第17話 人質
「な…なにすんだよ!!」
感謝こそされど、まさかぶたれるとは思っていなかったナラクは、ヒリヒリする頬を抑えながらそう返した。
「こっちの台詞よ!アンタ達が余計なことをするせいで全て台無しじゃない!!」
「全て台無し…??何言ってんだ?」
鋭く発達した犬歯を剥き出しにして激昂する少女の言葉には、怒りと憎悪に似た何かが見え隠れしていた。
「うぐぐぐ!」
「…グルルルル」
「待て!お前ら!何か事情がありそうだ」
二匹はナラクに向けられたそれを察知したのだろう。今にもオーガの少女に飛び掛かりそうなスラピーとガルラを制止する。
「全て台無しってどういう意味だ?」
「私があのままゴブリンに連れ去られていれば、助かったのよ!奴らに連れ去られた私の妹が」
「妹さんが捕まっているのか!?」
「そうよッ!」
ナラクにはこの現場に辿り着いた瞬間感じていた違和感があった。喉に刺さった小骨なような違和感が。
ゴブリンに対してオーガのこの子が弱すぎるのだ。
ゴブリンの魔物ランクはD級、正直に言って今のナラクなら片手間で倒せるレベルの敵である。
しかし、ギルバートに獰猛で危険だと忠告されたオーガ族が、そんなゴブリンにいいようにされていた。
少女の話を聞いてようやく喉の刺さった骨が取れた。きっとオーガに到底力が及ばないと悟っているゴブリンは、この少女を手に入れるため、卑劣にも人質を作ったのだろう。
「それで、ゴブリン共にいいようにされていたのか」
「えぇそうよ!なのにアンタ達が邪魔するせいで妹を解放するどころか、これで殺されちゃうかもしれないじゃない…!!」
妹を救うため、単身でゴブリンに捕まろうとした彼女の覚悟と決意は計り知れないものだったろう。それをのこのこ現れた部外者が、いとも簡単に踏み躙ってしまったのだ。激昂してビンタするのも当然だ。
「すまなかった。そんな事情があったとは」
「謝ったってもう遅いわよ……、今日中にゴブリンの拠点に私が現れなければ交渉は決裂することになっているわ。今そこでノびてるコイツらはその拠点までの案内人だったのよ」
(つまりゴブリンに連行されている途中に出くわしたってことか)
「ゴブリンの言葉は分かるのか?」
「一匹だけオーガの言語を話せるゴブリンがいたのよ」
「なるほどね、翻訳人みたいなもんか」
辺りに転がっているゴブリンの腰巻きを風がなでた。
コイツらは約束を違えた者には容赦しない。もしこの光景が奴らの仲間に知れ渡れば、彼女の言う通りオーガの妹は間違いなく殺されてしまうだろう。
「こうなってしまったのは俺のせいだ。もし良ければ妹さんの救出をさせてくれないか??」
ナラクの言葉に衝撃を受けたのか一瞬の間を置いた後、彼女が再び声を荒げてナラクに詰め寄った。
「奴らのアジトに乗り込んだ瞬間に妹は殺されるわよ!!どう救出するって言うのよ!しかもアンタ人間でしょ??人間の言うことなんて信じられないわ!」
「だが、このまま何もしなくても妹さんは殺されるぜ」
「ーーッ!!」
再びしなる腕が一閃する。しかし、あの強烈なビンタの炸裂音はしなかった。
「それなら可能性のある方に賭けてみないか?君と妹さん二人が助かる道に」
ナラクは彼女の腕を掴むと、真っ直ぐに見つめてそう答える。
「そんなこと…本当にできるの??」
「まぁ、見てな」
ナラクはすっと立ち上がると、後ろで警戒するガルラに向かって呪文を唱えた。
「イツノマニ《無存在呪文》!」
「ご主人様…??この呪文は??」
ガルラにかけたこの呪文は、ナラクとガルラの目には特に何の変化も映さない。しかし、スラピーとオーガの少女の目には驚きの変化が映っていた。
「ピンクの虎が消えたわ!?」
「ガルラが居なくなった!?」
否、スラピー達の目にはガルラがいきなり消えたように見えているが、実際にガルラが消えたり透明になった訳ではない。
この呪文をかけられた対象は、呪文の発動主以外からその辺に転がっている石ころのように認識されなくなる。
