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「あっはっは! それは傑作だよ! あんた魔女のくせに薬のひとつも満足に作れないのかい? 回復薬は基本中の基本さね。それにね、この子が幻想級の薬草を知らないのは私が教えてないからだよ。まだまだ知るべきことではないからね。海の魔女としての役目を負っているあんたみたいに禁書を気軽に読める立場じゃあないんだ」
「私もたまたま王宮にあった書物を読んで知っていただけだよ」
「俺も知らなかったし」
さらに私に対しての助け船は増え、海の魔女は顔を真っ赤にしたまま一人掛けソファに身を沈めた。そして何度か私を見ると、ぎりぎり聞き取れる音量で悪かったわね、と謝ってきた。
「あ、いえ……」
まさか謝られるとは思わなかったので咄嗟に首を横に振るしかなかった。海の魔女はそれきりそっぽを向いてしまったが、耳が真っ赤なので、可愛い人だなあと内心ほっこりしながらヘクセさん達の話に耳を傾ける。
「それでだ。幻想級の薬草はその希少性もさることながらそれを採ること自体も至難の技でね。正しい採り方は我々森の魔女にしか伝わっていないんだよ」
「つまりあんただけってわけね。でもその娘はまだ見習いでしょう? 教えていいのかしら?」
「一応資格は満たしているよ。……まあ、私からすればまだまだひよっこだがね」
「……そりゃ何百年も生きてるあんたからすれば誰だってひよっこよ。それで、幻想級の薬草の場所の目星はついているのかしら?」
「そんなのついてるわけないだろう? 摘み方は知っていても場所まで記されてちゃあどこで漏れるかわかりゃしないからね。歴代の魔女達は場所を秘匿したのさ」
あっけからんと言われた内容に、私だけでなく海の魔女や瑠衣兄さん、王様までもがあんぐりと口を開けた。そしていち早く我に返った海の魔女が目の前のテーブルを勢いよく叩きつけ、ヘクセさんを睨む。
「あ、あんた正気なの!? ただでさえ見た者が少なく、大陸中に散らばってると言われている薬草よ!? それをなんの手がかりもなしに探せですって!? そんなの、探してる間に王妃の魔力は尽きるわ!!」
たしかに海の魔女の言う通りである。摘み方を教えてもらっても、肝心の薬草の場所が分からなければその知識は宝の持ち腐れになってしまう。隣のヘクセさんを窺えば、余裕そうな表情で茶菓子をつまんでいる。その様子でピンときた私はちいさなため息をついてヘクセさんのローブを軽く引っ張った。
「ヘクセさん、そろそろ意地悪はやめましょうよ。本当は目星、ついているんですよね? でなければ私に行けなんて言いませんし、もっと真剣になるはずです」
「……アンジェは誤魔化せないねえ。まったく、優秀な弟子をとったもんだよ」
「あんた、この状況下で人を馬鹿にしにきたわけ!?」
「お前たちの反応がつい面白くてねえ。馬鹿にはしてないさ、遊んでるだけだよ」
「余計タチが悪いわよ!!」
海の魔女が声を荒げれば荒げるほどヘクセさんは面白そうに笑みを深め、目は悪戯っ子のように輝く。きっとこの人の『面白い』は彼女の反応なのだろうと一方的に食ってかかる海の魔女に同情しつつも、そろそろ止めなければまったく話が進まずに一日が終わりそうなので声を上げた。
「あの! とりあえず、私がヘクセさんの目星をつけているところに行けばいいんですよね?」
魔女二人の会話を遮ると、ヘクセさんを見上げる。からかいの色を含んでいた瞳は、老婆の時を彷彿とさせる優しい瞳に変わり私を見下ろしていた。そして大きく頷き、わしゃわしゃと私の頭を撫で回す。
「お前さんは本当に良い弟子だよ。出てくる質問の一番はじめがそれかい。だが、まあそうさね、お前さんには行ってもらいたい場所が三つある。アルルの洞窟、リリーヌの泉、タトレイの谷だ」
どれも聞いたことのない場所である。首をかしげるわたしをよそに、海の魔女、王様、瑠衣兄さんが顎が外れるんじゃないかと心配になるほど口をあんぐり開けて呆けている。
「……失礼を承知で発言をさせていただきます。その場所の危険性をご存知で?」
いままで一言も発さずにいたシュルトさんが口を挟む。本来『いないもの』として存在していなければならない騎士のシュルトさんがこの場で発言をすることは不敬に当たる。それでも声を発したということは相当その場所が危険なのだろう、厳しい顔をした彼を見れば一目瞭然だった。
「もちろんさ。それでもこの子にしか頼めないんだよ」
ポンと私の頭に手を置いたヘクセさんは私に向けて少し申し訳なそうに微笑んだ。私はその微笑みに首を横に振って大丈夫だと答える。救われ、この世界で生活する術を教えてくれた恩はこれくらいこなさなければ返せない。
「行きます。危険だろうがなんだろうが行きます」
「あんた、見た目の割に度胸あるのね……」
