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「あんたの見立て通り、呪いの類で間違いない。とんでもなく厄介な呪いだよ」


王妃様の部屋から王宮の応接室へと移動した私たちは、現在ヘクセさんの見立てを聞いているところだ。目の前の紅茶を口に運びながらヘクセさんは王妃がとても強力な呪いにかかっていることをまず告げた。


「どうりで王宮治療師の力も働かないわけか……」


憔悴しきった顔で俯く王様の背を瑠衣兄さんが優しく触れ、ヘクセさんに続き促す。


「あの呪いは深い深い眠り落ちるものでね。一見無害なようだが、かけられた奴の魔力を少しずつ奪いながら発動している。息はしているがほとんど生きていないのと同じ状態さね。食べることも考えることもせずに眠り続け、魔力が底を尽きたら死ぬ。効果が単純な分、身体に深く根付いちまうものでね、反呪文による解呪は不可能だよ」

「ならどうしろと!? このまま静かに死ぬのを待てと言うんですか!?」

「煩いねえ。一国の王が取り乱すんじゃないよ。……治す方法はひとつだけあるよ」


王様にとっては天の啓示にも近いであろう言葉に顔を勢いよくあげた。先ほどまで生気が失われていた瞳は、微かに光を取り戻している。


「森の魔女にしか伝えられない秘薬なら、あの呪いも解呪できる。ただし、その材料が特殊なもんでね。薬を作るのに最低で一年はかかるよ」

「……一年。……いや……しかし妻がああなってからもう五年だ。たった一年待って治るなら喜んで待とう」

「そういうと思ったよ。それよりも、だ。あんた、他の魔女(あいつ)も呼び出したね?」


その言葉に王様はぴくりと肩を揺らした。どうやら図星らしい。ヘクセさんははあ、と大きなため息をつくとカップをソーサーに戻す。それと同時にシュルトさんが動き、扉を引いた。


「きゃあ!?……いったたた……。ちょっと!! 危ないじゃな……い……の……」


可愛らしい悲鳴とともに一人の少女が床に倒れこんだ。年齢的には十二、三歳といったところか。痛そうに鼻をさすりながら上を睨みあげた少女は、シュルトさんを視界に入れると固まってしまった。そして段々と頬が赤く染まり、ついに目を逸らした。


「……だからあれほどはしたない真似はやめなさいと言ったでしょう」


続いて中に入ってきたのは鮮やかな水色の髪が目を引く男性だった。穏やかそうな整った顔立ちに呆れを浮かべ、床に座り込む少女を立たせた。


「う……うるさいわね!! ここに森の魔女(ヘクセリッツ)が来るっていうから顔を拝みにきたのよ!」


少女はつん、とそっぽ向いて胸の前で腕を組んだ。恥ずかしさを隠しているんだろうが耳の赤さでバレバレだ。子供特有の可愛らさに微笑ましさを覚えていると、隣に座っていたヘクセさんが立ち上がった。


「相変わらずちんちくりんだねえ、あんたは」


馬鹿にしたようにヘクセさんが笑うと、少女も負けじとヘクセさんを見上げると挑発的に唇の端を吊り上げた。どうみても人を馬鹿にするときの顔である。


「あんたこそなによ。その老婆の姿! 似合いすぎて笑っちゃうわ! ついに年相応になったのかしら?」

「年齢詐欺にもほどがあるお前さんよりはまともさね」

「くっ……!」

「見た目も中身もお子様なあなたでは森の魔女には敵いませんよ。ただあなたの頭の弱さが露呈するだけです。やめてください」


口では一枚上手だったヘクセさんに言い負かされた少女は、その美しい顔を歪めて押し黙った。後ろで二人のやり取りを見ていた男性は、少女の肩に手を置いてその顔からは似つかわしくない毒を吐く。


「……あんた私の契約竜でしょ! ご主人様を助けようとか思わないわけ!?」

「助けるもなにもあなたが勝手に売られた喧嘩を買って負けたのではないですか。それに森の魔女が仰ることは間違いではないので訂正のしようがありません」


目の前で繰り広げられる怒涛の展開についていけない私は、とりあえずその矛先が向かぬようただただ黙っていた。その目の前では悟った顔の瑠衣兄さんが同じように息を潜めて極力気配を消していた。


