第12話 魔物の国「ガナン帝国」
「さぁ、そろそろ着くぞ。我が所属する魔王軍第三帝国『ガナン』に」
黒コートの男がそう言うと、悠々《ゆうゆう》と空に浮かぶ黒のドラゴンが徐々に高度を下げ始めた。分厚い雲の絨毯を突き抜けると、石の壁でぐるっと囲われた巨大な集落が姿を現した。
「これが…!魔王軍の拠点ガルか…!?」
「わぁぁ!!ナラクの住んでた所みたいにデカいねぇ!!」
「あぁ…!デカい!!一体何体の魔物が集まってるんだ!?」
眼下に広がる巨大な集落を見て、ナラクは身震いした。
それは、夥しい魔物の気配によるものなのか、新たな物語の幕開けを予感させる武者震いだったのか、ナラクには判別つかなかった。
「着地するぞ。舌に気をつけろ」
黒のドラゴンは、帝国の入り口と思われる場所に丁寧に着陸すると、ナラク達が降りやすいように身を屈めた。
「お疲れ様です!ギルバート様」
物見櫓の上に立つ、人と竜を足して二で割ったような二匹のリザードマンが黒コートの男に挨拶をした。
「ご苦労。彼が件の魔物使いの人間だ。入国しても良いな?」
「ハッ!問題ありません!」
「よし、では行こうか」
「あぁ!!」
そうしてナラク達は、文字通り前人未踏の地でもある魔王軍の第三帝国「ガナン」へと足を踏み入れたのだった。
土を強固に固めて作られた地面を歩きながらナラクは辺りを見回した。堅穴式の住居にさっきの物見櫓、そしてこの土の地面。
遅れている…。ガナン帝国とは名ばかりで、明らかに人間界よりも文明が遅れているというのがナラクの第一印象だった。
「あれが例の人間よ…」
「なぜこの国に人間なんて入れたのかしら」
「シッ…。ギルバート様に聞こえるぞ!!」
半人型の豚オークや石で構成されたゴーレム、四つ足で歩く虫型の魔物キラーバグなど、この国の住人であろう様々な魔物が、遠くからナラク達に好奇の目を向けてヒソヒソ話していた。
どの魔物も、ナラクを歓迎していないことは空気から察することができる。
「申し訳ないな。魔物は遥か昔より人間と争い続けている故、人間に良い印象を持つ者がいないのだ。我がいる内は手荒なマネはしないと思うのだが」
「仕方ない…。人間と魔物の間にある溝は、十分過ぎるほどに理解しているぜ」
「かたじけない…。そして申し遅れたな。私の名は『ギルバート』このガナン帝国の将軍を務めている」
黒コートの男…ギルバートはそう名乗った。
「俺の名前はナラク=ルーク…。いや、ただのナラクだ」
「僕はスライムのスラピーだよぉ!」
「レッドパンサーのガルラと申すガル」
ナラク達も各々自己紹介をした。
「ふむ。ナラクにスラピーとガルラか。これからよろしく頼む」
「将軍ってことは、ギルバートさんもしかしてかなり上の立場の方??」
ナラクは恐る恐る聞いた。
「ふむ…。魔王様が治めるガナン帝国において、次席でもある将軍の枠は三枠しかない。我はその内の一枠ではあるな…」
「めちゃくちゃ偉い人じゃないすか…!敬語とか使うべきでしたか??」
ナラクは引き攣った顔で苦笑いを浮かべた。
「別に役職が付いているだけだ。今まで通りで構わん」
しばらく歩いていると、目の前に生活感のない民家が見え始めた。ギルバートは真っ直ぐその民家へ向かっていく。どうやらここが目的地のようだ。
「今日は疲れただろう。そこの民家がお前達の家だ。特別に夜食も用意してある。ゆっくり休むといい…。また明日、迎えに来よう」
ギルバートはそういうと、来た道を引き返していった。
「わぁ!!新しいお家だー!!すごいいい!」
