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異世界北海道 夫を探して異世界へ来たら、夫にはもう妻がいました ~食堂酒場を開き、幸せになります~  作者: 雫石しま


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第81話 約束の日

 数日後――。


 レオンが公爵へ掛け合ってくれたおかげで、ヴェダー亭へ課せられた税は半額まで減免されることになった。


 町役場から新しい羊皮紙が届き、私は何度も金額を見直した。


「……本当に?」


 最初に請求された額のちょうど半分。


 帳簿を開き、売り上げと照らし合わせる。


 仕入れを少し節約すれば、何とか支払える。


 店を畳まずに済む。


 私は安堵のあまり、その場へ座り込んでしまった。


「良かったぁ……」


 ヴェダーたちも事情はよく分からないようだったが、私が笑うと葉っぱを揺らして飛び跳ね始める。


「ヴェダー!」


「ヴェダー!」


 シマエナガも大きな翼を広げ、


「ジュリッ!」


 と嬉しそうに鳴いた。


 その日の夕方、レオンがヴェダー亭を訪れた。


「税の件、良かったですね」


「本当にありがとうございました」


 私は深々と頭を下げる。


「あれはレオンさんが動いてくださらなかったら……」


「私は父へ事情を話しただけです」


 レオンは少し照れくさそうに笑った。


「ですが、一つお願いがあります」


「お願い?」


「父が爽子さんの料理に興味を持ちました」


「えっ?」


「特に、私がお話しした『豚丼』をぜひ食べてみたいそうです」


「公爵様が……」


 胸がどきりと鳴る。


「屋敷へお越しいただけませんか」


 私は思わず姿勢を正した。


「私でよろしいんでしょうか」


「もちろんです」


 レオンは穏やかに頷いた。


「父も楽しみにしております」




◇◇◇




 約束の日。


 私は朝から市場へ向かった。


「今日は一番いい豚肉をください」


 肉屋の主人は腕を組みながら豪快に笑う。


「公爵様へ出すんだって?」


「もう町中に広まってるんですか?」


「ははは!」


 主人は奥から見事な霜降りの豚バラ肉を持ってきた。


「今朝捌いたばかりだ」


「ありがとうございます!」


 脂の入り具合も申し分ない。


 次は八百屋。


「青ネギをお願いします」


「今日は特別だよ」


 おばちゃんは太く真っ直ぐ伸びた青ネギを選びながら笑う。


「爽子ちゃんの料理で公爵様まで喜ばせておいで」


「はい!」


 買い物を終え、店へ戻る。


 チャーシュー用とは別に豚バラを丁寧に下ごしらえし、生姜をすりおろす。


 秘伝の甘辛いタレも仕込んだ。


 あとは迎えを待つだけ。


 私は何度も厨房を見回し、忘れ物がないか確かめる。


「落ち着いて、爽子」


 自分へ言い聞かせるように呟く。




◇◇◇




 教会の鐘が十二回鳴り響く頃だった。


 ゴトゴト……。


 店の前へ重厚な馬車が止まる。


 窓から覗くと、黒塗りの車体には百合の紋章が輝いていた。


「来た……」


 思わず息を呑む。


 ヴェダーたちも窓辺へ集まり、不安そうに葉っぱを揺らしている。


「ヴェダー……」


 シマエナガも窓枠へ留まり、黒い瞳でじっと見つめていた。


「すぐ帰ってくるからね」


 私は一匹ずつ頭を撫でる。


「お留守番お願いね」


「ヴェダー」


 いつも元気な葉っぱも今日は少し元気がない。


 私まで胸が締めつけられた。


 深呼吸を一つして店の扉を開く。


 外では制服姿の御者が静かに待っていた。


 私を見ると帽子を取り、恭しく一礼する。


「上田爽子様でいらっしゃいますね」


「はい」


 私も慌てて頭を下げた。


「お迎えに参りました」


 御者が馬車の扉を開く。


 磨き上げられた真鍮の取っ手が陽の光を受けて輝いていた。


 御者は手に持った籠の中身を確認すると、「食材はこちらでご用意いたします」と頭を下げた。


「そうですか」


 市場のおじさんたちの笑顔を思い出すと胸が痛んだ。


 仕方ないので保冷箱の中に肉をしまう。


「分かりました......失礼します」


 スカートの裾を整えながら乗り込む。


 ふかふかの座席へ腰を下ろすと、思わず身体が沈み込んだ。


 こんな立派な馬車へ乗るのは初めてだ。


 扉が静かに閉まる。


 カタン。


 馬が歩き出した。


 車輪が石畳を軽やかに転がっていく。


 窓から見える市場は少しずつ遠ざかり、やがて白樺並木へ変わる。


 秋風に黄色い葉が舞い、陽射しが木漏れ日となって馬車の窓へ差し込んだ。


 私は景色へ目を奪われる。


 しばらく進んでも屋敷らしい建物は見えてこない。


「まだ……?」


 馬車はさらに奥へ。


 さらに奥へ。


 やがて巨大な鉄門がゆっくりと開いた。


 百合の紋章が刻まれた立派な門。


 その先にも、なお白樺林が続いている。


 広い。


 どこまでが公爵家の敷地なのだろう。


 馬車は静かに林道を進み続けた。


 左右には手入れの行き届いた芝生。


 小川には白鳥が泳ぎ、遠くには鹿の群れまで見える。


 まるで一つの森が、そのまま屋敷になったようだった。


 私は膝の上で両手をぎゅっと握る。


 胸が高鳴る。


 豚丼を気に入ってもらえるだろうか。


 失敗したらどうしよう。


 そして、この屋敷の主はどんな人物なのだろう。


 期待と緊張が入り混じる中、馬車は白樺林の奥へと静かに進んでいった。


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