第13話 王との謁見
ひんやりとした薄暗い廊下にコツコツと二人の足音が広がっていく。しばらく歩くと上に通じる階段が現れた。
二階三階とその階段を登っていくと、夥しい量の骸骨で装飾された特異な階層に辿り着いた。
「入れ」
固く閉ざされた両開きの扉の先から、心の奥底まで届くような低い声がナラクに向けられる。
ーーギギギギィ…。ナラクは全体重をかけて重い扉を押し開ける。徐々に太くなっていく縦一文字が、その先の景色を焦ったく映し出していく。
中に入ると、石質の椅子に座る巨大な魔物と目が合った。頬杖をついてこちらを見下ろすその魔物は、今まで味わったことがないほどの圧倒的な存在感を纏っていた。
それは、強固な意を決して来たナラクに対して、一抹の後悔をも感じさせるほどだった。
(一目で分かるッ…!この魔物が魔王だ……!!)
周りを見回すと、後ろにいたハズのギルバートがいつの間にか壁際で立っていた。他にもギルバートと同じ金の耳飾りを身に付けた二匹の位の高そうな魔物が、同じように並んでいる。
「名乗れ」
目の前の魔物が口を開いた。たったの三文字の言葉だった。ただそれだけのことで、自身との格の違いを理解した。
「ナラクです」
のし掛かるプレッシャーを振り払うかのように、ナラクは声を捻り出した。
「我が名はヴォルグ。このガナン帝国の三代魔王である」
魔王ヴォルグがそう名乗った瞬間、傍に立つギルバート含む全ての魔物が片膝をついて敬意を示す仕草を取る。
「ナラクと言ったな、まずはその勇気褒め称えよう。よくその身一つで余の国へ乗り込んできたな。すでにギルバートより聞いておる。お主は人間の身でありながら我ら魔王軍に加わりたいと願っている。それに相違ないか?」
極限まで磨き上げられた紫色の肉体を隆起させ、心臓が止まりそうになるほどのオーラを放ちながら魔王が確認を取った。
恐らくここで返答を間違えれば今すぐにでも首が飛ぶだろう。そう断言できるほどの圧力だ。
「間違いありません」
ナラクは迷う素振りを一筋も見せず、一直線に肯定の矢を飛ばす。
「余を前にして言い切るか。ククク…面白い。それではいくつか問答をさせて貰おう」
魔王はそういうと、骸で飾られた朱色の腰巻きから一冊の古臭い本を取り出し開いた。
(くッ…!問答だと?)
何を聞かれるかおおよそ検討のついたナラクは、頭をフル回転させてルークス家にいた時の記憶を辿る。
しかし、魔王の問答はナラクの予想を大きく裏切るものだった。
「ではまずナラクよ。ここに大きな穴があったとしよう。深さはどれくらいだ??」
「申し訳ありません。俺は国から爪弾きにされていた身で、人間界の事情には疎く……え??」
「二度言わせるでない。ここに穴があったとすれば、穴の深さはどれくらいだ?」
魔王から人間界の情報を根掘り葉掘り聞かれるかと思いきや、なんとそれとは全く関係のない質問が飛んできたのだ。
「直感で答えよ…」
魔王は椅子の腕掛けをトントン指で叩きながら答えを催促する。
(ここに穴があればどんな大きさか!?何て答えればいいんだ…!とりあえず何か答えなきゃやべぇ)
「えっと…、俺の肩ぐらいの深さでしょうか?」
質問の意図が全く理解できないナラクは、ぱっと頭に浮かんできた答えを出した。
「ほぉ…。そうは見えぬが意外とそうなのだな」
魔王は前のめりになると、ニヤついた笑みを浮かべながら顎髭をさする。
(な…なんなんだ。俺の答えは合っていたのか??)