スラピーは新しい住居に大喜びらしく、室内を走り回っていた。三人分の敷布団にテーブルと椅子。それなりに家具は揃っている。たしかに以前暮らしていた洞窟と比べれば、革命的な好物件だろう。
「これ何に使うのー!?」
スラピーは一通り暴れたあと、丁寧に敷かれた敷布団の上で跳ねながら聞いた。
「ガルラは分かるか??」
「ングルルル…、爪を研ぐ場所ガルか…??」
「ギルバートさんに怒られるから辞めてくれ笑。それはだな…」
ナラクは敷布団の上に身を委ねると、端を持ってクルクルと手巻き寿司のように布団を巻き込んだ。
「こーやって寝るものさ」
ナラクはスラピーにドヤ顔でその状態を見せつける。
「わぁぁぁぁ!!僕もやる!!」
「こんな素敵な寝床があるガルか!!進んでいるガル!ガナン帝国…!!」
スラピーとガルラもナラクの真似をして、ぐるぐると布団を巻き込んだ。体の四方八方を布団に囲まれ心地いいのだろうか、二人はうっとりとしていた。
「なんて最高なんだ…。幸せな絶対空間だよぉ」
「意識が遠のいていくガル…」
「よし!間抜けなミノムシの完成だな!!」
いつの間にか一人だけミノムシ敷布団を解除していたナラクは、大笑いしながら二人を指差してからかっていた。
魔界の夜も特段変わり映えはなく、見慣れた闇が全てを包んでいた。
すでに用意された夜食を食べ終え、時間が余った三人は、これから長い付き合いになるであろうガナン帝国を散策していた。
「機嫌直してくれって〜、謝るからさ」
ナラクはさっきの敷布団の件で騙され、ぷりぷり怒っているスラピーに謝りながら松明で照らされた道を歩いていた。
「もういいもん。怒ってないもん」
もちもちの頬をぷくっと膨らませているスラピーは、ナラクの方を一瞥もせずに答えた。
「それにしても、人間はやっぱり嫌われてんだな…。周りの魔物が避けていくぜ」
「徐々に打ち解けるしかないガルね…」
現在、様々な出店が立ち並ぶ魔物で溢れ返った賑やかな大通りを歩いているにも関わらず、川の流れを妨げる岩のように、ナラク達の周りには空間が生まれていた。
その空間に、食欲を呼び起こす香ばしい肉の香りが入り込んでくる。
「あそこの店で何か売ってるぜ!飯食ったけど小腹が空いちまった…!何か買おう!」
ナラクは、横綱のような大きさをしたムチムチの人型の猪が切り盛りしている屋台に駆け込んだ。
「へい、いらっしゃ……、あら??アナタ、今をときめく人間さんじゃない。ナニ食べる??『ボアトス』に『コケトリス』、『ブギー』の肉があるわヨ」
猪は三種類の生肉のイラストを、ピンク色の指で差して注文を聞いてきた。
「じゃあ、ブギーの肉を三人前貰おうかな??あ、ガルラとスラピーも同じでいいか??」
「いいよぉ!!」
「かたじけないガル」
安定のボアトスを選ぶのもアリだったが、聞いたこともない動物の肉が気になり、冒険してみることにした。
「アナタ本当に魔物の言葉を話せるのネ!オーケーよ!!ブギーの肉三人前で1200ルピーね!!」
(確か、この国で何をするにもルピーが必要だってギルバートさんが言っていたな。ルピーが無ければ物物交換でも可能だとも…)
「あぁ。俺は特別らしい。そしてすまないが、この国に来たばっかりでルピーを持ち合わせていないんだ。これでどうだろうか?」
ナラクは懐から、以前使っていた水を作り出す魔道具を取り出した。
「物物交換ね!ナァニ?それ。ちょっと見せて頂戴」
猪は魔道具を受け取ると、物珍しそうに観察していた。
「そこのツマミを回すんだ」
ナラクが魔道具のツマミを回すと、注ぎ口のような部分から綺麗な水が勢いよく飛び出した。
「!!??」
