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日が沈むぎりぎりに目的地の町に着いた。露店などは店じまいをしているが、その代わりに酒場が明るくなってきて中から笑い声が響く。


「やっとついたね。あんたの連れはどこにいるかわかる?」

『いま、町に着いたよって連絡したの!』


よじよじと上着のポケットから這い出て肩に登ってきた小人族の代表の子は胸を張った。


「ほう。小人族とはね。ずいぶん懐かれてるんだね、あんた」

「まあ、色々ありまして」


ふうん、と面白そうに笑ったアリアさんはけれどそれ以上詮索してこなった。小人族が人に懐くのは珍しいことだとはわかっているからなるべく隠れるように言ってるのに聞かない。


ポケットに戻るよう促すと、きゃーと楽しそうにはしゃぎながら素直にポケットに収まった。可愛い。


「アタシは冒険者組合(ギルド)に報告に行けどあんたはどうする?」

「あー、行きます。そこで待っていた方がわかりやすいかもですし」


小人族の子に連絡を頼み、アリアさんと一緒に冒険者組合(ギルド)へ向かった。白壁に緑屋根が印象的な冒険者組合(ギルド)は夕方でもまだまだ人の出入りが激しい。


扉を押し開ければ、付近にいた人々の視線がこちらを向く。そしてその中の一人がにこにこと笑いながらこちらに歩いてくるのが、アリアさんの背後から見えた。


「おー、アリア。随分遅かったな。……ん? そこの嬢ちゃんは?」


薄い茶色の髪を短く切った精悍な男性が背を丸め、私を覗き込んだ。背が高く筋肉質なせいか妙な圧迫感がある。思わずアリアさんの服の裾を握れば、アリアさんが低くなった男性の頭をひっぱたいた。


「やめな。怯えてるだろ、まったく。この子は魔物の群れに襲われてたから助けただけさ。この町に連れがいるんだと」

「相変わらず乱暴な女だな。ま、今に始まったことじゃねえか」


肩を竦めた男性は私の頭を撫でると怖がらせてごめんなー、と謝ってるのか微妙な謝罪をしてくれた。


「あ、いえ。私こそ失礼な態度をとってしまって……申し訳ありません」


とても気の良さそうな人なのに、大きさに圧倒されて挨拶しないなど失礼だった。これでは子供の警戒心と大して変わらない。自身の子供っぽさを反省しつつ頭を下げた。


「……なにこの嬢ちゃん。聖職者かなにかか?」

「言いたいこともわかるけどね。この子は薬師だよ。大陸に群生してる薬草や花を採取する旅に出てるんだと」

「へえ。こんな小さい子がか。偉いなあ」


わしゃわしゃと頭を撫でる彼には申し訳ないが、列記とした成人である。それを伝えようとするも、男性は話を聞かずに依頼があるとかで去っていってしまった。


「……あいつの誤解はアタシが解いとくから安心しな」

「……お願いします」


アリアさんは私の肩に手を置き、そう言うと依頼達成報告のために受付に行ってしまった。私は座れる場所を探し、腰掛ける。


『もうすぐ着くらしいの!』


ぴょこん、とポケットから顔だけを出した小人族の子の頭を了承の意を込めて人差し指でぐりぐり撫でる。


シュルトさんが来て下手に騒ぎになる前に表に出るか、と腰を上げたところで入口の扉が開いた。


その瞬間、すべての音が消えた。騒いでいた冒険者達も、受付でなにやら手続きをしている人も職員も皆時間が止まったように動きを止め、ある一点を呆然と見つめている。


「アンジェさん!!」


その場の視線すべてを華麗に無視して入ってきた彼は、核兵器並みの威力を誇る笑みで私に駆け寄ってきた。


まともに視界に入れた何人かが倒れていくのが彼越しに見える。わかっていたからこそ避けたい状況だったのに、間に合わなかった。


「……この子達と私たちの感覚が違うの忘れてた……!」


頭を抱えたくなった。


小人族の伝達はとても役に立つのだが、人間がそれを使う場合に欠点がひとつ。それは距離の感覚である。


私たちのもうすぐと彼らのもうすぐには開きがある。それはもちろん圧倒的な体格差によるもの。足のコンパスが違いすぎる故だ。


なので、彼らのもうすぐは、私たちでいう目の前になる。


「……顔色が優れないようですが、なにかありましたか? まさか怪我でも!?」

「……いえ! 特になにもないです! 本当です!」


いつもの優雅なシュルトさんはどこへ行ったのか。私の肩を掴み、詰め寄ってきた。間近で見ても一切粗や欠点など見当たらない美貌は怒られていることを忘れ見惚れてしまいそうになるが、あまりの真剣さにそれどころじゃないと慌てて否定する。


