第10話 エアマウンテン
「エアマウンテン」それは、アルスーン王国から西に約四百キロメートル離れた場所に位置する巨大な山脈である。
ーーその山には人間界で広く知られる、ある一つの噂があった。その頂上に辿り着いた者は、何者かによって魔界へ連れ去られてしまう……と。
ナラク達がアルスーン大草原を出発してから二日が過ぎようとしていた。ガルラの脅威的なスピードとスタミナがあってこそだろう、人の足なら丸五日はかかりそうな距離をすでに走破していた。
辺りの景色も見慣れた草原から、激しい地形の起伏が目を引く深い渓谷へと変化していた。おまけにさっきから狼型の見慣れない魔物まで彷徨いている。
「おかしいな…。もう夜か??野営する場所を探さねぇと」
暗かった。渓谷をエアマウンテンな方角へ進めば進むほど、辺りはどんどんと夜にすり替わっていったのだ。いくら夕方とはいえ、まだこの時間ならオレンジ色の光が全てを優しく照らしている時間のハズなのに。
夜になると気温も下がり、凶暴な魔物まで現れる。ナラク達は急いで今夜を凌げる場所を探すことにした。
「わ!!みんなー!!こことかどう!?」
スラピーがぴょんぴょんと跳ねながらナラク達に声をかける。
「おお、いいじゃん!スラピー!ここなら最高だ」
「先に見つけられてしまったガル…」
足の踏み場に気を使うようなこの渓谷にしては珍しい平らな地形。風を遮るように三方を囲む巨大な岩。敵からの奇襲にも強いとされる高所。
スラピーが見つけた野営地は、まさにそんな理想地だった。
ナラクは早速火種になりそうなものを置き、極限まで威力を弱めたフレム《初級火球呪文》で火を起こした。
ぼんやりと明るい火の温かさと、パチパチと乾いた枝が弾ける音が、なんとも心地よい雰囲気を醸し出している。
今日の晩飯は、昼間に狩りをして持ち運べるサイズまで切り落としておいた、ボアトスの肉だった。
「くそぉ…!まだ焼けねぇ!!」
ナラクは焚き火の炎で焼かれているボアトスの肉を、くるくるとひっくり返しながら食べごろを待ち侘びていた。
火を囲った向かい側には、幸せそうな表情で生肉を喰らうガルラとスラピーが嫌でも目に入る。
「わぁぁぁぁ!!ボアトスのお肉んまっ!んま!!とろけるるるるるぅ」
「申し訳ないガル…。ご主人様より先に頂いてしまって」
ナラクに気づいたガルラは、肉に夢中で自分の世界に入っているスラピーとは違い、視線を落とし、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「いいっていいって!気にすんなガルラ!スラピーのやつなんて俺のこと気にすらしてないし」
そう言って焚き火へと戻ったナラクに突然、画期的なアイデアが舞い降りてきた!
(そうだ!少し強めのフレムで直接焼けばいいんだ!!)
ナラクは早速、焚き火から肉を移動させると、点火したときよりも少し強めのフレムを放った。見事火球はナラクの肉に着弾し、ゴオォォォォと豪炎がそれを包み込む。
しかし、一瞬にしてその炎は消えてしまった。
「あれ!?なんで!?」
なぜなら、ナラクの肉という火種が跡形もなく消し炭となってしまったからだった。
「しまったぁ!俺の肉がぁぁッ!!!」
渓谷にナラクの慟哭が響き渡る。その声はここから遠く離れたアルスーン王国まで響いていたとかいないとか…。
「ナラクお肉燃やしちゃったの!?あれ最後のお肉だよね??」
「我が、ご主人様の食べれそうなもの取ってくるガルか??」
「いいよいいよ…、今日は夕飯抜きにするよ。さぁ、そろそろお開きにして明日に備えようか」
ナラクはそういうと、火力が弱ってきた焚き火を蹴散らして消化した。
(今日の見張りは俺か…)
野生の魔物が多く出没する外の世界で、全員が一度に眠りにつくのは無防備で危険な為、三人は順番で誰かが見張りをするルールを決めていた。今夜の見張りはナラクだった。
「スピー…ンゴーー…スピィー…ンガッ……」
よほど疲れていたのだろうか。数分も経たないうちにスラピーのいびき声が聞こえてきた。
「相変わらずスラピーのいびきは面白いな」
ナラクは笑いを堪えながら、辺りに警戒を走らせていく。
数時間ほど経っただろうか。雲に隠れていた月が顔を出し始めた。月明かりが暗闇の渓谷に注がれることによって、今までよく見えなかったこの場所の険しい輪郭が、はっきりと浮かび上がっていた。そしてそれは見えた。
「あれ??なんだあれ…??壁??いや!違うッ!!」
壁とも見間違えてしまうような巨大なそれは、この渓谷を見下ろすように聳える山だった。そこでナラクはようやく夕方の異変の真相に気づく。
(まさか…!やけに早いと思った今日の日没は、この巨大な山が太陽を遮っていたから…!?この辺でそんなに笑っちまうほど高い山なんて、二つとない!間違いねぇ。あれが『エアマウンテン』だ…!!)
