第2話 E級の産声
「オギャアアアッ!!」
窓から見える木々はざわめき、心地の良い春風が部屋に吹き込むある日、一人の赤ん坊の産声がアルスーン王国屈指の病院に響き渡った。
「ルークス様。ナラク君の固定スキルの鑑定結果が出ました。お子様の固定スキルの名称は《魔物使役》です」
無機質な部屋で白衣を着た男が、数時間前に出産を終えたばかりの婦人にそう伝えた。すでに患者衣から普段着へ着替えを済ましたその婦人は、数多の宝石で装飾された青のドレスに身を包み、一目で貴族だと分かる見た目をしていた。
「魔物使役モンスターマスター…??聞いたこともないスキル名ですわね。きっと新生スキルですわ!!SRが楽しみですわね〜」
婦人ことナラクの母、アンネ=ルークスは上機嫌な様子で手に持つ扇でパタパタと顔を仰いでいた。その佇まいからは洗練された気品のような何かが放たれている。
「魔物使役とは、心を通わせた魔物と深い契約を交わし、その契約した魔物を戦わせる攻撃色のスキルのようです」
白衣の男が説明口調で言葉を紡ぐ。ナラクの持って生まれたスキル内容を聞いたアンネは、さきほどの様子とは打って変わり、不安そうな表情で顔を顰めながら聞く。
「魔物と契約ですって…??先生、それは世間的に大丈夫ですの??」
「少々お待ち下さい、ルークス様。それも含めて、新生スキルか否かも調べてまいります」
「よろしくお願い致しますわ」
そう言い残すと白衣の男は部屋のドアを開け、どこかへと姿を消した。
「よかったわねぇ。ナラクちゃん。もし新生スキルならB級は硬いわよ〜!ちゃんと努力してルークス家を背負っていくのよ!」
「ううぁぁう!きゃははは!!」
アンネは、横にある小さいベッドに寝かされているナラクの頬を擦って可愛がる。
この世界では、誰しもが必ず一人一つ固定スキルを持ってこの世に産まれてくる。固定スキルはその内容により《E級》から《S級》までの六段階の階級が存在している。
固定スキルとはそれを持つ者のみに使える特殊能力のことである。例えば、自由自在に火や水を発現させる者。呪文の威力が上がる者、単純に料理が上手くなる者や死者蘇生が可能な者まで、今日まで様々な固定スキルが確認されてきた。
そしてこのアルスーン王国では、その人が持つ固定スキルが攻撃色ならば戦闘職、生産色ならば王国内での業者や職人、呪文色なら魔法使いや医療系といった具合に、生まれ持つスキルの内容でその者の職業やキャリアが国によって決められてしまう。
それほどまでに、この国では固定スキルを重要視していた。要は生まれ持った固定スキルが強ければ強い程、王国内での地位や立場を確立できるのだ。
基本的に、すでに人間界で登録されているスキルを持って生まれる者がほとんどなのだが、ごく稀に、すでに既出のスキルではなく、今まで未確認の新生スキルが判明する事がある。
新生スキルはその貴重さ故に重宝される傾向にあり、少なくとも《B級》より下の評価を与えられることはまずなかった。
「ルークス様、おめでとう御座います。ナラク君のスキルですが、全国データサイトにて検索してみた結果、未登録との回答が出ました」
「まぁ!という事は先生…!ナラクちゃんは!」
「はい。『新生スキル』ということになります」
「鼻が高いですわ!!して先生!ナラクちゃんのSRはいかがでしょうか??」
アンネは鼻息を荒くして白衣の男に詰め寄る。
「それが大変申し上げ難いのですが、上の者に掛け合った結果、ナラク=ルークス様のSRを《E級》とさせていただきます」
「《E級》…!?《B級》の間違えではなくって??」
「はい…。《E級》でございます」
まるで全身の骨が消え去ってしまったかのように、アンナはぐにゃぐにゃとその場でへたり込んだ。
「そ、、そんな。ルークス家から《E級》が生まれてしまったわ。嗚呼…コレどうしましょう…!!」
窓から吹き込む風が凪ぎ、病室の空気の温度が一段と下がる。
母特有の無条件の愛を向けるアンナの姿はどこにも居なかった。その代わり、赤ん坊のナラクに対して、どこまでも残酷で冷たい目を浮かべて見下ろす一人の婦人が立っていた。
この世界では約六百年前から人類は、魔物で構成された魔王軍と領土をかけて激しく争い続けていた。
魔物=大敵という固定観念が植え付けられたこの世界で、魔物を操るナラクの固定スキルは認められるハズもなかった。故に新生スキルにも関わらずに最低ランクである《E級》の落第印を押されてしまったのだ。
そして《E級》であることを聞いたこの瞬間から、母アンネ=ルークスにとっても、ナラクの存在自体が最低ランクに定まってしまっていた。
「私は退院しても良いかしら??そろそろお暇しますわ。退院できる日が決まりましたらご連絡下さる?これを引き取りに参りますので」
地を這うほどに低い声音そういうと、アンネは手荷物を持った。
「かしこまりました。即日退院ですね。ナラク君の件も看護師の方に伝えておきます」
「では、ごきげんよう」
そう言い残すと、アンネは何も知らずに空に手を伸ばし笑うナラクを見向きもせずに、部屋から出ていってしまった。
バタン!と投げやりに閉められた扉の音が、無機質な病室に響き渡った。
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《Profile》
アンネ=ルークス (女 現54歳)
SR B級
固定スキル 言語理解
得意呪文 サポート系 回復系
好きな物 宝石 豪華なもの全般
嫌いな物 黒光りする神速の虫 ナラク
・実年齢より十代程若く見え、気品に満ち溢れた顔つきと透き通ったベージュ色の髪をしている。よく後頭部で丸く束ね、お団子の様にしている。名家で有名なルークス家に嫁いでおり、ルークス家の品格を落とさぬ様に日々努力している。そのためか、常に品格と礼儀を求めており口煩い。固定スキルは言語理解。全ての国の言語を耳から入れても頭の中で自動翻訳できる。しかし、魔物の言葉は理解できない。保有者が少ないため、SRも高め。




