第4話 「自由」と「理想」
アースドッグは空高く跳躍すると、空中で縦に回転を始め、なんと落下しながら斧を振り下ろしてきた。
(狙いは…、俺かッ!!)
「うおおおおっ!」
シルド《初級防御呪文》を展開する暇もなく、ナラクは咄嗟に頭を抱えながら飛び込んだ。
決死の一撃はなんとか避けることができた。標的を外し空を切った斧はそのまま地面に飲み込まれる。
ーーそう思いきや、なんとアースドッグは斧を巧みに切り返し、すかさず第二撃を放ってきたのだ。
「ナラク!危ないっ!もう一撃きてるよ!」
「なに!?くそッ!!」
無理な体制から身を捻り、どうにか直撃は躱わした。しかし、背中に横一文字の灼熱が走る。
どうやら奴の攻撃を完全には避けきれず、僅かに背中を掠っていたらしい。
(クソッ!!早くコイツを倒さないと取り返しのつかないことに…)
「大丈夫ー!?ナラク!」
スラピーが慌てて駆けつける。
「なんとか…!流石に強ぇよ、アースドッグ…!」
強敵を目の前にして視界が狭まるナラクの瞳には、嗜虐的な表情を浮かべ咥えた斧をクルクルと回すアースドッグが映っていた。
「我のみに苦戦しているようではとても…。大人しくその首を差し出すことをお勧めする」
奴はニタニタ笑いながら投降を勧める。
ナラクとスラピーはすぐにその言葉の真意を知ることになった。
「ボス。コイツらかぁ?人間と魔物が組んでるって噂の奴ア」
「スライムと人間か面白い組み合わせだナ」
一匹、二匹、三匹、四匹ーーと、次々にアースドッグが姿を現したからだ。
「わわわ!どれがさっきのアースドッグか分からなくなっちゃったよ!」
「我らは集団で狩りをすることもある。知らなかったか?人間」
「知ってたさ。だから早々と決着を着けたかったんだ」
苦虫を噛み潰したような顔でナラクは答える。
(こうなってしまっては仕方がない…!)
残された選択肢は一つしかなかった。
「逃げるぞスラピー!!」
「うん!!」
二人は敵に背を向け、全速力で走り出したのだった。
「ギャハハハッ!逃げたぜアイツら!!」
「かかれ」
奴らの笑い声が後ろから追いかけてくる。
(単純な足の速さで奴らに敵うはずがない…。何か考えなければ、このままじゃ追いつかれてしまう…!!)
「ハァ、ハァ…ハァ」
次第に呼吸のバランスが崩れ始め、吐き出す空気が供給される空気を上回り始めた。肺は燃えるように痛く、踏み出す足も鉛のように重い。
奴らはこの状況を楽しんでいた。その気になれば一瞬でナラクに追いつけるハズなのに。
「ナラクゥ…!もう僕、走れないよぉ!」
スラピーもそろそろ限界そうだ。
(クソッ!流石にここまでか……。っ!!ついにおあつらえ向きの墓標まで見えてきやがったぜ)
霞む目線の先に二つ並んで地面から突き出ている大きな岩が見えた。
「そろそろ殺せ」
「長かった追いかけっこも終わりだなァ!」
ダラダラ追いかけていた奴らが、ぐんと加速する。
(いや待てよあの岩は!)
何かに気づいたナラクはスラピーに向かって叫んだ。
「スラピー!俺の肩に乗れ!!早くッ!!」
「わ…わかった!」
スラピーはぴょんとナラクの肩へと飛び乗った。そしてナラクは全ての力を出し切り、目の前の二つ並んだ岩へ飛び込む。
「それで逃げ切ったつもりかァ!!」
当然、アースドッグもナラクの後に続く。しかし、奴の足が岩の近くの地面に接地したその瞬間
ドオォォォン!と地面が大きく爆ぜた。突然現れたぽっかりと空いたその穴からは、なんと巨大な蛙が姿を現したのだ。
足場は一瞬にして”捕食場”と化し、真上にいたアースドッグはそのまま蛙に丸呑みにされて地面の中へ引き摺り込まれてしまった。
「ハァハァ…。お前らもアンダーケロッグに喰われたきゃ追ってこいよ!」
ナラク狙い通りだった。ここはあの蛙の狩場だ。
「ボス!この先危険だ!どうしやす!?」
「チッ…、あの人間はコレを狙っていたのか!」
『アンダーケロッグ』とは、アルスーン大草原に生息する背中に岩が二つ生えた巨大な蛙の魔物だ。普段は地面の中にその身を隠していて、自身の体の一部でもある背中の岩のみを、地上に突出させ呼吸をしている。
この魔物の面白い点は、潜伏中に真上の地面に接触した魔物を感知するという点だ。運悪くアンダーケロッグに気づかれてしまった魔物は、奴の体内という暗い世界へと旅立っていく。
魔物であるアンダードッグらは、人間であるナラクにに近づくことができない。
容易に足を踏み入れられない絶対領域に逃げられてしまったアースドッグらは、辺りをウロウロしていた。しかし、どうすることもできず
「ここまでだ。再度ナワバリに入れば、次は遊ぶ間もなく殺す」
「お前らは生かされたってことを忘れるなよ」
「運のいい奴め」
「興が冷めた。帰るぞ」
ついには諦め、踵を返しその姿を消していったのだ。
「助かったぁ…」
「もうダメかと思ったよぉ!ナラク〜」
スラピーは気が抜けたのだろうか、肩からだらっと滑り落ちてきた。
(おいおい!!)
