ!!!」
スラピーの顔面にカイの拳がのめり込む。奴はそのままスラピーを近くの木まで殴り飛ばした。
(くらえ…、今の俺が唱えられる最強の呪文…!!)
「ギガルガン《電磁砲呪文》!!」
「石」「土」「枝」「岩」「砂」ナラクの周りにある全てが、磁力を帯びてフワッと浮かび上がった。
ナラクが手を前に向けた次の瞬間、それらは序速から最高速で撃ち出される。
そのとき、極限まで研ぎ澄まされたナラクの目は捉えていた。
カイの剣先から紫色の電撃が発現し、超高速で飛ぶ全ての散弾を飲み込み消し去ったその瞬間を。
「俺に固定スキルを使わせるとは…、やるなナラク=ルークス」
それは意識と意識の合間を縫うようにヌルっと入ってきた。
ーードンッ!!と腹に衝撃が走る。いつの間にか解凍されていた剣が、ナラクの腹を貫いていた。
「ぐッ!!!」
痛みはもちろん、立っていられないような吐き気や倦怠感がナラクに襲い掛かる。
「特別に教えてやる。俺の固定スキルは紫電雷王…、全てを灼き尽くす超高圧の紫色をした電撃を放つものだ」
腹に刺さった剣を媒介に紫色の電撃がナラクを包み込む。
「グガァァァァッ!!!アアアッ!!」
皮膚の焼き焦げる匂い。体の中で確かに響くパチパチとした内臓の灼ける音。紫色に激しくチカチカと点滅する視界。
腹に穴を開けられた痛みが消えるほどの激痛が、体全体を余すとこなく走り続ける。
しばらくしてカイがスッと剣を抜いた。すると永遠にも思えた電撃による激痛は消え去った。
しかし、莫大なダメージを負ったナラクは気を失ってしまい、膝から地面に力無く崩れ落ちた。
戦いが終わったのだと思ったのだろう。後ろで観戦していたカイの仲間たちが駆け寄る。
「お疲れ様!カイ。けっこー粘ったね!コイツ」
「まさか固定スキル使わされるとはな」
「手加減してたんでしょお?跡形もなく殺しちゃったらルークス家に死体を見せにいけなくなっちゃうもんね」
「まぁな。それにしてもコイツ、習得呪文がかなり多かったな…。初めて見た、これほど多様な呪文唱えられる奴は」
カイはそういうと剣を振り上げた。
「全部は面倒だし首だけ持って帰るか」
振り下ろされた剣が今まさに、倒れているナラクの首に食い込もうとしたそのとき!
「グルルルオオオアッ!!」
どこからか赤い虎が突風のように割り込んできて、ナラクを口に咥えたかと思うと全速力で走り去っていったのだ。
「あいつは、この前逃げたレッドパンサーじゃねぇか!なんで今頃!?」
カイのパーティメンバーだろう大柄な男が驚きながら叫ぶ。
「チッ…!一週間前に取り逃がしたレッドパンサーと奴は繋がっていたのか??逃げられると思うなよ」
ナラクを口に咥えて、森の中を全速力で駆け抜けるレッドパンサーの背には、顔面の傷が特に目立つ満身創痍のスラピーが乗っていた。
「ごめんね…助けてくれてありがとう!昨日のレッドパンサーさん」
「まだ助かってはいないガル。奴らが猛スピードで追ってくるぞ」
「うう!!ナラクもぐったりしてるけど大丈夫かな??今追いつかれたら本当に終わりだよぉ…」
「とにかく、この森から脱出するガル!!」
レッドパンサーはさらに加速した。すでにどんな乗り物よりも速いスピードで森を駆け抜けている。
目の前に見える景色が矢継ぎ早に過去へとすり変わっていく。
「レッドパンサーさん!ジャンプ!急いで!!」
突如、スラピーが叫ぶ。その声を聞いたレッドパンサーは後ろ脚を大きく蹴り伸ばし跳躍した。
下を見下ろすと、紫色の雷が横薙ぎに一閃されたのが見えた。左右から大木が斬り倒される音が聞こえる。
「勘のいいスライムだな…」
「私に任せて。カイ」
カイのパーティの一員が、呪文を唱える。
「フレムスピア《炎槍呪文》」
すると、滞空中のスラピー達に向かって鋭い槍の形をした炎が三槍発射された。
「まずいガル…コレは避けられん!!」
「ごめんね…!ナラク、ニーナ!!僕が弱いせいで……!!」
三槍の燃え盛る紅蓮の炎槍は、《S級》に楯突いた愚かな魔物を無慈悲に貫いたのだった。
ーー誰もがそう思っていた。
彗星の如く現れた黒のコートを羽織る謎の人物によって、三槍の炎槍が消し飛ばされるまでは。
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《Profile》
カイ=ハイルディン (男 37歳)
SR S級
固定スキル 紫電雷王
得意呪文 雷系攻撃呪文
好きな物 魔物狩り 派手な服
嫌いな物 ダサい者
・淡い紫色をしたオールバック風の髪型をしている。四人組のパーティリーダーも務めている。派手な装飾が施された金と黒の鎧に身を包んでいる。SRは最高位の《S級》であり、(SS級は別格なので除く)アルスーン王国での権力も強大。昔から戦闘が好きで、幼い頃より戦闘に明け暮れている。ナラクの父でもあるイヴェルは彼のことを絶大に信頼していて、ナラクの存在を教えるほどでもある。固定スキルは紫色の雷を自由自在に放つもので、そのまま飛ばしたり物に纏わせたりもできる。少しでもそれに触れた者は、カイが許すかその身が灼き朽ちるまで、永遠とその電撃を浴び続けることになる。