引きつった顔のまま、海の魔女が呻くように呟いた。それに同意するかのように目の前に座る瑠衣兄さんが先ほどの衝撃を引きずった青い顔で頷いている。
「だが、彼女だけを危険指定区域に行かせるわけにはいかない」
「だからと言って騎士団を動かせば、王妃に呪いをかけたやつに勘付かれるわ」
さてどうする、とでも言いたげに海の魔女が王様を見詰める。王様は組んだ指に額を押し付け、何かを考え込むかのように俯いた。
「それならば、私が同行します」
その声に王様が弾かれたように顔を上げた。視線の先には美貌の騎士、シュルトさん。微笑む彼を直視し、眩しそうに目を細めた王様はしかし首を縦には振らなかった。
「君がいれば確かに彼女の旅は安全だろう。しかし王妃に呪いをかけた人物が特定できない今、抜けられるのは困る。……わかるね?」
穏やかではあるが有無を言わせぬ言葉にシュルトさんはさらに笑みを深めて、言葉を重ねた。
「それは……我々騎士団を信用していないと仰ることと同義になります。私一人が抜けたところで騎士団は揺らぎません」
不敬罪も免れない発言に私の背筋がひやりとした。シュルトさんの言うことはご尤もだ。しかし侯爵家ではあるが現在騎士という身分のシュルトさんは本来反論できる立場ではない。立て続けの騎士らしくない態度のシュルトさんに驚きとひやひやが止まらない。
「ま、どっちの言い分もわからんでもないさね。ただ私としてはその騎士同伴が望ましいねえ。戦力が不安だというなら私の知り合いを貸すよ」
ヘクセさんは長い脚を組み替え、希望という名の命令を下す。最高権力者も年の功には敵わないらしく渋々といった具合でヘクセさんの知り合いを借りる代わりにシュルトさんへ旅の同行を許可した。
「ただし、その女性を必ず守り抜いてみせよ」
「この命にかえても必ず」
騎士の礼をして扉のそばに戻るシュルトさんを何とは無しに眺めているとこちらの視線に気がついたシュルトさんがにこやかに微笑んできた。私もへらりと笑みを返して話の輪に戻る。
「……十分な装備が必要だな……。お嬢さん、君は闘えるかい?」
「一応剣は扱えます。とは言っても短剣ですが。あと体術もそこそこできます」
王様は自分が聞いたにも関わらず目を見開いた。瑠衣兄さんはやっぱりあははー、という顔でにこにこしてる。まあ、目は死んでたが。
悪かったな、見た目通りじゃなくて。
憮然とする私に王様が取り繕うように欲しい武器や防具の話を持ちかけてくる。必要な話なので暫し考えてから切れ味の良い短剣と軽くて扱いやすい革の防具を頼む。すると王様はシュルトさんに指示を出し、暫くして数種類の短剣と防具が部屋に運ばれてきた。
「この中から好きなのを選んでくれ」
机の上に並べられた短剣と防具はどれも素晴らしい業物で、身分は平民の私がおいそれと身につけられるものではない。首をぶんぶん横に振って拒否の意を示す。すると王様は困ったように頭を掻いた。
「確かに君からしたら高価なものだろう。だけどね、これは君の命を守るのに必要なんだ」
そこでハッと思い直す。そうだった。『高価なもの』ということに過剰反応していた。これはそれ以前に私の身を守るものなのだ。目が覚める気持ちで目の前の武具をもう一度観察する。触って確かめてもいいと言われたので短剣だけは握って重さや手に馴染むかどうかを確かめる。
「それじゃあ、これとこれで」
悩んだ末に選んだのが、氷のような薄い水色をした刀身が特徴の短剣と複雑な魔法陣が刻まれ、留め金に本当に小さな緑色の宝石が嵌め込まれた胸当て。この際なので高価という基準はゴミ箱へ投げ捨てた。いっときの恐怖より寿命の方が大事だ。
「ふむ、なかなか良いものを選ぶ。あとはその服では動きにくいだろう。こちらで旅の服を用意させよう。それについても希望はあるかい?」
「動きやすければなんでも構いません」
王様はひとつ頷き、今度はシュルトさんとは別に控えていた使用人の人に指示を出した。旅の服は今日私が滞在する客室に用意させるというのでここで何かをする必要はなくなった。
それからヘクセさんの道具に必要な材料の話や、海の魔女が犯人を割り出すためにかかる時間などを話し合い、あらかた纏まったところで今日はお開きとなった。
「出発は明後日だ。それまではここでゆっくり過ごしてくれ」
王様は少々疲れた顔で告げると、執務室へ篭ってしまった。私たちは使用人さんたちに泊まる部屋へと案内してもらった。
「ふあー……」
使用人さんに開けてもらった扉をくぐる。日本でもこの世界でも質素な部屋に慣れていたためにあてがわれた高級すぎる部屋に間抜けな声が上がった。
「お荷物は寝台のお側に置かせていただきました。また、旅の服は収納棚にかけてあります。他にもご用があればテーブルの上のベルでお知らせください」
丁寧なお辞儀を残して使用人さんは去っていった。私はベッドのそばに置かれた荷物を解くと、早速クローゼットを開けた。




