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およそ十数体の獣型魔物は久々の獲物に興奮を隠しきれないらしく、意気揚々と追いかけてくる。
速いんだけど。魔法で強化しても追いつかれそうなんだけど!?
『ごめんなさいぃぃー!!』
私の頭の上で悲壮な声を出すのは小人族の代表の子。彼らが道を一本間違えたおかげで獣型魔物の大群に襲われ、大部分はシュルトさんが担ってくれたものの、数匹を相手取ってたはずの私はいつの間にか援軍に追いかけられる羽目に。
「はあはあ……。くっそ、このままじゃ私の体力が保たない……」
できる限りの高速で呪文を唱えて体を浮かせ、人が乗っても大丈夫そうな木の枝まで跳んだ。着地すると同時に目前まで迫っていた魔物達が木をぐるりと取り囲み、降りてこいと言わんばかりに吠える。
「ふぅ……。これで時間稼ぎはできるけど……。どうやってこいつらを振り払うか……」
万が一、はぐれた際にはお互いを捜せる範囲なら捜し、危険な場合は次の目的地で落ち合うことに決めていた。
今回は多分後者だ。シュルトさんが引きつけていた魔物は三桁に及ぶ。どこから湧いてくるのかというレベルでうじゃうじゃいた。虫じゃなくて心底よかったと思うが、あれを倒しきるのは時間がかかるだろう。もちろん私も。
「一匹二匹ならわたしでも倒せるけど……二桁はなあ……」
……無理だな。死ぬわ。
『本当に本当にごめんなさいなの……! 今、騎士のお兄さんの側にいる仲間からあっちは無事に片付けたって連絡がきたの』
「………は?」
『あの……連絡が……きた……の』
「はああ!? シュルトさんの方三桁いましたけど!? それを、はあ!?」
まだ散り散りになってから三十分も経っていないはずだ。私は下の状況も忘れ、叫んだ。
『とっても強かったらしいの。広範囲の攻撃魔法も使ったみたいなの』
「へえ……。剣だけじゃなくて魔法もか」
天は二物を与えず。
その言葉がたった今、私の辞書から消え去った。
「まあ、いいや。シュルトさんに無事に振り切ったから次の町で会いましょうって伝えてくれる?」
『え、でも……』
真っ赤な嘘である。シュルトさんならこんな数ものともしないだろうけど、これくらい自分で切り抜けられなければ今後の旅でシュルトさんの負担になってしまうことは明らかだ。それだけは嫌だった。
『わかったの』
私の意志を聞いた小人族の代表は念話と呼ばれるもので私の嘘を伝えてくれたようだ。
「木から木に飛び移る……それが最善かも」
その間私はどうしたら切り抜けられるかを考えていた。出た案はとてもシンプル。自身の風魔法で木から木へと飛び移って逃げる方法だ。幸いここの木々は逞しく成長していて足場には事欠かない。
この森は半日ほどで抜けられるらしいので、その間にうまくシュルトさんと合流できれば上々。できなくとも次の町まで着ければ出会えるだろう。なんせあの美貌だ。噂のひとつやふたつ絶対に立つ。
安定しない足場になんとか立って次の足場を探すとちょうどよさげな木が見つかった。また風魔法を使って飛び移ろうと呪文を口を唱えようとした、その時だった。
ぎゃんっと魔物の悲鳴が聞こえ、口を閉じる。慌てて下を見下ろすと、なんと女の人が魔物の群れに突入していた。綺麗なストロベリーブロンドを揺らしながら舞うように大剣を振るう。
呆然と見ている間に魔物の群れはすべて地に伏し、魔核を破壊されたことからやがて塵となって消えた。
「おーい、そこの子ー。大丈夫かーい?」
大剣を肩に担いだストロベリーブロンドの女性の声で我に返った私は、魔法でゆっくりと木から降りた。
「あ、ありがとうござました!」
着地すると同時に頭を下げる。肩に乗っていた小人族の子が慌てて地面に降りたけど気にしない。
「あれだけの魔物に囲まれてちゃあ助けないわけにはいかないでしょ」
「本当に助かりました!」
「ま、そんなことはどうでもいいんだよ。その容姿、あんた境門通過者だったりするかい?」
下げていた頭を上げて女性を凝視する。なぜこの人は容姿を見てそう思ったのか。シュルトさんも言うまで気がつかなかった。と言うことは私の容姿は珍しいけれどいないわけでもない。疑問符が量産されている私の顔見た女性は噴き出した。
「あはは! そりゃそうだね。アタシがなんであんたを境門通過者だと思ったかについては、動きながら説明するよ。あんた、次の町まで行くんだろう?」
「そうです! お姉さんもですか?」