ーー気がつくと、燃えるような空色が朝を引き連れてやってきた。もうじき夜が明ける。
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「うわぁぁぁぁ!!なにこれ!?!?」
寝起きとは思えない声量でスラピーが、どっしりと構えたエアマウンテンを見上げて叫んだ。
スラピーが叫ぶのも無理はない。日光によって姿を現したその高峰は天を穿ち、山の三分の二が雲を突き抜けてしまい、その全貌はまるで見えなかった。
夜が明けて改めて日の当たるエアマウンテンを見たナラクでさえも、その雄大なスケールさに圧倒され、感動すら覚えてしまうほどだった。
「ひぇぇ、これ登れるの!?」
スラピーがポカンと口を開けて呟く。
「これは、登れるのか??」
「我ならご主人様とスラピーを乗せて登れるか…??いや、さすがにこの高さは……!」
登ろうとする者を一切と拒むような、険しく切り立った山肌を見て、三人はどう登ろうか考え途方に暮れていた。
しばらく何か手掛かりはないか、この付近を探索していると、自然の一部と化したどこか寂しいような気持ちを彷彿とさせる廃線路が見つかった。
その廃線路の行き先を目で辿ると、どうやらエアマウンテンへと真っ直ぐ伸びているように見えた。
「この線路辿ってみるガルか??何か見つかるかもしれないガル」
「あぁ、ガルラに同感だ。もしかしたらエアマウンテンを登る手掛かりが見つかるかもしれないからな」
意見が一致した三人はしばらく廃線路に沿って歩み始めた。すると予想通り、エアマウンテンのゴツゴツとした山肌へとぶつかった。
そこにはなんと、木組みで作られた今にも崩れそうなトンネルと、ボロボロのトロッコが添えられていた。
「ナラク〜!人間の文字でここに何か書いてあるよー!」
スラピーが入り口に備えられている錆びた鉄のプレートに気づいた。
「ん?どれどれ??かなり古いなこれ…『エアマウンテン頂上直通路』…。頂上直通路!?」
どうやらこのトロッコはエアマウンテンの頂上まで一直線に行ける便利な物だったらしい。
何か手掛かりが見つかればいいと思ってここまで来たが、最高の移動手段を見つけてしまったようだ。
「しかし、問題はこのトロッコは動くのか…??ていうか、ここからずっと登りなのにどうやって頂上まで昇るんだ??」
何か秘密はあるのかと、そのトロッコをよく見てみても、前方に手の絵が描かれた謎のパネルがある以外なんの変哲もないありきたりな物だった。
「とりあえず、ここに手を置けば良いのか??」
ナラクはパネルに描かれた手の絵に自分の手を合わせるようにして触れてみた。
ーーしかし何も起こらない。
「やっぱり何も起こらないぜ」
「これ自体かなり古そうガル。壊れていてもおかしくないガルね…」
「えぇ〜、乗ってみたかったなぁ…、これ」
「いや、待てよ?」
ナラクはもう一度パネルに手を触れてみた。今度は魔力を込めて。すると
「プシュウウウ!!!シュッシュッシュ!!」
「「「!?」」」
なんと魔力を込めた途端に、不動だと思っていたトロッコが生き物のように鼓動を轟かせ、動き始めたのだった。
ナラクを乗せて息を吹き返したトロッコは、ゆっくりと加速しながら線路に沿ってトンネルの中へ飲み込まれていく。
「スラピー!ガルラ!早く乗れッ!!」
ナラクは慌てて二匹の仲間をトロッコに乗せると、ボォン!!といった爆発音を皮切りに、全身の血が後ろに引っ張られるようなスピードで暗闇を切り裂いていったのだった。
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《Profile》
ボアトス (ボアトス属)
魔物ランク なし(魔物ではない)
得意攻撃 体当たり
好きな物 薬草 綺麗な水
嫌いな物 デカい音 落雷 人間
・深い茶色の毛皮に覆われた全長約二〜三メートルほどのマンモスのような見た目をした動物。主に人間界では高級食材とされていて、その身はまさに絶品。獣臭は全くなく口に入れれば霜降り肉のように溶けてしまうそうだ。スラピー曰く、「このお肉を食べているときだけは、誰もが子供に戻るんです。本当の自分を解き放てる…、そんな素敵なお肉です」




