第2話 ルークス家
ここは、ルークス家の豪邸の中にある大広間。壁には中世風の豪華な装飾が施され、床は磨かれたパールストーンのタイル、天井には金色の細部までこだわり抜かれた大きなシャンデリアが吊り下がっている。
そんな部屋の中心に設置された長方形の大きなテーブルには、ステーキやシチュー、ローストビーフ、魚のソテーなど様々な料理が並んでいた。
ナラクより三つ歳上の兄カイン=ルークスは、手元に置かれたナイフで、目の前のステーキを完璧な所作で切り分けていた。
上座には、父でもありルークス家現当主のイヴェル=ルークス。そしてカインの向かいには母、アンネ=ルークスが座っている。
ルークス家の食事は粛々と進み、大広間にカチャカチャと食器が触れ合う音のみが鳴り響いていた。しばらくすると、父がカインに向かって口を開く。
「カインよ。学院での首尾はどうだ?」
「順調です。お父様。つい先日行われた中間呪文考査では一位でした」
「まぁ!良くやったわカイン!あなたはルークス家の誇りよ」
カインは「アドヴァン呪文大学院」での成績を嘘偽りなく答える。それを聞いたアンネは、ぱっと表情を明るくした。
「ありがとうございます。お母様」
「うむ。さすがは我が息子だ。だが《A級》だからといって慢心はするな。ルークス家の名に恥じぬよう努努、努力を怠るなよ」
「はい。愚弟ナラクのようにはなりたくありませんので日々、精進します」
すると突然、大広間にピリピリとした威圧感と緊張感が覆い始めた。
(しまった……)
「やめろカイン…、食事中にアレの話をするな。食欲が失せたわ。おい、これを下げよ」
「かしこまりました」
あからさまに不快感が込められた声音で、イヴェルがメイドに命令する。すると、壁際に立っていたメイドが、二人がかりで上座に座る男の食器を下げ始めたのだった。
「申し訳ありません。お父様」
カインは席を立つと頭を下げて非礼を詫びた。
「もうよい、私はこれより外出する。あとは頼んだぞ」
そう言い残し、父は大広間を出ていってしまった。
「カイン、お父様の前でアレのことは口にしてはだめよ」
アンネは、失言をしてしまったカインに向かって注意をする。
「迂闊でした…」
「ルークス家において、彼はいない者として扱いなさい。いいですわね?」
「はい。以後気をつけます」
「分かってくれたわね!さぁ!!学院に遅刻しますわ。急いで朝食を食べましょう」
そうして、カインはかき込むようにして朝食を口に運んだ。
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「……しました」
「……………さい」
微睡みの中に、鳥のさえずりとぼんやりと聞こえる誰かの声が侵入してくる。
「朝食をお持ちしました。食べ終わりましたら、こちらにご返却ください」
かけられた言葉が鮮明になっていくと共にナラクの意識も覚醒していく。
「もう朝か」
ナラクは重い体を引き起こして、ベットから這い出る。
「どうも…」
ドア横にある配膳用の小さな扉から押し込まれた朝食を手に取る。それを年季の入った今にも壊れそうなテーブルの上に置く。
「いただきます」
今日の献立は、ほぼ水と遜色ないほどに薄められたスープとパサパサのパン、そしてミルクだった。
「いただきました」
味わうこともなく淡々と食べ終え、空の食器を受け渡し口に置いた。すると、待ってましたと言わんばかりに小さな扉が開き、伸びてきた白くか細い手がそれを回収する。
「ガチャン」
外から受け渡し口に鍵をかけられたようだ。次第に足音だけが遠ざかっていく。
ここはルークス家の敷地内に建てられた小屋である。元は倉庫として使用されていたらしいが、今では落ちこぼれナラクを監禁する立派な牢屋だ。
以前、扉の外からメイド達の話し声が聞こえてきたことがある。その話によると父イヴェルは、名家ルークス家に泥を塗る《E級》ナラクの存在を誰にも知られたくないのだそうだ。
しかし追い出したり殺したりしても、必ず何かしらの情報は外へ漏れ出てしまうだろう。そこで困り果てた父は、最低限の衣食と共にこの薄汚い小屋に閉じ込めたらしい。
もちろんナラクはこの息が詰まるほどに閉ざされた空間から、外に出ることを固く禁じられていた。
しかし、そんな言いつけを守るほどナラクは行儀良く育っていなかった。
ナラクはドアの近くで耳をすまし、外に誰もいないことを確認する。そして
「リモール」
と魔力を込めて呟いた。ぼんやりと自身の体が淡く光り始めたのを皮切りに、なんと目の前のドアがみるみる巨大化を始めたのだった。