「お姉さん! いいねえ、そう呼ばれるのは。さて、ここの魔物は群れで動くことが多い。そろそろ血の匂いを嗅ぎつけて他の仲間がやってくる。移動しよう」
「はい」
ストロベリーブロンドの女性は、アリアと名乗った。次の町を拠点に活動するそこそこ名の知れた冒険者のようで、ちょうど依頼のためにこの森にいたのだとか。
私を境門通過者だと思った理由が、昔似たような容姿の境門通過者を見たのだとか。淫魔との混血だというアリアさんは、現在六百歳。人間に換算すると二十五歳ほど。気が遠くなるような年数に頬が引きつった。
また、淫魔は老いることがなく、最盛期で成長が止まるらしい。そこに関してはとっても羨ましい。
いいなあとアリアさんの背中を見ていれば、突然彼女が立ち止まった。突然過ぎて私は止まり切れずに背中に鼻が潰れる勢いで激突。
「ふむぎゅ……!」
「ああ、すまないね。……珍しい、黒宝豚だ」
鼻を押さえてアリアさんの背中越しに前を見ると、黒い豚のような魔物が二体、こちらを睨んでいた。黒宝豚と言う名のついたその魔物は、体内に黒真珠を生成する。その黒真珠は高値で取引されるので、冒険者の中には血眼になって探す人もいる。けれど、彼らは個体数が少なく人に姿を現わすことも珍しい。探して見つかるような魔物ではないのだ。
「ふふん。アタシたちは運が良かったみたいだね。まあ、倒しても落ちてくるとは限らないが……」
そう言いながら大剣を背につけた鞘から引き抜き、戦闘態勢をとる。魔物もこちらを完全に敵と判断したのか、後ろ足で地面を蹴り今にも突進してきそうな勢いでいる。
私も慌てて腰から短剣を抜き、構えた。黒宝豚くらいならなんとかなる。アリアさんの目配せに頷いてから私達は一体ずつを相手にするためそれぞれ地を蹴った。
案の定黒宝豚は私とアリアさんそれぞれに狙いを定めて突進してきた。私は身を躱しざま、短剣で黒宝豚を斬りつける。
「うえっ……慣れないなあこの感触」
生き物を斬る感触は一向に慣れない。一応、冒険者組合に登録はしているので、除名されないために定期的に依頼は受けている。もちろんその中には魔物討伐依頼も含まれ、何度も依頼はこなした。それでも日常的に生き物を殺めることのない世界にいた私には厳しいものがある。
小回りの効かない黒宝豚は、斬り付けられたことによりその場に転倒していた。素早く近寄って短剣に両手を添えると頭上から黒宝豚の心臓付近に勢いよく振り下ろした。その時目を瞑ってしまったのは、まあご愛嬌。
「あ、黒真珠……」
運良く魔核を破壊できたようで、黒宝豚は一声鳴くと塵となって消えた。短剣を腰の鞘に納める。その場を立ち去ろうと足を動かすとこつんと何かに触れた。足元を見てみれば飴玉ほどの黒真珠が。
本当に運がいいらしい。
「おや、そっちも終わったようだね。…。ってあんた、運がいいねえ。黒真珠じゃないか。しかも特大! こりゃあ高く売れるよ」
「アリアさん、これいります?」
「はあ!? あんた正気かい!?」
「ええ。助けてもらったお礼、というのは建前で。とっても失礼な本音を言いますと、助けて油断させて私の身ぐるみ引っ剥がす作戦だったら困るので。先にこれを渡しておけば見逃してもらえるかなって」
私の勘が悪い人ではないと告げてはいるが、おいそれとそれを信じられるほど私は自分に自信がない。冒険者証明証も見せてもらっていないし、疑うに越したことはないのだ。
アリアさんは私の言葉が予想外だったのか、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で暫し固まった。
「ぷ……あっはははは!!」
言葉の意味を飲み込めたのか、腹を抱えて笑いだした。そこが室内の床なら転げ回ってもおかしくないほどにアリアさんの笑いは止まらない。
「はっ……ふぅ。いやー笑った笑った。あんた随分頭が回るねえ。けどちょっと詰めが甘いかな。それを受けとった上であんたの身ぐるみ剥ぐこともできるんだよ。口約束ほど信用のならないものはないさ。覚えておきな」
「あ、そこまで考えつきませんでした……。そうします……」
確かに約束を飲んだふりをして安心させ、その上で身ぐるみを剥ぐこともできる。むしろ私は相手にしてみたらいいカモだろう。いかにもな話には乗せられないが、こういった場での警戒はどうしても薄れてしまう。
「ま、アタシはあんたの身ぐるみ剥がなきゃいけないほど金に困ってないから安心しな。ふむ。でももらえるっていうなら黒真珠の換金額の一割をもらいたいね」
そう言ってパチンと片目を瞑ってみせたアリアさんは本当に格好良かった。