ナラクは慌ててスラピーをキャッチする。
「危ないって!スラピーが地面と接触するとアンダーケロッグは反応しちゃうから!」
「あ、そうだった。ごめんね」
「これで俺らまで喰われておっちぬなんてオチ、絶対嫌だわ!オチだけに!」
「ナラクそれ面白い〜??」
「!?」
そうして生き延びた喜びからか、一頻り笑い合うと、さっきのアースドッグとの戦闘を振り返り始める。
「俺達、全然歯が立たなかったな……」
「一体倒せるかすら怪しかったよねぇ…」
「あー!早く強くなりてぇなぁ!あんなクソみたいな国を出て、一人で暮らしていけるほどに」
ナラクは遮るもののない何処までも続く大空を見上げてそう叫んだ。
「僕も強くなってみんなを見返したい!」
スラピーもそれを真似て、大空へと夢を解き放つ。
ナラクが初めてアルスーン大草原に飛び出したあの日、近くの木の下で一人で泣いている緑色のスライムを見つけた。固定スキルで自身が魔物と話せることを知っていたナラクは、何があったか訳を聞いた。
どうやら多種多様な色のスライムが生息している中で、緑色のスライムは例がなく、その珍しさ故にスラピーは毎日仲間内で虐められ、一匹で泣いていたらしい。
ーー片や「自由」を夢見て強さを求め
ーー片や「理想」を夢見て強さを求め
環境は違えど境遇が似ている二人は、仲良くなるのにそう時間はかからなかった。何より、悪意なく対等に接してくれるスラピーの存在が、常に孤独だったナラクにとって、とても新鮮で心地が良かったのだ。
それ以来、ナラクは毎日のようにルークス家を脱走してはスラピーに会いに行き、強くなるための特訓をするのが日課になっていた。
いつの間にか、地平線の上には赤色の太陽が空を染め上げていた。夜を心待ちしているような大きな月は、待ちきれないとばかりに煌々と輝きを強めている。
ーーもうすぐ日が沈む。
「もうこんな時間か!夕飯までには戻らなきゃ!脱走がバレる」
「大変だ!急いで帰ろう!」
二人は、疲れた足を引きづりながら急いでアルスーン王国の城壁まで戻った。
「じゃあまた明日!!次は基礎練と連携攻撃の練習だな!」
「だね!!アースドッグにもいつか勝てるようになりたいな」
そうして「また明日と」約束を交わし、ナラクは退屈な小屋へと戻るのだった。
「いつになっても慣れないな…。もうちょっと太陽さんも頑張ってくれよ」
帰路に着くその足取りは重く、ナラクは一日の短さを痛感しながら、美味しそうな匂いや人の笑い声が響き合う大通りへと姿を消していった。
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《Profile》
アースドッグ
魔物ランク D級
得意攻撃 斧による連撃
好きな物 新鮮な肉 弱い者
嫌いな物 ナワバリに入る者 強敵
・体長約二メートルほどの犬型の魔物。朱色の体毛に覆われていて、顔には獰猛どうもうな牙が見え隠れしている。特徴的なのはその口に咥えた斧であり、個体によって大きさや形、切れ味が異なる。また、ナワバリ意識が非常に強く、踏み入る者を徹底的に排除する習性がある。基本的には一匹で生活するが、横の繋がりも強く、ボスと呼ばれる一匹のアースドッグが纏めるグループが存在しているらしい。弱い者を痛ぶるのが好きだが、勝てないと判断した敵に対しては、徹底的に逃げに徹する。