ナラクは、魔法転送と共にこの「イツノマニ」の呪文を習得していた。
「この状態のガルラかスラピーをゴブリンの拠点に忍び込ませて妹さんを保護する。そしたら後は暴れたい放題だろ?」
人質さえ居なくなればゴブリン相手に堂々と立ち回れる。
これがオーガの少女も妹も両方助けることができるナラクの作戦だった。
「た…たしかに妹さえ救出できれば、こんなクソゴブリン共一瞬で肉団子にできるわ!」
オーガの少女の目に希望が灯る。しかし、すぐにハッとしてある疑問をぶつけた。
「ゴブリンの拠点はどうやって見つけるのよ?」
「それは、そこに寝ている奴らに聞こうか」
「アンタ…ゴブリンの言語が分かるの?」
「俺は全ての魔物と話せるんだぜ」
ナラクはそういうと、大の字になって気絶している一匹のゴブリンへ向かい、そのピンと立った耳に顔を近づけ
「ワアアァァァァァァァ!!!!!!!」
と大声で叫んだ。
「うううぉぉぉおぁ!!びっくりしたで!なんだぁテメ…ーーッ!!いでぇぇぇ!」
耳元で大声を出されたゴブリンは飛び起き、怒声を上げながらナラクに掴み掛かった。対してナラクはすかさずビンタを入れ、ガクンと膝から崩れ落ちたゴブリンに向かって鬼の形相で静かに語りかける。
「君の家行ってみたいな。案内してくれるかな?」
ナラクの顔は般若と化し、掲げた両手からは火柱が吹き出していた。
「わ、分かったからやめろだで!!その顔でその……、手に炎浮かべるの!!」
「分かってくれたならいいんだ。後もう一つ聞かせてくれ。連れ去られたというオーガの子は生きているのか?」
「生きてますぜ!!頭はたしか、あの子供を人質にしてオーガを二匹狩るって言ってたで!だからまだ生きてるはずだで!」
「そうか。なら良かった」
ゴブリンを脅し終え元の顔に戻ったナラクは、オーガの少女の方へと振り返り親指を立ててグッジョブした。
「この優しいゴブリン君が拠点まで案内してくれるってさ!そして妹さんはまだ生きてるってよ!!」
「本当!?よかったぁ……」
少女の張り詰めていた肩の力がふっと抜ける。
「そ、そしてアンタすごい怖い顔ができるのね」
そして若干顔を引き攣らせながらそう言った。どうやら、ナラクの般若のような脅し顔は、本物の鬼にも通用するらしい。
「だが、交渉決裂したことがバレるのも時間の問題だ。早速向かうぜ!」
「どこにいくのー!?」
「我等、オーガとゴブリンの言語が分からないガル」
ちんぷんかんぷんの様子なスラピーとガルラがナラクに詳細を聞いた。二匹はオーガの言語もゴブリンの言語も分からないのだ。
「そういえばそうか!とにかく時間がない!道中話すぜ!」
「君も準備はいいかい??えっとー、、」
「ニアよ。私の名前はニア」
「俺はナラクだ。よろしくニア」
「フンッ、覚えておくわ」
ニアは照れ臭そうにそういうと、そっぽを向いた。すると、ナラクの会話を聞いているだけで自己紹介のムードを察したのか
「あっしの名前はゴブキチでぃ!ささ、鬼の兄さん!案内は任せてくれぃ」
先頭を行くゴブリンもそう名乗った。
「俺は鬼じゃねぇけどな。まぁ拠点までよろしく頼むよゴブキチ」
そうして魔物四匹を携えたナラクは、ニアの妹の救出のため深い深い山の中を突き進んでいった。
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《Profile》
ニア 〈オーガ族〉
魔物ランク B級
得意攻撃 溜め一撃
好きな物 家族 お花 バッティング
嫌いな物 ナヨナヨした男 寒さ
・体長は約二メートルもあり、二本の立派な角を待ち赤褐色の肌をしている。動物の毛皮で作られた腰の丈ほどの羽織ものをしており、胸には白いサラシを巻いている。性格は男勝りで気が強いが、内に少しの乙女の心が秘められている。戦闘面では頼れる存在でありその豪腕を活かした攻撃は破壊力抜群だ。




