第5話 外
アースドッグとの死闘から数年の月日が流れ、ナラクはすでに二十歳を迎えていた。
「よし!!これだけデカい『ボアトス』の肉ならしばらく食料も持つだろ!」
ーーズルッ…、ズルッ……。
ナラクはアルスーン大草原の中で、マンモスのような見た目をした動物の死体を担いで歩いていた。
「ナラク〜!ちょっとだけ!ちょっとだけだから〜」
さきほどから、後ろを歩くスラピーが目を輝かせながら涎を垂らし、さっき狩ったばかりのボアトスの肉を「一口くれ」とおねだりを続けていた。
「ダメだって!家に帰るまで我慢しろ!!」
「お・ね・が・い」
「ダメなもんはダメ!」
「うぅぅぅ…」
スラピーは、体をだるーんと弛ませ、あからさまに落ち込んだ様子を見せる。
(この前ボアトスの肉を与えたのが間違いだったか…。てかスライムって普通草食じゃなかったっけ??スラピーだけなのか??肉食に目覚めたのは)
ナラクはやれやれといった表情を浮かべながら歩みを進める。しばらく歩き続けると、広大な川が見えてきた。
二人は、その川に沿うようにして上流へと進路を変える。すでに辺りの景色は広い草原から、たくさんの木が立ち並ぶ森林へと変化し始めていた。
森の中に入ると、一気に風景が変わった。薄暗い上に曲がりくねった根が地表からあちこちに突出していて、気を抜けば足を取られてしまいそうだった。
気をつけながら歩みを進め、森林特有のあの落ち着く匂いに慣れ、匂いを感じなくなった頃だろうか。
「グルルルルル…ルルル……」
どこからともなく、今にも事切れそうなか細い唸り声が聞こえてきた。
「なんの声だ…??」
「ナラクこっちこっち!!」
ボアトスを地面に置き、スラピーが誘導する方へと駆けつけると
「こ、こいつは!!」
それを見たナラクの体に緊張感が走る。
なんとそこには、生気のない瞳を浮かべ酷く痩せ細った赤い虎のような魔物が、木の幹にもたれかかっていたのだ。肋が透けて見えるその身には、夥しいほどの傷が目立っている。
「ボロボロだよ!大丈夫ー!?」
スラピーが心配そうに近寄ると、その赤い虎は力を振り絞って最大限の威嚇を見せる!
「グルルルウォォォア!!」
「わあぁぁぁぁぁ!!!」
突然の威嚇に驚いてひっくり返っているスラピーを横目に通り過ぎ、ナラクは赤い虎に話しかけた。
「何にやられたんだ?その傷」
「なん…だ??人間が我の言葉を理解できる??ならば話は早いガル…!とっとと我を殺すがいいッ!」
「おいおい…。なんでいきなりお前を殺さなきゃなんねーんだよ」
(それにしても、この辺では敵なしの強さを誇るレッドパンサーがここまで追い詰められるなんて…。一体どういうことだ?)
ナラクは目の前の赤い虎に手を伸ばすと、魔力を込めて呟く。
「ディア・ヒール《中級回復呪文》」
淡い緑色の光が赤い虎に向かって伸びていくと、その身を球体状に包み込んでしまった。
数秒経つとその球体は四方八方に弾け飛び、中から傷のない赤い虎が姿を現した。
「こ…これは??傷が癒えて…」
「特別サービスだぜ??レッドパンサーくん」
「ー!!我が名を知っているガルか…」
「魔物図鑑でちょっとね。けっこー強いんだろ?君」
「まぁ、今ではこのザマだがな…」
「あ、そうそう。回復呪文で飢えは満たせないからこの肉を食べるといい」
ナラクは草原からずっと持ち運んできたボアトスの肉を半分に切ってレッドパンサーに与えた。
「ツッ…!!かたじけない。受けたこの恩はいつか必ず返すガル…!」
「あぁ!楽しみに待ってるよ」
「またねぇ!次会ったときは威嚇しないでねぇ」
そうして半分になったボアトスを担ぎながら、二人は再び歩き出す。
「そういえば、なんでナラクはあの子を助けたの〜?」
自身の頭を「?」のマークに変形させたスラピーが疑問をぶつける。
「うーん…。ちょうど食糧担いでいるし、あのままアイツを見捨てて食う肉は不味そうだったからかな?まぁ、気まぐれみたいなもんさ」
「なるほどねぇ〜!」
木々の間をすり抜け、小川を飛び越え岩をよじ登る。すると、透き通るほど綺麗な水が湧き出る小さな湖へと辿り着いた。
