第7話 異変
朝日が昇る。今日という日を引き連れて。全てを平等に明るく照らしていく太陽は、真っ暗な夜を祓いのけるように影へと変えていった。
「キィーーーッ!!」
朝から頭に響くガーグルの鳴き声が洞窟の中で反響する。その煩い声で目覚めたナラクは、重たい瞼が重力に負けてしまう前にベッドから飛び起きる。
テーブルの上には、丁寧に盛り付けされた香ばしい匂いを放つ二人分のシャキシャーキ炒めが置かれていた。
「いただきます」
ニーナが作ったであろう朝食を口へ運ぶ。咀嚼した瞬間、口の中で小気味の良い音を立てながら、ちょうどいい塩梅に味付けされた旨味が広がった。
「美味い…。これ、昨日仕留めたボアトスの肉が入ってるな」
魔物には料理をするという習慣など全くない。しかし、ニーナはナラクと出会って料理の魅力に取り憑かれてしまっていた。
それ以来、ナラクがこだわり抜いて作った台所は彼女に占領されてしまっていた。
「う〜ん……。もう食べられないよぉ〜」
洞窟の中には、寝言を呟きながら熟睡するスラピー以外に誰かの気配は感じられなかった。
(そういえば昨晩、ニーナは朝早くから薬草取りに行くっていっていたな…)
どうやらニーナはすでに、森の中へ出かけているようだ。
給湯器のような形をした魔道具のツマミを回すと、注ぎ口から水が勢いよく流れ出てきた。もう一度ツマミを回し水の勢いを調整すると、さっき平らげた朝食の食器をゴシゴシと洗い始める。
流れるような手つきで食器置きに移そうとした瞬間
「ガシャーン!!!」
突然、身構えるような大きな音が鳴り響く。それは食器が地面で粉々に砕け散る音だった。
「やってしまった…」
ナラクは床に広がる食器の破片をちまちま拾い上げる。
「なんの音ぉ〜??」
さっきの音で目が覚めたのか、スラピーが眠い目を擦りながら起きてきた。
「お皿落としちまった」
「あらら…、朝からツイてないねぇ」
「まぁね…。あ、そこのテーブルに朝食置いてあったから、あったかいうちに食べな」
「わぁぁ!いただきまーす!!」
スラピーは大口を開けてシャキシャーキ炒めを頬張った。
「そういえばずっと気になっていたけど、スラピーの体に付いてる《《そのマーク》》は何なんだ?」
ナラクはスラピーの後ろ側に刻まれているアルファベットのZの中心に縦一本の直線が引かれたようなマークを指差す。
「これぇ??あ!ほんとだ!!いつの間にこんなマークが!!」
「気付いていなかったんかい…」
「あ!僕、ニーナの手の内側にも同じようなマーク付いているの見たよ!」
(スラピーとニーナに付いた謎のマーク…。もしかして俺の固定スキルの影響か何かか?)
「まぁ…、今考えても仕方ないか。よし!それ食べ終えたら俺達も食糧調達に行こう」
「わかったー!!」
そうして朝食を食べ終えたスラピーとナラクは洞窟の外に出る。
少しひんやりと感じる大自然の澄んだ空気と、体の芯から優しく温めていくような朝の光が、寝起きで省エネモードだった二人の体に活を入れたのだった。
(何か変だな…)
森の中へ足を踏み入れたナラクは、その静かすぎる森の様子を見て、何かに心の棘を逆撫でされているような違和感を感じていた。
普段の森は、魔物の気配はもちろん、どこからか聞こえる水の音と木々のざわめき、虫の声や鳥の鳴き声など、様々な音が混ざり合って聞こえてくる。
それがなぜか、全く聞こえないのだ。薄気味悪いモヤモヤとした感覚がナラクの体を包み込む。
「ナラク!!こっちきて!これ…」
何かを見つけたスラピーが、ナラクを呼ぶ。その顔つきは、まるでホラー映画が苦手な子供が恐怖シーンを見るときのような、怯えた表情を浮かべていた。
スラピーの目線の先を見る。すると
「!?」
ーーそこには、辺り一面に広がる激しい戦闘痕。そして、夥しいほどの死が足元に転がっていたのだった。
「これは……、この森で一体何があったんだ??」
倒れ伏した木にもたれかかる半身のない蛇型の魔物、助けを求めるかのように手を伸ばしたまま倒れている真っ黒に焦げた四本手の人型魔物。
中には、数年前にナラクとスラピーを苦しめた強敵アースドッグでさえも、死体の群れとなって積み重なっていた。
明らかにこの森でなにか異常が起きている。今分かるのは、この森でとてつもない数の魔物が何者かに襲われていることだけ。
「うぅ…。ナ、ナラク…。怖いよぉ」
「大丈夫か?スラピー。こっちおいで」
ナラクは怯えた様子のスラピーに寄り添って宥める。すると、何かを思い出したかのようにスラピーが口を開いた。
「ね、ねぇ…。ニーナは無事かな??」
ーーそう。ニーナは朝一人で薬草を取りのために、この様子のおかしい森へと足を踏み入れていた。
「ニーナが危ない!!」
焦げたように黒く染まった地面を蹴り、倒れた木を飛び越えて二人はニーナを探す。
途中でちらほら見かける、目から光が消えた魔物を通り過ぎるたびに、底冷えするような不安感がナラクの体の中を走り回っていた。
二人は必死に駆け回り、ニーナを探した。