「なら、よかったです」


ホッとしたように目尻を下げた。それと同時に私の背後で誰かが倒れる音が響く。


ああ、また犠牲者が……。


「宿は取っておきました。もちろん、部屋は別です。もうそろそろ外は暗くなりますし、夕飯を食べて宿に行きましょう」

「あ、あの、シュルトさん! ここに来るまでにお世話になった人がいまして……! もう一度お礼を言いたいんですが……!」


私の腕を引くシュルトさんをなんとか引き留めて、受付にいるはずのアリアさんを振り返る。まだ受付にいた彼女は、受付のお姉さんから報酬を受け取るところで固まっていた。


「あの方ですか?」


私の視線の先を見たシュルトさんがアリアさんを視界に入れる。見られていることに気がついたアリアさんはびくりと肩を揺らした。


「あ、あんたが言ってた護衛ってその人のこと?」


恐る恐るこちらに近づいてきたアリアさんに苦笑いを浮かべながら頷く。彼女はシュルトさんの美貌に見惚れるというよりは、あまりの完璧さに慄いているような反応だ。


「アタシの父親も淫魔だから相当な顔してるが、その比じゃあないね……。人間だろう?」

「当たり前です。よく魔族だと疑われますが列記とした人間ですよ」

「だろうね……。アタシの魔族の血が反応しないから」

「貴女は半魔族ですか? 淫魔と仰ってましたが」

「そうだよ。淫魔と人間との混血さ。ま、人間の血が強いから人の精気を摂らなきゃ生きられないってことはない。個人的に食べたくもないしね」


慣れてきたのか堂々と会話を交わすアリアさんと、丁寧に対応するシュルトさんはなんともお似合いで一枚の絵画になりそうなほどだ。アリアさんもシュルトさんには劣るが相当の美女だ。二人が並ぶととても華やかで目の保養になる。


「それよりも、アンジェさんをここまで連れて来ていただいてありがとうございました」

「いいんだよ。木の周りを魔獣が囲んで吠えてる時は驚いたけどね」


あ、やばい。


私はその場から離れようとゆっくり後ずさった。しかしさすがは王国騎士。私が動いたのを察知して良い笑顔で私を見た。


「アンジェさん? 無事に振り切ったと、連絡をいただいたはずですが……」

「えっと……あの……その……ごめんなさいいい!!」


威圧感に耐えきれず、私は走って先ほどの男性の後ろに隠れた。突然巻き込まれた彼は、後ろに隠れた私とこちらに近づいてくるシュルトさんを交互に見て困ったように頭を掻いた。


「アンジェさん、知らない男に助けを求めるのはいけません。こちらに戻って来てください。怒りませんから」

「め、目が笑ってません……」


確かに私も危ないことをした自覚はある。シュルトさんが怒るのも尤もだし、本来ならお叱りを受けるべきだ。それが分かっていても何故かとても怖いのだ。本能が逃げろと告げるのだ。


「あー……やめてやれよ、兄ちゃん。それだけ魔力ダダ漏れじゃあ本能的に逃げたくなるのも仕方ないぜ」

「……はぁ。私もまだまだですね……。これしきの事で魔力の操作がお粗末になるなど……」

「ほら、嬢ちゃん。もう怖くないだろ?」


にかりと笑った男性の背後から覗くと落ち込んでる様子のシュルトさんが見えた。先ほどの本能で逃げてしまいそうになる威圧感は消えている。


「ありがとうございます……。迷惑かけてすみませんでした」

「おうおう。迷惑には慣れてんだ。気にすんな」


ほら行けと背を叩かれる。私はシュルトさんの前に立つとガバリと頭を下げた。


「ごめんなさい! 迷惑をかけないようにって思ったんですけど、嘘言ってすみませんでした!」


これくらいなんとかなる、と思っていたけれど、それでもそれは本当にその人の実力を知っているからこそ。私の戦闘など見たことないシュルトさんが不安になるのは当たり前だ。それでも振り切ったという言葉を信じて待っていてくれたのに、実際無事だったとはいえ、嘘をつかれたのだ。


そして挙句逃げられる。


本当にもう自分のしでかしたことに目も当てられない。この世界ではいい年した大人なのに逃げて隠れて。子供っぽすぎる。


「……嘘をつかれたことはとても傷つきました。けれど、なによりも私を信じていただけなかったことが一番傷つきました」

「あう……。そう……ですよね……」


頭を下げたままシュルトさんの言葉を聞く。抑揚なく言葉が呟かれる度にシュルトさんからの信頼が消えていくように感じる。もしかしたら実際消えているのかもしれない。


シュルトさんがため息をつくのがわかった。それだけの動作なのにびくりと肩が跳ねる。



見限られる。



そう思ったのに。


「なので、これからはどんな状況でも真っ先に私を頼ってください。魔物の群れの三桁や四桁、どうってことないですから」


次に降ってきた言葉はあまりにも優しいものだった。思わず頭を上げてしまう。シュルトさんの顔には怒りなど微塵も感じられない。


「……怒ら……ない……んですか?」

「怒りません、と先ほど言いましたからね。それにアンジェさんの性格を考えれば思いつくことでしたので。今回は私がアンジェさんを信じすぎたが故です。今度から信用しませんのでそのつもりで」


悪戯っぽく笑ったシュルトさんは、優しい手つきで溢れそうになっている私の涙を拭ってくれた。

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