辺りには、見上げるほどに高くゴツゴツとした岩壁が、その湖を囲い込むように聳え立っていた。その見るものを圧倒させるような岩壁の一部には、ぽっかりと空いた洞窟があった。
「到着!!あー、疲れた…」
「僕もナラクもお疲れ様だぁ!」
ここは標高もそれなりに高く、見下ろす形であの壮大なアルスーン大草原を望めることができる。すでに日は傾き始め、西から徐々に草原を暖かい色で染め上げていた。
「よし!ほんじゃ行きますか!」
「もうお腹ぺこぺこだよ〜」
二人はまるで、我が家に帰ってきたかのような様子でその洞窟へと足を踏み入れた。
ナラクは二十歳となると同時に、ルークス家を飛び出し、この洞窟でスラピーと共に自給自足の生活を送っていた。
元いた小屋と比べると、それなりの不便さもあったが、それほど広くなく、ひんやりとした風が流れ込むこの洞窟にはナラクの追い求めていた「自由」が詰まっていた。
洞窟の中は、不自然なほどに明るかった。なぜならナラクが、電気の代わりになる魔道具をルークス家から持ち込んできたからだ。
キャンプで使うライトのような形をした魔道具が煌々《こうこう》と明るい光を放ち洞窟内を照らしている。
その他にも、料理にも暖をとるにも使える炎を発する魔道具や、飲み水や体を洗うのに使う水を生成する魔道具など、便利そうな物はあらかた持ってきた。
「おかえりなさい!」
すると、洞窟の中からズンズンと歩く魔物が姿を現し、ナラク達を出迎えてくれた。
「ただいま!」
「ニーナちゃんただいまぁー!」
スラピーからニーナと呼ばれるこの魔物は、モフモフとした毛皮に覆われた二足歩行をする牛のような見た目をした魔物だ。
数ヶ月前、この洞窟で生活するナラク達の目の前に現れ、羨ましそうな表情で「私も仲間に入れて欲しい!!」と懇願してきたのだった。
特に断る理由もなかったので、今もこうして生活を共にしている。
「あ!ナラク!!そろそろ炎を作る魔道具の魔力が切れそうなの!またあとでいいから魔力の補充をお願いできる??」
「あぁ、やっとくよ」
「それにしてもでっかいボアトスのお肉ね!あれ?半分のお肉はどうしたの??」
ニーナが、洞窟内にある倉庫へと置かれたボアトスを見て聞いた。
「途中でお腹空かせていた魔物にあげてきた」
「すっごい強そうな魔物だったよ!」
二人は、ついさっきあった出来事をニーナに話した。
「レッドパンサーね…、この辺じゃ強くて有名な魔物じゃない。なんでそんな魔物が弱っていたのかしら」
「足を滑らせてどこかの崖から落ちたんじゃね??」
「スラピーじゃないんだから…。そんなドジ、レッドパンサーが踏むわけないでしょ」
「ふふ…それもそうか笑」
ナラクとニーナは哀れみの表情を浮かべながらスラピーの方を見る。
「二人とも酷いよぉ。僕なら崖から落ちてもこのぷるぷるの体のお陰で無傷だよ〜!」
((あぁ、落ちはするんだ……。))
「さぁ!!夕飯の準備はすでに満タンよ!冷めないうちに食べちゃいましょう!」
頑丈そうな岩を削り出して造られたテーブルの上には、ニーナが調理したであろう質素ながらも心温まる夕食が並べられていた。
その日、大きな森の中にある小さな洞窟には、あの息が詰まるような小屋では決して味わえることのなかった暖かい何かが、三人を包み込むように充満していたのだった。
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《Profile》
ニーナ (性別 女)
魔物ランク E級
得意攻撃 突進からの突き上げ
好きな物 ウマイダケ 星草ロール
嫌いな物 静電気 森を荒らす者
・体長約1.5メートルほどの二足で立つ牛型の魔物。その体は思わず飛びつきたくなるほどの、真っ白でもふもふとした体毛に覆われていて、頭には内側に向かって十センチほどの角が二本生えている。性格は穏やかであまり戦闘を好まないため、薬草や森の食べ物を採取するとき以外は、基本的に洞窟内で家事をしている。実は怒らせるとものすごく怖く、以前彼女に対して「ちょっぴり太った??」と大失言をかましてしまったスラピーが、猛烈なタックルを浴びて地の果てまで吹き飛んでいる。