考えることは同じ。さすが元従兄弟なだけはある。


「まあなんでもいいがね。おまえさんの得意分野は護符だろう? それならこの呪いには効かないだろうに」

「確かに私の護符をもってしても深く根付いてしまった呪いの解呪は無理よ。けど、その主を割り出すことはできるの」

「ふむ、おまえさんが頼まれたのは犯人探しかい」

「そうなるわね。……やっぱりダメだわ。その姿、元に戻せないの? 中身が森の魔女(ヘクセリッツ)なのはわかるけど見慣れないのよね」

「この姿の方が楽なんだけどねえ」


面倒臭いというようにため息をついたヘクセさんが指を鳴らすと彼女の姿が突然、逆再生するかのように若返り始めた。皺だらけだった肌はシミひとつない瑞々しい肌へ変わり、やや曲がっていた腰は見る影もなくしっかりと伸びている。顔も、優しげな風貌はなりを潜め、不敵な笑みを浮かべる美女へと変貌していた。


「やれやれ、この姿も久しぶりだねえ」


口調だけは変わらず、にやりと肉感的な唇が弧を描く。後ろに払った三つ編みは、真っ白ではなく微かに緑がかり神秘的だ。相変わらずの美しいヘクセさんに溜息が漏れる。


「もとに戻ったら戻ったで憎たらしいわ……!」

「……どこを見て言ってるんだいちんちくりん。どれだけ見つめてもあんたの胸は成長なんぞしないよ」

「キッパリというんじゃないわよ!! 私だって本当はあんたよりずっと色気のある女になってたんだからね!」


ばっと真っ平らな胸を両手で隠し、まるで親の仇を見るような目でヘクセさんの胸を睨む美少女。その視線にやれやれと首を振ったヘクセさんはこちらに目を向け、呆れたため息を吐いた。


「なんだい、第三王子、その間抜け面は。そんなに驚くことでもないだろうに」


そろりと目線だけを動かすと、ヘクセさんの変貌に驚きを隠せない瑠衣兄さんがその綺麗な顔を台無しにして目を見開いていた。その様子に王様も苦笑いを隠せない。因みに扉のそばに立っているシュルトさんと美少女の保護者らしき男性は全くの無反応だ。どちらも穏やかな笑みを崩さない。


「これのどこに驚かない要素があるのか俺は知りたいですね。どうして老婆が年齢不詳の美女に変貌したんでしょうか?」

「あの老婆の姿は仮なんだよ。本当の私の姿はこっちさね。ただあっちの方が色々と便利なんで基本的には老婆の姿でいるのさ」


長い脚を組んで私の隣に腰掛けたヘクセさんは、優雅な仕草で紅茶を口に運んだ。老婆の時はなんとも思わない仕草も、この姿でやられると同性でもどきりとする色気があるから困りものだ。


「……そろそろ本題に入ってもいいだろうか。魔女殿たち」


王様が混乱した場を仕切りなおすように声をかける。ヘクセさんはちらりと王様を一瞥し、謎の美少女は空いていた一人掛けソファに腕を組んで座った。男性はどうやら立ったままらしく、静かに佇んでいる。瑠衣兄さんも王様の方に顔を向け、私も王様の顔を見た。扉付近に待機していたシュルトさんが美少女の前に紅茶を置き、準備は整った。全員が聞く体制に入ったところで、王様は口を開く。


「さて、まずはこちらの女性を紹介したい。こちらは海の魔女、マールリーゼ殿だ」


ーー海の魔女。


その存在はヘクセさんから教えられ知ってはいたが、会うのは初めてだった。森に親しみ、魔法薬を得意とする森の魔女とは異なり、海の魔女はその名の通り海に親しみ、魔方陣を組み込んだ護符作ることや占いを得意としているらしい。そしてソファに腰掛ける美少女がその海の魔女だという。


「そしてこっちが私の契約竜、グランよ。私は古の竜と契約した不老長寿。その代償でこんな見た目だけどあんたたちより年上なの。子供扱いしたら承知しないわよ」


グラン、と呼ばれた男性はぺこりと丁寧に頭を下げた。それにつられて私も頭を下げる。どうやらこの場で頭を下げたのは私だけらしく、彼ににこりと微笑まれた。


「そしてここからが本題だ。ごく一部のものにしか知られていないが、我が妻……王妃はあの通りずっと眠りについたままだ。期間で言えば十年ほどか。始めは頻繁に眠ることが増えたためになにかの病気かと思ったが……ある日突然目覚めなくなり魔力も徐々に減っていった。そこで森の魔女殿の魔力回復薬(マジカルポーション)が効き、妻の魔力が少し回復したことで呪いの類だと判明した」