「ニーナ!!ねぇ!!どこにいるの!?」
「ニーナッ!!いたら返事をしてくれ!!」
二人の大声が、静寂な森に吸い込まれていく。
(どこだ!!ニーナ!頼む…。無事でいてくれ)
足元で水が四方へと弾け飛ぶ。森の中を見渡しているうちに足元への注意が疎かになり、水溜りを踏み抜いてしまったようだ。
ーーしかし、それはただの水溜まりではなかった。
「なんだ…?赤い水溜まり??いや!これは!!」
それは、雄大な青空と碧く嵩張る樹冠を映し出すいつもの水溜まりではなく、真っ赤な鮮血が暗く黒く酸化したドス黒い血溜まりだったのだ。
そしてその血溜まりの上には…。
「お、おい…。何やってんだよ……」
あれほど探し求めていたニーナが、赤黒い水に顔をつけるようにして、うつ伏せで倒れていたのだった。
「ニーナ、なんでそんなとこで寝てるの??」
スラピーは心配そうに横たわる彼女のもとへ駆けつける。
「何そんなとこで寝てんだよ。ほら帰るぞ」
ナラクはニーナを起こすように揺さぶる。しかし彼女はピクりとも動かない。ナラクは優しくニーナを抱き起こす。
彼女の体はあり得ないほどに軽かった。なぜなら、彼女の腰の下が胴体と泣き別れて、滑り落ちるように地面に落ちてしまったからだ。
ナラクは慌ててニーナの死体に手を伸ばし回復呪文を唱える。緑色の光はニーナの体を包み込むや否や、すぐに四散して辺りに消えてしまった。
そこでようやく二人は、ニーナがすでに事切れていることを理解する。
「なんで…、どうしてこんな事に」
「ニーナ!!ねぇ!なんで!わぁぁぁぁぁぁ!!」
ナラクは、泣きじゃくるスラピーの隣でニーナの体を見つめながら呆然と立ち尽くしていた。
(もっと早くニーナを見つけられれば…。いやそれよりも俺も薬草取りに一緒について行っていれば……)
「ナラク、このままじゃニーナ可哀想…。どこかに移してあげよう??」
「あ、あぁ…、そうだな…。このままじゃ可哀想だ」
ナラクはボヤける視界を手で拭い、ニーナをあの洞窟まで連れて行こうと手を伸ばしたそのときだった。
「あ??何だお前ら??ソイツは俺達の獲物だぞ。何してんだ?」
突如、男の声が聞こえてきた。その声の主は、高そうな剣を背中に携え、黒と金色が主体の派手な鎧に身を包む人間だった。
「どうしたの〜?カイ。魔物でもいた?あれ?こんなとこにスライムいんじゃん」
「おぉ??こんなとこで人と会うとはな!同業者か??」
「どーでもいいから早く討伐集計とろうよ」
その男の仲間だろうか。後ろから続々と人が姿を現した。しかし、そんなことはどうでもいい。
ナラクの頭の中では、目の前のこの男が発したある言葉が、何度も何度もぐるぐる回っていた。
(今、俺達の獲物って言ったか??じゃあ…、ニーナを殺したのは……!)
「オイ。お前耳付いてんのか??だから俺達の獲物横取りしようとしてんだよって言ってんだよ」
最初にナラクに声をかけた男、カイはナラクの腕を掴み上げると凄みをかけた。
ナラクの中で何かが沸点を迎えた。
「……たんか?」
「あぁ??」
「お前らが……」
「何言ってんだか聞こえねぇよ!!」
「お前らがニーナを殺したのかァ!!!!!」
ナラクは掴まれた腕を強引に振り解くと、カイに向かって殺す気で呪文を唱えた。
「フレム(初級火球呪文)!!」
至近距離からカイの顔面に向かって放たれた火球は、虚空を撫でながら飛んで行った。
「アイツ!!カイに向かって呪文撃ったぞ!」
「俺達が魔物を殺したことに怒ってんのか??何でだ…??」
「それよりも同士討ちだよね?これ…。あの人間殺さなきゃ」
カイの後ろにいた三人組は何事かと集まってきた。
「危ねぇなぁ。手を出したからにはもう遅いぞ??殺されても文句言うなよ」
カイはそう言うと、背中の鞘に収められていた剣を抜いた。
「お前ら全員、絶対に許さねぇからな!!」
「僕も戦う!!ナラクッ!!」
スラピーもナラクの前に立ち参戦した。
ナラクはこの森の魔物を殺し尽くしたのは、ニーナを殺したのはコイツらだと確信していた。
今にも体から飛び出していきそうな荒い呼吸を抑えて、微かに微笑む。
なぜならニーナを殺された無念と悲しみと怒りを全てぶつけられる相手がまんまと目の前に現れたからだった。
そしてこの日、この森の中で類を見ない最大級の戦いが幕を開けようとしていた。
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《Profile》
シャキシャーキ (野菜類)
採取ランク E級
採取域 森の中ならどこでも
味 あんまりしない
・この世界の森とかでよく見かける細長い青ネギみたいな野菜。あんまり味はしないが噛み締めるとシャキシャキとするその食感から万人に好まれる。ちなみにその名前の由来もシャキシャキすることから命名された。基本的に何かの料理の合わせ物として使われる。ナラクとスラピーは、ニーナが作る塩と胡椒で味付けされたシャキシャーキ炒めが大好き。