「では次の質問だ。『緑』『青』『紫』『白』この中から好きな色を選べ」
「色ですか…」
(今度は色だと!?さっきから質問の意図が読めねぇ…!ここも深く考えずに好きな色を答えるか…)
「俺は『紫』が好きです」
「ほぉ〜、んん?ヌッ…!!」
手に持つ本とナラクを見比べて、何かに気づいた魔王は顔色を変えて立ち上がると、ナラクとの距離を取るように後ろに下がる。
「紫だとォ!?お主そんな目で余をまじり見ておったのか!この変態め!!」
魔王はナラクを指差してドン引きながら糾弾する。
「えっ、、いや!?変態!?」
思いもよらぬ結果に困惑したナラクは、壁際にいるギルバートへ助けを求めるように視線を向ける。しかし助け舟は来なかった。
目元をピクピクさせながら落ち着きを取り戻した魔王が、再び椅子にどっしりと座る。
「まぁよい。余をどう見ようがお主の自由だ…。これでなんとなく、お主の人物像を掴めた」
つい「だから何の話なんだよ!!」との言葉が喉元までせり上がったナラクだったが、外に漏れ出さないように必死で飲み込んだ。
「魔王軍とは憎き人間から全領土を奪還し、生きとし生ける全ての魔物が平和で暮らせる世界を最終目標としておる。なぜ人間であるお主がそれに加担するのだ??」
円柱型の柱に飾られた燭台に灯る炎がゆらゆらと揺れる。
その魔王の一言により、今までの緩和した空気は瓦解し、ピリピリとした肌を刺すような空気が辺りを包み込む。
突如突きつけられた今回の謁見の核心であろう質問に対し、ナラクは一頻り頭の中で考えをまとめると、言葉を紡いだ。
「それは、俺の居場所が魔物の世界にあるからです」
「ほぉ…。なぜそう思うのだ」
魔王のみならず、この空間にいる全ての魔物の注目がナラクに突き刺さる。
「人と魔物、両方に触れてきたから分かります。そして人の悪意と魔物の優しさにも…。俺は、人の世界を飛び出し、心許せる魔物と一緒に外の世界で暮らしていたんです」
語り出していくうちに、ナラクの拳に力が入る。
「だけど人間はそれすら許してくれなかった…。家族同然だったある一匹の魔物を無慈悲に殺しやがったッ!!」
心の奥底にしまっておいた想いが、涙となって溢れ出る。取り繕っていたものが全て流れ落ちたとき、そこに残っていたのは純粋な想いだった。
「俺は…、人類の敵です」
静まり返った空間にナラクの声が響き渡る。魔王はしばらく腕を組んだまま黙っていると
「そうか、大変だったな…。これからはこのガナン帝国を故郷だと思って良いぞ……グスッ」
目頭を押さえながら、そうナラクに優しく語りかけたのだった。
「魔王様。ハンカチでございます」
「助かる……」
ギルバートから貰ったハンカチで魔王が涙を拭うと
「お主の心の底から出たその言葉に、嘘偽りの気配など微塵も感じられぬ。歓迎するぞナラク。余はお主を信じよう」
そう柔らかい声音でナラクを認めた。
「ッ!!ありがとうございます!」
張り詰めていた空気が弛緩する。そうしてナラクは魔王直々に、魔王軍への加入が認められたのだ。
(よかった…、これで魔王軍の仲間入りだ。見ててくれよニーナ。これが俺の第一歩だ)
謁見を成功させたナラクは心の中でガッツポーズをする。
「では魔王軍のナラクよ、早速で悪いが任務を授ける。ここより遥か北にあるオーガの里に行き、そこに住むオーガ族全てを魔王軍に迎え入れよ」
「詳しい話はギルバートに聞くといい。これにて謁見は終了だ。良い知らせを待っておるぞナラク」
魔王はそう告げると、椅子から立ち上がり奥の部屋へと姿を消してしまった。
ギルバートの隣にいた、マスカレードマスクのような仮面を付けた黒のローブ姿の魔物も部屋を退出する。同じように歴戦の跡が刻まれた甲冑と腰に剣を携えた半獣人型のライオンも去るのだろうと思いきや、なんとナラクに話しかけてきた。
「俺の名前は『アライ』だ。そこのギルバートと同じ将軍をしている。お前…、ナラクって言ったな!すげぇな。人間なのに魔王様に認めてもらえるなんてよ」
アライと名乗った魔物は、朗らかな笑顔を浮かべて手を差し出す。
「あ、ありがとう!そうなのか?」
ナラクも握手に応じる。
「あぁ!!それに魔王様直々に任務を与えるなんてな。魔王様に相当気に入られたな!かなり難しい任務だがオーガの里の統合、頑張れよ!!」
アライはナラクの胸をトンと叩くと、親指を立てて退室した。
(アライ…か。随分と気のいい魔物だが、ギルバートさんと同じ歴戦の気配を感じる…)
「魔王軍加入おめでとう。そしてよくやったな。お前なら魔王様に認めてもらえるだろうと信じていた」
後ろから歩いてきたギルバートがナラクの肩をポンと叩いてそういった。
「ギルバートさん…、始めにされたあの正解がよく分からない質問なんだったんだ??」
「我にもよく分からぬ。あの本を手に入れて以来、魔王様はたびたび我らにも同じような質問をなされる」
「そうなのか……」
(結局、紫ってなんだったんだ…!!)
「それよりもナラク、与えられた任務であるオーガの里について話をしたい。ひとまず家に戻るぞ、スラピーとガルラもすでに待っているハズだ」
「あぁ!魔王様からの直々の任務だし失敗する訳にはいかねぇ!!」
そうして魔王軍の一員となったナラクは、ギルバートと共に家路を急いだ。
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《Profile》
ヴォルグ
魔物ランク SS(最重要討伐対象)
得意攻撃 ???
好きな物 部下のプライベートな秘密 心理
テスト お花
嫌いな物 野菜 嘘をつく者
・人型の魔物で魔王軍三大帝国の一つでもあるガナン帝国の現魔王。阿吽像を彷彿させるその肉体は紫色で、頭部には湾曲した黄金色の角が二本生えている。朱色の腰巻きに飾られた三つの骸は、過去にヴォルグを苦戦させた人物の頭蓋であり、記念として着飾っている。性格は意外と乙女チックでお花が好きである。その性格故、ガナン帝国の住人からは慕われているが、一度敵対してしまうと容赦がない冷徹さも併せ持つ。また、心理テストに酔狂していて、度々ギルバートらに質問しては困らせている。