「こんな簡単に大量の水が…!?アナタこれどこで手に入れたノ!?軽く見ても国宝級ヨ!?」
目玉が溢れ落ちそうなほどに目を見開いて、猪が叫ぶようにして驚いていた。
「何もない置物から水が!!??」
「アレがあれば水なんて使い放題じゃないか」
「オイオイ…冗談だろ?」
ふと気がつくと、辺りがザワついていた。いつの間にか、この肉屋を囲うようにして魔物の野次馬が集まっていたようだ。
「こんな大層なモノ釣り合わないワ!!ワタシのお店にある肉全部差し出しても釣り合わないわヨッ!!」
猪はそういうと下から木の桶を取り出し溢れ出る水を貯め始めた。
桶に表面張力が働くほど水が溜まると水を止め、預かった魔道具と木の箱に詰められた生肉三人分をナラクに差し出した。
「この桶一杯の水で十分だワ!!ほらブギーの肉三人前ヨ!!」
「お…おう!いいのか??そんな水だけで」
「イイわヨ!!貰いすぎなくらいだワ。この国で綺麗な水を採取するには、あそこの高い山の湧水が出る場所まで行かなきゃいけないノ。だからここまで綺麗な水はとても高価ヨ!!」
ナラクは魔道具とブギーの肉を受け取ると、改めてこの魔道具の価値を思い知った。
(この国で水はかなり貴重な物なのか。つまりその水を無尽蔵で生み出せるこの魔道具は革命並みの道具ってことね…!!)
「アンタ、良い人なんだな。いや…良い魔物か!普通の奴なら黙って持ってくぜ??」
「フン…!!誰かを騙して食べるメシは不味いのヨ」
猪は照れ臭そうに鼻息をフンスフンスしている。
「じゃあ、そろそろ戻るよ!ありがとうな!!親切な肉屋さん!」
「キャサリンでいいわヨ!!また立ち寄って頂戴!!サービスするわヨ」
(アルスーン王国ではこんな気前のいい奴いなかったな笑。肉屋のキャサリンか。また通おう…)
ナラク達が再び歩き出すと、野次馬の魔物達が避けるようにして再び道を開けた。
「ほらよ、スラピーとガルラは生肉で食べるだろ??」
ナラクは先ほどキャサリンから水と交換で貰ったブギーの肉を二人に渡した。
待ちきれんとばかりに、早速二人は貰った肉にかぶりつく。
「んままままぁぁい!!ナラクー!!これ脂身がジューシーフィーバーだよ!」
「これは…!!我、ボアトスよりもピギーの肉の方が好みガル…!!!!」
ガルラもスラピーも目を輝かしてブギーの肉を一心不乱に食べていた。ことスラピーに至っては、すでに怒っていたことも忘れているようだ。
「そんなに美味しいのかよ…!俺も帰ったら焼いて食おう」
ギルバートから貰った住処に辿り着くと、スラピーの猛攻撃を受け流し、ナラクは絶妙な火加減で焼いたブギーの肉に舌鼓を打った。そのまま三人は、テンション高めに語り合うと、倒れるようにしてフワフワの寝床で気絶したのだった。
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《Profile》
ギルバート (???)
魔物ランク 未分類
得意攻撃 蒼炎のブレス
好きな物 朝の空気 空
嫌いな物 公共の場で下品な冗談を言う者
・二本の大きな角と全身を包む瑠璃色の鱗、丸太のように太い尻尾が特徴的な人型の魔物。そして遥か昔に絶滅した龍神族の血を引いている。体長は約二メートルはあり、普段は黒コートに身を包んでいる。ガナン帝国で三人しか存在しない将軍の位を持っており、その証拠でもある金の耳飾りを角にくくりつけている。ガナン帝国の住民を説得し、魔物と会話できるナラクの魔王軍勧誘を画策したのはギルバートでもある。今の人型の姿は仮初の姿で、本当の姿があるとナラクは睨んでいる。