そこで一度言葉を区切った王様は、ヘクセさんと海の魔女を順番に見てから話を続ける。


「そこであなたならば、と思ったのです。海の魔女殿を呼んだ理由はさきほども仰った通り、犯人の割り出しです」

「まったく。いきなり転移魔法で王宮魔導士が現れたかと思ったらろくな説明も受けずに連れてこられて困ったわよ」

「嘘をつかないでください。森の魔女と聞いて嬉々として準備をしはじめたのはあなたでしょう」

「余計なこと言うんじゃないわよ! それじゃあ私が、森の魔女(ヘクセリッツ)のことが好きみたいじゃないの!! 私はただこの女が白旗あげるのを見たかったのよ!」

「私はあんたに好かれても嬉しくなんてないよ。それよりさっさと話を進めていいかい?」


まだまだ言い募りそうな勢いの海の魔女をヘクセさんはぴしゃりと遮り、王様を見やると王様は静かに頷いた。海の魔女も頭が冷えたのか、苦い顔をしながらも口を閉じる。


「さて、秘薬の話だったね。さっきも言った通り、作るには長い時間がかかる。そしてその材料も特殊ならば、採取の仕方も森の魔女にしか伝わってない。私は道具の準備をしなきゃならないから材料の採取はこの子に頼もうと思ってね」


そう言って私の頭に手を乗せた。急に話題の中心に放り込まれた私はその場で固まる。そろりとあたりを見渡せば、その場の全員が私を見ていた。悲鳴が出かかったが、必死に飲み込む。どうしようかと目を泳がせていた時、難しい顔をした海の魔女が私にびしっと指を突きつけてきた。


「さっきから誰だとは思ってたけどあんたの弟子ぃ? 魔力量は確かに多いけど見る限りまだまだ子供じゃないの!」

「あんただけには言われたくないよ、ちんちくりん。それにこの子は列記とした成人さね」

「はあ!? あんたいまいくつなの!?」

「二十歳……です……」


海の魔女の剣幕におされ、尻込みしながらも答えるとさらに驚かれた。この世界での成人は十六歳である。その基準に合わせたら私なぞ行き遅れの女だ。ただし見た目は町でも「お嬢ちゃん」と言われたように、十六歳よりさらに幼く見えるため、年齢を言わなければ成人だとはとても気がつかれない。その証拠にヘクセさんの変貌に一切動揺しなかった男性陣二人が目を見張ってるくらいだ。


「……にわかには信じ難いわね。どこを探せばそんな幼い容姿で成人の子がいるのよ。比較的若く見られがちな極東の島国にだっていないわ」


疑わしそうに私を眺める海の魔女の視線に首を縮めるしかない。実際問題私の年齢を示す証拠はない。ヘクセさんですらひと月ほど一緒に過ごしてようやく私が成人であると納得してくれたのだ。出会ってすぐの彼女たちがすんなりと認めてくれるわけがない。


「……けどまあ、森の魔女(ヘクセリッツ)が認めてるんだからそうなんでしょう。一応は信じてあげるわ。ここで貴女の年齢について論議するのも時間の無駄だしね」


どうやら認められたらしい。


「それでその子に行かせるって話だったわよね。一人で行けるような場所なの?」


海の魔女からの質問をヘクセさんは即座に否定した。


「薬を作ること自体にそこまで時間はかからないんだよ。むしろ一年の期間の大半は材料採取と道具の準備にかかるのさ」

「ちなみにその材料はどこに?」

「そうさね。いくつかこっちで保管しているのを除くと集めて欲しいのは月の粉、女神草、竜蜜花の三種類だよ」


ヘクセさんの返答を聞いた王様は、徐々に顔をひきつらせ、最後には私に同情の目を向けてきた。一体なんだというのか。首をかしげる私に海の魔女は呆れたとでも言いたげにため息をついた。


「それってどれも幻想級の代物じゃないの。見たことはあっても持ち帰った者や採取できた者はいないって話じゃない。……そこの魔女見習いはそんなこともわかってないみたいだけど」


冷めた視線に私はさらに縮こまるしかなかった。海の魔女、反応からして王様まで知っていることを本職である私が知らないのは確かに恥ずかしい。思わず俯くと意外なところから助け舟が出た。


「何を言ってるんですか。あなたなんて森の魔女に馬鹿にされるまで一切薬草のことなど知らなかったじゃないですか。幻想級の薬草のこともつい最近知ったばかりだというのに。それに先日頼まれた薬草の配分を間違えて途轍もなく苦い薬を作ったのはどなたかお忘れではないですよね?」


後ろに控えていた男性の毒舌攻撃に、海の魔女は怒りと羞恥で顔を真っ赤にして拳を震わせている。私は思わぬ事実にぽかんと口を開けて海の魔女を見上げ、ヘクセさんと瑠衣兄さんは同時に吹き出した。


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