それはドアだけではない、テーブルや椅子、ベッドなど身の回りの物全てが大きくなっていく。
これは、ドアやテーブルが大きくなった訳ではなかった。「リモール」とは自身を小さくする呪文だ。
元の身長の二十分の一ぐらいまで縮んだナラクは、すっかりと大豪邸みたいに広くなった小屋の隅に向かう。そこにはカバーの付いていない換気口が設置されていた。
そして、ナラクはそれに潜り込むと、這いずりながら外を目指す。
「にしても、お父様も甘々だぜ。換気口が壊されていることに気が付かないなんてな」
トンネルに流れ込んでくる心地の良い空気を存分に浴びながら、ナラクは光溢れる外へと飛び出した。
換気口の出口の近くには、朝露が滴る雑草が生い茂っていた。ナラクはその葉先を、片手でひょいと掴む。ナラクという重りを課せられた葉先は重力に逆らえなくなり、ゆっくりと頭を垂れながら地面へ向かっていく。
完全に落下の勢いを殺すことに成功したナラクは、そのまま地面へと着地した。
そのままミクロの世界をしばらく歩いていると、吸い込まれそうなほど濃い色をした青空で、何物かの甲高い嘶きが響き渡った。
そして驚くべきことに、その声の主は天空から恐るべき速度で下降してきたのだった。
「うおおおッ!!シルド!《初級防御呪文》」
自分の掌ほどもある獰猛な爪が、慌てて放ったシルドに突き刺さる。獲物を仕留めきれなかったそれは、もう一度天空へと舞い戻っていった。
見上げるとそこには、「ガーグル」と呼ばれる鷹のような見た目をした鳥が、再びチャンスを探っているかのように、大空で旋回していたのだった。
(こんなどこにでもいる鳥、元の大きさなら何も怖くないのに…!)
ナラクは今、八センチほどの大きさしかない。ふつうの人間ならいざ知らず、そんな小動物サイズの人間など、ガーグルにとってはただの獲物以外何者でもなかった。
ナラクは急いでリモール《縮小呪文》を解除しようとする。しかし
「あら?ガーグルが何かを狙っているわ。小動物でもいるのでしょうか?」
突如、メイドの声が響き渡る。
この辺りは広大なルークス家の敷地の端であり、食事の配膳以外には滅多に人など来ないハズだった。最悪である。
(今、リモールを解除すればあのメイドに脱走が見つかってお父様に報告されてしまう…。そうすれば誇張ではなく本当に殺されるかもしれない)
(だが、ここでリモールを解除せずこのままの姿でいると、ガーグルに喰われて死ぬという人類史上初の快挙を達成してしまう…。くそっ!一体どうすればいいんだ!)
空から満遍なく降り注ぐ日光に型抜かれた鳥の影が、ナラクの周りを円を描くように回る。それはまるで捕食までのカウントダウンをしているかのように見えた。
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《Profile》
イヴェル=ルークス (男 現56歳)
SR S級
固定スキル 蒼炎極雷
得意呪文 攻撃系
好きな物 己に利をもたらす物
嫌いな物 己の価値を下げる物 ナラク
・SRは《S級》で莫大な富と名誉を持つルークス家の現当主。白髪が目立ち、顔にも年相応のシワが寄っているが、丁寧に整えられた髪型と髭、睨むだけで相手を萎縮させる鋭い目、そして全身から迸る圧倒的なオーラはとても初老を迎えた者とは思えない。固定スキルは蒼炎極雷触れる物を全て溶かす蒼い炎と全てを炭にする巨大な雷を操る。ルークス家の長男であるカインには期待を寄せていて、彼に対して厳しすぎるほどの習い事を課せている。ナラクに対しては存在しない者として扱っており、彼のことを少しでも話題に出すとイヴェルの逆鱗に触れてしまう。イヴェルが唯一恐れていることは、ナラクの存在が知られてしまうことである。
カイン=ルークス (男 現23歳)
SR A級
固定スキル 雷神轟来
得意呪文 攻撃系 雷呪文
好きな物 家族(ナラクを除く) 冬
嫌いな物 水の中 水泳
・ルークス家の長男。顔は整っていて、クリーム色の髪色をしている。直毛。性格はとても良く周りからも好かれている。彼が通っていた最難校アドヴァン呪文大学院では首席で入学している。固定スキルは雷神轟来で空気が張り裂け、大気が震えるほどの高電圧を自由自在に操れる。お気に入りの技は《フルチャージバースト》地面に手を触れ自身の最大電圧を注ぎ込む。半径十メートル以内にその地面に触れている物体は一瞬で感電し、最後には燃え上がって炭となる。空気が乾燥して静電気が起こりやすい冬が好きらしい。




